第14話 プロの洗礼、ハンデの洗礼
出場者が集まったのを確認した受付の女性スタッフは、まずレーンの振り分けが書かれた表をカウンターに掲示した。
「レーン順に名前を読み上げます。1・2番レーン……」
スタッフがマイクを使って発表を始める。 参加者たちは自分の名前と割り当てられたレーンを確認し、それぞれ指定されたレーンへと歩いていく。
信吾もその流れに乗って移動しようとした――そのとき、女性スタッフの一人が彼を呼び止めた。
「あ、そうだ!高橋さんって、今回が初参加ですよね?当店「朱雀ボウル」のハンデを、お持ちでないと思いますので、説明させていただきます」
スタッフは「ハンデについて」と書かれた説明書きを信吾に提示して説明に入った。
「一般男子の初参加者はハンデとして1ゲームにつき-10点のハンデが適用されます。ご了承くださいね」
「あ、はい。わかりました」
このハンデは、主にボウリング場のリーグ戦などで採用されているハンデのことだ。
例えば基準200点に対し、通常アベレージが210の人は-10点のハンデが適用される。
ただ、このハンデは最低3ゲーム以上で計算して出すもの。
初参加者は持ってないので「ハンデ無し」と言いたいところだが、上級者が初参加した場合(基準アベレージ以上の者)、その初参加者に有利に働いてしまう。
初参加の上級者が有利になりすぎないように、参加初回にはあらかじめ-10点の調整ハンデが加えられるようになっているのだ。
もちろん基準アベレージ以下の場合は大きなハンデとなる。
しかし、それよりも外から来た参加者に優勝をされないように、常連の参加者を守る方が大事との判断らしい。
信吾にこれが課されたというわけだ。
スタッフの説明を聞き終えて受付を離れた信吾は辺りを見回した。
さっきまで隣にいたはずの江里の姿が見当たらない。
首を伸ばして探してみると通路の自販機の近くで、メーカーロゴの入ったユニフォーム姿の男女と一緒にいるのを見つけた。
その上級者らしい人たちと、江里は話している。
「信吾くーん!こっちこっち!」
江里が手をぶんぶん振って呼んでいる。
どうやら信吾がキョロキョロしていたのに気づいたらしい。
近づくやいなや、彼女はさっそく信吾をその場のメンバーに引き合わせた。
「この人が、さっき話してた信吾君です!」
いきなりの紹介に信吾は一瞬たじろいだ。
しかし、「江里の知り合いなら」と思い、きちんと姿勢を正して自己紹介をした。
「は、初めまして。江里さんの同級生の高橋信吾です」
「どうも、「朱雀ボウル」でお世話になってます、田下です。一応プロボウラーやってます」
「「一応」じゃないよ!ちゃんと公認トーナメントに出て、ポイントランキングにも入ってる、現役バリバリのプロなんだから!」
(えっ、こんなローカル感、満載のボウリング場に、そんなすごい人が…?)
江里の熱量に押される信吾。
「そうなんだ、すごい…な」と意味ありげに相槌を打ちながら、信吾は場内を見回す。
その様子を見た江里が、ジトッとした目でにじり寄ってきた。
「ねえ、信吾君、今ちょっと、ウチのボウリング場に失礼なこと考えてたでしょ?」
(うわっ、顔に出てた!?)
慌てて取り繕う信吾。
「いやいや、ランキングに入ってるプロに会えるなんて、「運がいいな」って思っただけで…」
「それ、「こんな古くて小さなボウリング場で」って言葉が、後ろにくっついてないかな?」
(やばい、完全に読まれてる…!)
