第二話 熱愛特訓! 〜恋心のリミッター解除〜
魔物の討伐が終わり、パーティーの野営地には、いまだ熱の残る地面と、ルナの焦げ付いた感情だけが残っていた。
「はぁ……」
アインは、腰に当てていた鉄の盾を地面に立てかけ、ため息をついた。盾は、ルナの魔法『フレア・キャノン』の直撃に近い熱風を何度も受けたせいで、表面が煤け、ところどころが歪んでいる。
「ルナ。お前な、威力が落ちてるって言っても、熱気はすごいんだぞ。もうちょっとどうにかならねぇのか」
アインの言葉に、ルナは顔を真っ赤にして、持っていた木製の杖を地面に突き立てた。
「うるさいわね! でもアインを焦がしちゃったのは私の不注意よ! だから決めたわ!」
ルナは両手を腰に当て、ツンと胸を張った。
「今日から、魔法制御の特訓を徹底的にする! もう二度と、あんたに誤射なんてしないんだから!」
リーシャが、解析用の水晶玉を磨きながら、冷静に口を開いた。
「ルナ。誤射の原因は魔力制御の技術的な問題じゃないことは、あなたも知っているはずよ。解析結果によれば、あなたの魔法は、アインが絡むと『対象回避補正』と『熱量減衰バリア』という、副次効果が自動でかかっているわ」
(リーシャの心内:つまり、特訓でアインへの情熱が上がれば上がるほど、誤射の軌道が修正されつつ、最終的には愛の抱擁に変わるというわけね。素晴らしいデータが取れそうだわ。ふふふ……)
ザックは、手入れしていた弓を背負いながら、ニヤニヤと笑った。
「おいおい、ルナちゃんよ。誤射しなくなったら、俺たちの遠征のささやかな楽しみが一つ減るってことか? 俺はあの、アインが腰をヒクつかせて『またかよ、ルナ!』って叫ぶところを見るのが好きなのに」
(ザックの心内:ルナの誤射は、アインへの愛の軌跡。これを娯楽と化さずにいられる奴がいるか? いや、いねえ。頑張れ、ルナ! アインの頭上を花火で飾るんだ!)
アルクは穏やかな笑顔で二人の様子を見守っていた。
「まあまあ。ルナが真面目に特訓したいというなら、リーダーとして見届けてやろう。だが、ルナ。怪我のないように、な」
(アルクの心内:ルナの不器用な愛は、アインという盾がいて初めて成立する芸術のようなものだ。アイン、ルナが真っ直ぐになれるよう、もう少しその鈍感な頭で受け止めてやれ)
【熱愛特訓、開始】
ルナはアインを的の代わりに立たせ、その左耳の横にある岩壁を狙うことにした。
「いいわね、アイン。動かないで! これはあんたへの殺意を込めた本気の特訓よ!」
「はいはい、わかってるよ。ルナの殺意なら、もう慣れてる」
(ルナの心内:殺意なんて少しも込めてないくせに! 少しでも好きって気持ちが軌道を曲げたら、あんたに当たっちゃうじゃない! くそ、なんでこんなにアインを目の前にすると集中できないのよ!)
ルナが杖を振り下ろし、『フレア・キャノン』を放つ。
青白い炎の塊は、岩壁へ向かって一直線に飛ぶ。しかし、アインの耳まであと数センチというところで、まるで誰かに押されたように軌道がわずかに逸れ、岩壁を通り越してアインの背後に着弾した。
ドォン!
土煙が舞い上がり、アインの黒髪はまた熱風で乱れたが、今回は腰も盾も焦げ付いていない。
「むぅっ…! また失敗! なぜ、なぜ真っ直ぐ飛ばないのよ!」
ルナは悔しさに地面を蹴る。
「おい、ルナ! これは成功じゃないか! 俺にはかすりもしなかったぞ!」
アインは盾を背負い直す。
「違う! 狙ったところに当たらなきゃ意味がないのよ! 岩壁の模様を焦がしたかったのに、あんたの背中を焦がすところだったじゃない!」
(ザックの心内:ルナちゃん、本音が出てるぞ。『あんたの背中を焦がすところだった』。それはもはや愛のマーキングだ! 背後から抱きしめるような、熱い愛の爆炎!)
リーシャが冷静に分析結果を口にする。
「ルナ。今の魔法は、あなたの魔力中枢の『アイン保護回路』が強く働いた結果だわ。岩壁を通り越してアインの背後へ行ったのは、アインの背後にある魔力的な『空白』を、あなたの心が埋めようとした証拠よ」
「な、何言ってるのよリーシャ! それはただの偶然よ!」
ルナは顔を茹で上がらせたように赤くした。
アルクは笑いながら、アインに近づいた。
「アイン。ルナは必死なんだ。少しは励ましてやれ」
アインは頷き、ルナの前にしゃがみ込み、視線を合わせた。
「なあ、ルナ。俺、一つわかったことがある」
「な、何よ…」
「お前の魔法は、俺の近くに来ると、温かくなるんだ。爆炎じゃなくて、すごく優しい炎だ。俺が焦げ付いても、怪我はしない。だから、俺はお前のその不器用な魔法が好きだよ」
アインは優しくルナの頬に触れた。
(アインの心内:ルナが頑張って俺に手加減してくれてるんだ。俺はルナのその優しさに応えたい)
(ルナの心内:ち、ちがうの! 温かいのは、あんたが目の前にいるから、私の体温が上がっているだけよ! この鈍感バカ! 早くこの手を離して!)
ルナはもう我慢できず、アインの胸をドンドンと叩いた。
「バカ! バカバカバカ! そんな優しさなんかじゃない! あんたへの怒りよ! あんたが鈍感だから! …もう、あんたなんか、大嫌いよ! パンなんかあげない!」
ルナは泣きそうになりながら特訓場を飛び出した。残されたアインは、戸惑いながらも、ルナが投げたパンを拾った。
(アルクの心内:アイン、今のパンは『好き』の感情が凝縮された高級パンだ。味わって食べなさい。ああ、二人の距離はまた一歩近くなったな)
(ザックの心内:ルナちゃん、あれは『好き』が9割、『怒り』が1割の究極のツンデレパンだぜ。アイン、食って大丈夫か? 毒されても知らねえぞ)
アインはパンを一口かじり、「やっぱりルナがくれるパンは美味しいな」と満足げに笑った。
翌日の実戦。ルナの魔法は、相変わらず魔物を避けてアインの足元を焦がし、彼らの遠征はいつも通りの熱い痴話げんかで幕を開けるのだった。
(つづく)
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