魔力なしと蔑まれ村を追放された僕が、病の妹を救うため入った禁忌の森で古代の最強ゴーレムを目覚めさせてしまい、世界の嘘を暴く旅に出る羽目に

藤宮かすみ

第1話「魔力なしの少年と禁忌の森」

 魔力が人の価値を決める。

 このヴァルハイト帝国では、それが呼吸をするのと同じくらい当たり前の真理だった。魔力の多い者は貴族として敬われ、少ない者は平民として慎ましく暮らす。そして、ごく稀に生まれる魔力を一切持たない者は「魔力なし」と呼ばれ、人としての価値すらないと蔑まれた。


 僕、リオは、その「魔力なし」だ。


「おい、リオ!まだ水汲みが終わっていないのか!この役立たず!」


 村の広場で、年かさの男が怒鳴り声を上げる。僕は「ごめんなさい」と小さく頭を下げ、重い桶を両手で必死に持ち上げた。


 腕がちぎれそうだ。


 周囲の村人たちの視線が、憐れみと侮蔑の色を帯びて突き刺さる。もう慣れたと言えば嘘になる。胸の奥が、毎日少しずつすり減っていくような感覚だった。


 辺境のラクス村では、誰もが生活のために魔力を使う。畑を耕すのも、火をおこすのも、すべては魔力のなせる業だ。それができない僕は、力仕事くらいしかやれることがない。大人たちの仕事を手伝っても、もらえるのは残飯同然のパンと心ない言葉だけだった。


 それでも、いいんだ。


 僕は自分に言い聞かせる。すべては、たった一人の大切な家族のため。家に戻ると、小さなベッドで妹のセリアが苦しそうに咳き込んでいた。


「お兄ちゃん……おかえり」


「ただいま、セリア。今日のパンだ。少し硬いけど、スープに浸せば大丈夫だから」


 セリアは僕と違い、ささやかながら魔力を持って生まれた。けれど、生まれつき体が弱く、最近は原因不明の熱と咳にずっと苦しめられている。村の治癒師は、高価な薬を使わなければ治らないと言った。もちろん、僕たちにそんなお金はない。


「ごめんね、お兄ちゃん。私のせいで……」


「セリアのせいじゃないよ。大丈夫。お兄ちゃんが絶対に治してあげるから」


 力なく笑ってみせたものの、心の中は焦りでいっぱいだった。このままでは、セリアは……。最悪の想像を振り払うように、僕は村の古文書で読んだ一つの伝承に最後の望みを託すことにした。


 村の北に広がる「忘れられた神々の森」。そこは古代の呪いが満ちているとされ、誰も足を踏み入れようとしない禁忌の場所。けれど、森の奥深くにはどんな病も癒すという奇跡の薬草「月雫草(げってきそう)」が自生しているという。


 もちろん、ただの言い伝えかもしれない。危険な魔獣の巣窟だという噂もある。だが、僕にはもうこれしか選択肢がなかった。


 夜、村人たちが寝静まった頃、僕は粗末な鞄に少しばかりの水と乾パンを詰め込み、家をそっと抜け出した。ベッドで眠るセリアの額に優しく口づけをする。


「待っててね、セリア。必ず、帰ってくるから」


 森の入り口は、世界の終わりのように不気味な空気を漂わせていた。昼間でも光が届かないほど木々が鬱蒼と茂り、異様な静寂が支配している。村の誰もが恐れる場所に、僕は一歩足を踏み出した。


 怖い。


 心臓が早鐘を打つ。魔力のない僕にとって、魔獣との遭遇は死を意味する。でも、セリアの笑顔を思い浮かべると、不思議と足が前に進んだ。


 古文書の曖昧な記述だけを頼りに、森の奥へ奥へと進んでいく。ぬかるんだ地面に足を取られ、木の根に何度もつまずいた。服は泥だらけになり、鋭い枝で切った腕から血が滲む。それでも、歩みを止めるわけにはいかない。


 どれくらい歩いただろうか。疲労と空腹で意識が朦朧としてきた頃、不意に視界が開けた。そこは、苔むした石造りの遺跡が点在する、小さな広場のようになっている。中央には、ひときわ大きな人型の石像が鎮座していた。何かの祭壇だろうか。


 そして、その石像の足元に、僕は探し求めていたものを見つけた。月明かりを浴びて、淡い光を放つ小さな草。間違いない。「月雫草」だ。


「あった……!やった、セリアを助けられる!」


 喜びも束の間、背後で獣の唸り声が響いた。振り返ると、巨大な黒狼がそこにいた。体長は僕の身長の倍以上あり、爛々と輝く赤い両目が飢えた光を宿して僕を捉えている。村で噂に聞いていた森の主、シャドウウルフだ。


 終わった……。


 腰が抜けて、その場にへたり込む。逃げられない。戦えない。魔力さえあれば、せめて障壁の一つでも張れたかもしれないのに。黒狼が地を蹴り、鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってくる。死を覚悟して、僕はぎゅっと目を閉じた。


 その、瞬間だった。


 ゴゴゴゴゴ……!


 地響きと共に、目の前の石像が動き出した。苔や蔦が剥がれ落ち、鈍色に輝く鋼鉄の体が現れる。石像だと思っていたそれは、巨大な人型のゴーレムだった。ゴーレムは僕の前に立ちはだかるように腕を広げ、その無機質な顔がゆっくりと僕の方を向いた。


 ――起動条件、適合。マスターを認識。


 頭の中に、直接声が響く。感情のない、平坦な声だった。


 ゴーレムは黒狼に向き直ると、巨大な右腕を振りかぶった。風を切る轟音と共に放たれた拳は、シャドウウルフの巨体をいとも容易く殴り飛ばす。森の木々を何本もなぎ倒し、黒狼は悲鳴を上げる間もなく絶命した。


 圧倒的な力。何が起こったのか理解できず、僕はただ呆然と座り込んでいた。静寂が戻った広場で、ゴーレムは再び僕の方へと向き直る。ゆっくりと片膝をつき、巨大な顔を僕の目の前に近づけてきた。


「君が、僕の主か?」


 機械的でありながら、どこか澄んだ声が、静かな森に響き渡った。

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