巫女なのに聖剣抜いちゃいました~御幣より重い物を持ったことがないのに~

紫月音湖*コミカライズ・電子書籍配信中

第1章 勇者に選ばれました!?

第1話 聖剣に選ばれし者

 六畳一間の質素な室内に、ろうそくの明かりが揺れている。板張りの床に置かれた二つの座布団に向かい合って座るのは怯えた表情の女性と、白い狐面を付けたポニーテールの巫女だ。巫女が手にした御幣ごへい――木の棒に二本の紙垂しでを付けたもの――を振ると、澱んでいた室内の空気が斬り裂かれるように震えた。窓に取り付けられた白いカーテンが、風もないのにバサリとはためく。


「悪霊退散!」


 凜と響く巫女の声に重なって、この場に存在しないはずの男の呻き声がした。わずかに胸を押さえた女性の背後、そこにいるであろう悪霊めがけて、巫女が再度御幣ごへいを大きく振る。窓がガタガタと激しく震え、怯えるようにろうそくの炎がふっと消えた。


「往生際が悪いわね。さっさと消えなさい!」


 より強い口調で命令し、御幣ごへいを剣に見立てて袈裟斬りすると、女性に取り憑いていた悪霊が断末魔の叫びを上げて完全に消滅した。その証拠にさっきまで苦しげに胸を押さえていた女性は、文字通り憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしている。


「これで大丈夫。あなたに取り憑いていた悪霊は祓いました」

「……本当。体が軽くなってる!」


 消えたろうそくに火を灯し、再び女性の前に腰を下ろした巫女は薄紫色の御守りを床にそっと置いた。


「体質的に憑かれやすいようなので御守りも用意しました。私が言霊ことだまによる念を込めているので、肌身離さず持ち歩いて下さい」

「ことだま?」

「言葉が持つ力のことです。発した言葉通りに導く力があるので、こうなったらいいなって思うことは積極的に口に出して言ってみるといいですよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 女性に手渡した御守りには、古守こもり白狐びゃっこ神社と刺繍がされている。

 巫女である彼女の実家、古守こもり白狐びゃっこ神社は、この七楽町ならくちょうに昔から続く古い小さな神社だ。信仰心も薄れた昨今、こんな寂れた神社に訪れる者は少ない。初詣の時だってお参りに来る人は数えるくらいだ。

 それでもこの神社が存続できているのは、とある界隈ではそれなりに名の知れた神社だからである。


 七楽町ならくちょう古守こもり白狐びゃっこ神社。この神社にはどんな悪霊も言霊ことだまで祓う巫女がいる。

 それが神社の跡取り娘、古守こもり美言みことの噂だった。


「はぁー。やっと終わった」


 今日のお祓いの予約は、先ほどの女性で終わりだ。腕を上げて大きく伸びをすると、凝り固まった筋肉がほどよく伸びるのを感じる。

 ここ最近はやたらと悪霊に憑かれる者が多く、神社を訪れる依頼人もいつもの倍くらいはあるだろうか。神社にとっては貴重な収入源のひとつではあるものの、こうも頻繁にお祓いが必要になる現状には少しだけ不安を覚えてしまう。

 そんな美言みことの心境と重なるように今日の夕焼けはいつもよりも赤い。まるで血の色みたいだなんて一瞬でも思ってしまったからなのか、神社の裏手に広がる鎮守の森からカラスが一羽、哀愁漂う鳴き声を上げて飛んでいった。


「さっさと石の状態を確認してお風呂入ろっと」


 お祓いの際には必ず付ける白い狐面を外して、美言みことは神社の裏手へと回った。そこには御神体のひとつである巨大な石が祀られている。

 古守こもり白狐神社には御神体が二つある。ひとつは本殿に祀られている白い狐面。そしてもうひとつは美言みことの背丈ほどもある巨石だ。この石が祀られているのは、人の目の届かない神社の裏手。そこは境内に住居を構える古守こもり家の敷地内でもあるため、一般の者が目にする機会はほとんどない。

 なぜ御神体が二つあるのか、その理由を美言みことは知らない。ただ宮司である父もその祖父も、古守こもり家の先祖は代々ずっとこの巨石を裏御神体として大事に祀ってきた。だから美言みことも一日の終わりには、必ず石の状態を確認するのが日課になっている。


「くらえ! イザナギレーザー!」


 ふと、神社の裏手から少年の声が聞こえた。その声に合わせて「イザナミリフレクション!」と続く別の声もする。聞き覚えのある少年たちの声に、美言みことはがっくりと肩を落として溜息をついてしまった。ただでさえ除霊で体力を消耗して疲れているのに、最後の最後では勘弁してほしい。


「あーなーたーたーちー!」


 御幣ごへいを袴の帯に差し込んで、空いた両手を腰に置く。仁王立ちをして凄んでみせた美言みことの前には、それぞれ色の違うおもちゃの剣を持った三人の少年たちがいた。

 赤い剣が草薙剣くさなぎのつるぎ、黄色い剣が八咫鏡やたのかがみ、青い剣が八尺瓊勾玉やさかにのまがたまをモチーフにしているらしい。いま子供たちの間で流行っている「八百万やおよろず戦隊! アマテラッシャー」の隊員たちが持つ武器である。


「げっ! ミコ姉」

「げ、じゃない。ここで遊んじゃダメだって何度も言ったでしょう?」

「そんなこと言ったって、アマテラッシャーの秘密基地は神社の地下なんだからしょうがないじゃん。それに俺たち、いま悪の組織ヤマタノオロチの幹部を倒しに行く途中だから邪魔すんなよな」

