セドリック・ド・ラヴェルヌ伯爵
懲りずに屋敷の中を探索していたエミリアは、古いものから新しいものまで、たくさんの本が並んだ書庫に辿り着いた。
古い本の多くは埃を被っていて、中には状態が悪く崩れかけの本もある。
先日植物園で酷い目に遭ったエミリアは、悪魔の植物に関する本がないか探してみた。それらしい本は見つからなかったものの、掠れた字で「薬草」と書かれている古書を見つけ手に取る。
するとその古書からハラリと一枚の紙が落ちてきた。本のページが落ちたとかと思い慌てて拾い上げると、どうやらその紙はかなり古い新聞の切り抜きのようだった。
見出しにはこのように書かれている。
――白昼の惨事!セドリック・ド・ラヴェルヌ伯爵の凶行
「セドリック」というよく知った名前に、エミリアは思わず釘付けになった。
◇◇◇
「白昼の惨事!セドリック・ド・ラヴェルヌ伯爵の凶行」
買い物客や観光客で賑わう昼間のアーデンタルを、狂気の炎が襲う。突如起きた爆発は、二百六十三人の尊い命を奪った。
王都から派遣された捜査員によると、火元は王立薬学研究所の研究室、爆発は薬品に引火したことが原因とみられる。
研究所内にいた三十二人の研究員は全員死亡、うち八人は腹部や胸部に刺し傷があり失血死した模様。
王立薬学研究所といえば、所長だったセドリック・ド・ラヴェルヌ伯爵(以下ラヴェルヌ伯爵)の失脚が記憶に新しい。
ラヴェルヌ伯爵は天才薬師と知られ、治療不可能とされた数々の病の特効薬を開発した英雄だ。
そんな彼が失脚した理由は、薬と毒の取り違えである。
薬と毒の取り違え――初歩的かつ取り返しのつかない間違いにより、イザベル・ド・マリエンヌ子爵令嬢が命を落とした。
どういった運命のすれ違いか、彼女はラヴェルヌ伯爵の婚約者であった。
その後ラヴェルヌ伯爵は事故の責任を取る形で所長を退任し、後任には彼が弟子として信頼するアドリアン・ヴァルモント卿が選ばれた。
国立薬学研究所についてよく知る人物はこう語る。
「ラヴェルヌ伯爵は退任する気がなかったのか、ほとんど追い出されるような形だったそうです。どうやらヴァルモント卿を支持する研究員が後押ししたようですよ。それもあってラヴェルヌ伯爵は、ヴァルモント卿やその周囲の人間のことを相当恨んでいたとか……」
また、マリエンヌ子爵令嬢の友人は次のように語った。
「ラヴェルヌ伯爵とイザベル様は心から愛し合っておられました。ラヴェルヌ伯爵は体の弱いイザベル様のために献身的に治療もなさっていて……。私には、彼が薬と毒の取り違えをするなんて考えられません。イザベル様が亡くなってからのラヴェルヌ伯爵は、まるで亡霊のようになっていたようです」
なおラヴェルヌ伯爵は、爆発事件後にマリエンヌ子爵令嬢の墓前で倒れているのが見つかり、間も無く死亡が確認された。
爆発に巻き込まれたのか、背中には大きな火傷の痕が残されていた。
穏やかな春のアーデンタルで起こった悲劇は、愛も地位も名誉も全てを失った亡霊による凶行なのか。
関係者は全員死亡しており、これより深く真相を知る手立てはない。
◇◇◇
「セドリック……薬師……」
「呼んだか?」
「わあ!」
いつの間にか背後にいたセドリックに、エミリアは驚き思わず声を上げる。
「何を読んでいたんだ?」
「あの、新聞記事のようなのですが……このセドリック・ドラヴェルヌ伯爵とは、セドリック様のことですか?」
セドリックは新聞の切り抜きに目を通すと、不愉快そうに眉を顰めエミリアを刺すように睨みつけた。
「私が毒と薬を間違えるような未熟者だと言いたいのか?」
エミリアは真っ青な顔で否定した。
「そういうわけではございません!ただ、同じ名前ですし、セドリック様もお薬を作られるので、何か関わりがあるのかなと……」
それを聞いたセドリックは、すぐにまたいつもの柔らかな笑顔に戻った。
「私のように長く生きていれば、似たような人間がいてもおかしくないさ。次からはおかしな勘違いをしないように」
そう言い残して立ち去る彼の背中を、エミリアはじっと見つめていた。
ラヴェルヌ伯爵とセドリックが無関係とは思えない。しかし、それを調べる手立てもない。
(セドリック様のことを知れば、何かわかる日が来るのかな)
エミリアはほんの少し、彼のことが知りたいと思った。
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