数式魔女は解かれない

揺蕩さつ花

第一部

00 プロローグ

「もう、いいわ。下がりなさい」

 死刑宣告を受けた罪人は、きっとこんな気持ちなのだろう。

 冷めた視線は、もうこちらを軽蔑してすらいない。ただ、元は母親と呼べるはずだったそのひとは、使い古した雑巾を見るような目をしていた。

 布切れ一枚の隔たりもない距離にいながら、それはひどく遠く感じられる。

 私はここにいていい人間ではないのだと、これでもかと分からせられる痛みが響く。静寂の中で肩身が狭い。

 失敗した魔法陣の残滓が、こちらを嘲笑うように微かに光っている。それらを乱暴にかき集めて、鎮座している彼女に背を向けた。

「フレーヴァ家の一人娘が、落ちたものね。スピカ」

 そんな言葉を、母親は投げかけた。

 わかっている。そんなことは知っている。私がどうしようもないダメな奴だってことは、私が一番よく理解しているのだ。

 屈辱と同時に、正しいことではないとわかっていながらも怒りが湧いてくる。べつに、私に光魔法の才能がなくたっていいじゃあないか。両親は私に、世継ぎとして以外の価値を何一つとして見出していない——私を人間として見ていない。

 そんなに言うなら、妹でも弟でも産めばいいじゃない。

 私である必要は、何一つとしてないのだから。

 しかし、そんな私に、彼女のほうも愛想が尽きたらしい——静かに、彼女の周りの空気が揺れた。怒っているのだろうけれど、そんなことは知ったこっちゃあない。そう言いたい。

 でも、逃げられない。

「貴女をもう、この家には置いてはおけないわ。何のために育てるのかわからないもの。それに、同級生を殴るような暴力女を、後継にできるわけないじゃない」

「……それは」

 仕方なかったのよ。アイツが悪いのよ。

 続く言葉は、かろうじて口に出さずに済んだ。

「荷物をまとめなさい」

 私だって、ひとりで生きていくことくらいできる——一人前の魔女にだってなってやる。

 不安なんてない。あるはずがない。むしろ清々しているくらいだと、胸を張って言ってやりたい。わざわざ火に油を注ぐようなことは、しないけれど。

 私は母親が嫌いだ。父親が嫌いだ。両親が嫌いだ。私の人生に良し悪しをつけてくる奴はみんな嫌いだ。なのに、そんな奴らに認めてもらわなくちゃあ生きていけない私が、私はこの世で一番嫌いだ。

 馬鹿な私が大嫌いなのだ。

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