「ミコ姉。ヤマタノオロチの女幹部やって! 紙をこう……ぱぁーって飛ばすヤツ」

「だーめ。護符は遊びの道具じゃないの」


 美言みことをミコ姉と呼ぶ彼らは近所の子供たちだ。家も神社のすぐそばなので、ここを集合場所にして遊ぶ姿をよく見かける。多くの子供がゲームで遊ぶ今の時代、おもちゃの剣を手に走り回る無垢でかわいい少年たちだ。勝手に神社裏に入り込んでいるのは見過ごせないが。


「ハイハイ。いいかげん、遊ぶのをやめて家に帰りなさい。もういい時間でしょ」

「ちぇっ。ミコ姉はノリが悪いんだよな~」

「ノリとかそういう問題じゃないの。そもそもここは関係者以外立ち入り禁止って札に書いてるでしょ。わかる? この石だって本当はとーっても危険なものなんだから、もう二度と近付いちゃダメよ!」

「あんまり口うるさいとモテないぞー!」

「だからいつまで経っても彼氏がいないんだね?」

「そういうのを生き遅れと言うらしいです」

「うるさーい!」


 小生意気な少年三人に向かって叫ぶと、彼らは蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。


「逃げろー!」

「あ、こら! 待ちなさいっ。次それ言ったら本気で怒るからね!」

「ミコ姉が怒っても全然怖くないもんね」

「それじゃ、またね! ミコ姉。彼氏できたら紹介してね」

「最悪、僕がミコ姉をお嫁にもらってあげても……」


 みんな言いたい放題なのに、帰る時はしっかり美言みことに手を振っていく。それがまた年相応にかわいく見えてしまうので、結局最後はいつも彼らを許してしまうのだった。


「余計な時間食ったわね。さっさと石を見て帰ろっと」


 ようやく本来の目的を果たせると石の方へ目を向けた美言みことは、そこで初めて巨石の異変に気がついた。

 石の側面に金色の剣が突き刺さっている。いや、物理的に剣が石に刺さることはないので、刃の一部がしめ縄に引っかかっているのだろう。


「ちょっと、剣忘れてるわよー!」


 大声で叫べば、まだ声は届くかもしれない。そう思いながら金色の柄を握りしめた瞬間。


 ――ぬるん。


 まるで板こんにゃくを切るような感触と共に、石の中から七色の剣身と――そしてその剣に心臓を貫かれた神父服キャソック姿の青年が飛び出してきたのである。


「……」


 人間、本当に驚いた時には思考が一瞬止まるらしい。石から現れた青年の胸には剣の刃が深々と突き刺さっている。その剣の柄を自分が握っていることを理解するまでに、美言みことは数秒を要した。


「ぎ……ぎゃああああっ! なっ、なん……なな、なぁぁぁぁっ!?」

「ここは……」

「ひゃっ! まだ生きてる!?」


 むしろ生きてる方がありがたいのだが、心臓に剣を突き刺されたまま平然とされても何だか怖い。咄嗟に剣から手を離そうとしたが、美言みことの右手は青年本人の手によってガッチリと固定されてしまった。


「ちょっ……ヤダ、何!? 離して!」

「やっと見つけた」


 グイッと顔を近付けてきた青年の恐ろしくとんでもない美貌に思わず胸がキュンと鳴ったが、それとこれとは別である。心臓に剣を突き立てられても生きている時点で人ではないし、何より銀髪に金色の目をした人間なんてファンタジーの世界でしか見たことがない。


「離してったら! イケメンだからってやっていいことと悪いことがあるわよ!」

「イケ、メ……? 何を言っている。そんなことよりお前、これを」

「悪霊退散! たいさーん!」


 掴まれていない方の左手に御幣ごへいを持って、青年の顔の前で激しく振り回す。ばっさばっさと乾いた音を立てて揺れる紙垂しでが青年の美貌を容赦なく打ち付けた。


「何だ、これは……ぶふっ!」

「あれ、効かない? 悪霊じゃないのかしら……。悪霊退散だってば!」


 霊力を込めて言霊ことだまを発するも、この美しい男にはまったく効果が見られない。ならばもっと強く霊力を込めなければと、美言みことは更に激しく御幣ごへいを振った。


「おま……いい加減に、ぶへっ! あぁ、くそっ」


 容赦なく顔を打ち付ける紙垂しでを青年が煩わしげに引っ掴んだ。


「邪魔だ!」


 ブチィッと音を立てて、紙垂しでが青年によって引き千切られる。同時に美言みことの堪忍袋の緒もブチィッと切れた。


「ヘイちゃんに何するのよ!」


 ヘイちゃん――紙垂しでを引き千切られた御幣ごへいは、美言みことが除霊をするようになってからずっと使ってきた、謂わば相棒のような存在だ。今までずっと美言みことが霊力を込め続けてきたおかげで、古いながらも替えの効かない唯一無二の除霊道具でもある。

 それを無碍に扱われては、いくらイケメンとて許せるものではない。怒りのあまり、美言みことは青年の体を力一杯突き飛ばした。

 その拍子に青年の胸から金色の剣がスポンと抜ける。パァァッと辺り一面がまぶしい光に包まれるなか、目を閉じた美言みことの耳に青年の声が届いた。


「やはり勇者だったか」

「え……なに?」

「聖剣に選ばれし者。お前は唯一、聖剣エクスカリバーを扱える勇者だ」

「はぁぁ!?」


 あまりの電波発言に、美言みことの素っ頓狂な声が響く。それに合わせて光が緩やかに薄れてゆき、美言みことの視界に薄暗い夜に包まれた神社の景色が戻ってくる。

 向かい合う美言みこと神父服キャソックを着た銀髪の青年。美言みことの右手には、青年の胸から引き抜いた黄金の聖剣エクスカリバーがしっかりと握られていた。



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