信吾は内心で警報を鳴らしながら、表情を引き締め、真顔で首を横に振る。
目は真剣そのもの。
「ここで笑ったら終わりだ――」と、そんな覚悟でポーカーフェイスを貫いた。
江里はしばらく疑いの目で信吾を見つめていたが、ふと壁の時計に目をやり、小さくため息をついた。
「まぁ、……それならいい。じゃあ、時間もないし、もう一人のプロ、南さんを紹介するね」
江里は気を取り直し、急いで紹介を続ける。
「この南さんは、私が小さいころからお世話になってる――」
「ちょっと、ストップ!」
いきなり江里の言葉をピシャリと遮ったのは、紹介されるはずだった南・本人。
何が気に入らないのか 眉間にしわを寄せ、じっと江里をにらんでいる。
「うかつなこと言わないで。年がバレるでしょ」
(あっ…江里さん、地雷踏んだ…)
信吾が江里の失言気づいた瞬間、江里は一瞬で態度を改め、まるでロボットのように感情をオフにして言い直した。
「えーっと……うちのボウリング場に所属している唯一の女子プロ、南さんです」
その気の使いように、信吾はちょっと引きつつも、丁寧に頭を下げた。
「高橋信吾です。よろしくお願いします」
すると南は一転、ぱっと明るい笑顔を浮かべ、胸を張って元気よく自己紹介。
「朱雀ボウル所属プロの紅一点、永遠の二十歳の南です!わからないことがあったら何でも聞いてね。手取り足取り教えるから!」
「はい、よろしくお願いします…」(なんか、無理やり元気を強調する、親戚のおばちゃんみたいなノリだな…)
信吾は内心ではそう思ったが、もちろん口には出さず、笑顔で会釈するにとどめた。
そこで江里が何かを思い出したように「あ」と声を上げた。
「そうそう、田下プロと南プロは、この後のダブルス戦にペアで出るのよ!」
江里は嬉しそうに目を輝かせた。
「しかも、私たちと同じレーン!」
信吾が驚いて二人を見ると、プロたちはにこやかに頷いていた。
「もちろんオープン参加だから順位には関係ないけど、もし両プロに勝てたら、「朱雀ボウル」から特別賞が出るの」
江里は一呼吸置き、その賞品内容を明かした。
「今回の特別賞は豪華だよ。定価4万8千円のハイスペックボールが、13〜15ポンドで2個ずつ。そして、信吾くんが今使っている定価1万9千円のキャンペーンシューズが、サイズ別で6足用意されているの」
(おお!これはマイシューズを手に入れるチャンスだ!)
信吾はがぜんやる気になった。
高額なボウリング用品が、参加費だけで手に入るかもしれないのだから当然だ。
「HDCP(ハンデ加算得点)のチームトータル、もしくは個人トータル。またはハンデなしで私達プロのハイスコアを上回れば賞品がもらえるよ」
と南が説明した。
「だから、今日は全部狙っていこうね!」
江里は気合いを注入するように信吾の肩を叩いた。
「うん、頑張ろう!」
江里のやる気に引っ張られるように、信吾の気持ちもぐんと盛り上がってきた。
ところが、そのやる気に南がひょいと冷や水を注いできた。
「そんなにうまくいくかしら?今日は、伊藤くんと鈴木くんも出るから、かなり手強いわよ。特別賞が欲しいなら2人のどちらかには勝たないとね」
「えっ?2人とも今日は見学って言ってたのに…」
江里の顔がみるみる曇る。
信吾は聞き慣れない名前に首をかしげた。
「その人たち、そんなに強いんですか?」
「伊藤くんと鈴木くんは「朱雀ボウル」の常連で、アマチュアの中でもトップクラス。腕前はこのボウリング場でも一、二を争うほどよ」
南はさらっとその強さを評しながら、さらに伊藤と鈴木のエピソードを教えてくれる。
「だから、リーグ戦に彼らが出ると、「あ、今回は無理だな」って参加を見送る人もいるくらい。 そんな彼らがね、勇人くんに勝った高橋くんに「いいとこ見せたい」って、急きょ参戦を決めたらしいの」
(それって、僕のマウント取りたいだけじゃないか…)
信吾は口に出しかけた言葉を飲み込み、渋い顔を作った。
その表情を見た南はあわてて信吾を励ます。
「あ、そんなに気にしなくて大丈夫よ!高橋くんはマイナスハンデがあるし、トータルで勝つのは難しいから。狙うなら一発ハイスコアね!」
――励ましのつもりが、なかなかのダメ押し。
信吾は引きつった笑顔で「はは…頑張ります」とだけ返した。
田下は呆れて、首を振っていたが、南本人はまったく気づいていない。
「信吾を元気づけられた」と勝手に解釈し、彼の肩をポンと叩いてガッツポーズを作ってみせた。
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