エミリアの決意

 この屋敷に囚われてから、一体何ヶ月が経ったのだろう。

 いや、もしかしたら私が気づかなかっただけで、もう数年経っているのかもしれない。


 セドリック様の魔法で隔離されたこの場所では、まるで模写でもしたかのように変わり映えのない日々が訪れる。

 そうやって過ごすうちに、あの日ウィルとカミラに森へ置き去りにされてから、どれだけ経ったのかもわからなくなってしまった。


 お父さん、お母さん……元気かな。

 カミラは今頃、ウィルと一緒になってるのかな。


 どれだけルーエン村に帰りたいと願っても、脱走を試みても、この屋敷からは出られない。


 この屋敷で暮らす私たち人間は、セドリック様にとって人形も同然だ。

 気に入らなければ捨てられる。それだけの存在。

 だからここで働く人々は、自分の意思を殺して役割を全うし続ける。


 それでも、恋人役である私には、多少の自由が許されている。

 だけど私には、それが最も恐ろしい罠のように感じられて仕方ない。


「彼は人間の醜さに対して、人一倍敏感なお方なのです」


 以前マリアさんに過去の恋人たちについて聞いたとき、彼女はそう言っていた。

 きっとそれが、彼女なりの精一杯の助言だったのだろう。


 マリアさんは過去の恋人たちについて、ほとんど教えてはくれなかった。

 けれど私が選ばれ、この場所にいるということは、セドリック様の嫌う醜さを見せたに違いない。


 ――けど、彼の嫌う醜さって何?


 いくら考えてもわからない。

 人間の醜さも何も、そもそも彼自身は悪魔で、清らかさとは真逆の存在だもの。


 もし答えがあるとすれば――書庫で見かけた新聞記事かもしれない。

 

 あの記事に書かれていた伯爵がセドリック様とは限らないし、記事を読む限り伯爵の逆恨みのようにも感じる。

 それでも彼が人間の醜さを嫌う理由の、手がかりのように感じられて仕方がない。


 しかし、これ以上探ろうにも、すでに記事は燃やされてしまい確認できない。一体どうすれば……。


「どうか、お嬢様はそのままでいてください」

「どうかこれからもその純粋なお気持ちを忘れず、そしてお館様を失望させないでください」


 ……そうだ、マリアさんはたしか、私に変わらないようにと言っていた。


 もしかしたらセドリック様は、恋人役に自由を与えることで、その人間の本性を引き出そうとしている?

 そしてその本性が期待から外れていたら消してしまうの?


 ……それなら私は、セドリック様の求める完璧な恋人になってみせよう。


 どのみち、この屋敷から抜け出すことはできない。

 この屋敷で生き続けるか、消されるかしか道がないのなら、私は生きることを選びたい。


 お父さんもお母さんも、きっとそれを望んでいるはずだから。


 もちろん、これは私の勝手な解釈で、セドリック様の本心はわからない。

 今日が最期の日なんてこともあり得る。


 だけど、未来を自分で選べないのなら、せめてできるだけのことはしよう。


 マリアさんの言うとおり自分らしくありつづけ、セドリック様と向き合う。

 そうすればいつか、本当の自由が許されるかもしれない。

 この屋敷の秘密もわかるかもしれない。


 だから私は、あなたの望む理想の恋人になる。


◇◇◇


「……おや、エミリア。今日は逃げ出さないのかい?」


 庭園に置かれたテーブルでお茶をしているエミリアを見て、セドリックが物珍しそうに声をかける。

 

「セドリック様……私、逃げるのをやめたんです」

「ついに諦めたのか?」

「諦めたわけではありません。でも、ここで暮らしていく覚悟を決めた、それだけです」


 エミリアのまっすぐな視線に、セドリックは思わず目を逸らした。

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