第4話 店長の娘と元コーチの息子

江里の顔色を時々チラチラとうかがいながら信吾はボウリング場までついてきた。


江里は到着すると迷わず受付カウンターへ向かい、スタッフに声をかける。


「店長を呼んでください」


ほどなく奥から男性が現れた。江里の父親であり、この店の店長だ。


「江里か?今日は一般客として扱ってくれって言ってたじゃないか」


親しげな口調から、二人の距離感が近いことがうかがえる。案の定、江里はすぐに言い返した。


「ちょっと、お父さん!恥ずかしいからやめてよ!まだ同級生がいるんだから!」


そのやりとりを見て、信吾は二人が親子であることに気づいた。


店長は少し離れた信吾をちらりと見て、茶化すように言った。


「なんだ、お前の彼氏か?」


「違うってば!ボウリングセンスをちょっと確認したかっただけ!」


(あ、なるほど…バレてたのか)


信吾は、自分のフォームやボールの扱いから、江里にボウリングの経験者であることが見抜かれていたことにようやく気づいた。


今日のゲームでは、わざとポケットを外すために微妙なコントロールが必要だった。

その結果、体が自然と昔の技術を再現していたのだ。


(まあ、別にボウリング経験自体を隠すつもりはなかったけど…)


確かに、かつてボウリングコーチだった父を思い出すのはつらく、しばらくボウリングから距離を置いていた。

また、母子家庭となり金銭的に余裕がなくなったことや、新しい土地でボウリング場が遠くなったことも、離れていた理由だった。


そんな背景もあり、信吾は江里とその父親の軽快なやりとりを少し羨ましく感じながら見守った。


「君はボウリング競技の経験者なのかい?」


「はい、…小学生の頃に関東で…」


「やっぱりね!」


信吾はメンテナンスを終えた右端レーンで、機械の動作確認も兼ねた試し投げを披露することになった。


「タダだし、ちょっと真剣に投げて見せてよ」


「はい!」


信吾は満更でもなさそうにうなずいた。。


メガネがよく似合う知的な雰囲気の女子高生に頼まれたら、思春期の男子ならつい応じてしまう。(作者のちょっとした妄想です)


信吾は貸しシューズを借りるため、シューズベンダー(貸し靴機)へ向かおうとした。


「あ、信吾くん、ちょっと待って」


そんな信吾を、江里が突然呼び止める。

そして、彼女は店長である父親に相談を持ちかけた。


「お父さん、あのメーカーの販促用シューズ、まだ残ってたよね? ちょうどいいから、信吾くんに試してもらおうよ」


店長は最初、少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに何かを思いついたように表情をほころばせた。


「うん?…おっ、あれか!そうだな。なかなか試してくれる人がいなくて困ってたんだ。君、買わなくてもいいから、履いた感想だけでも教えてくれないかな?」


店長は受付の奥へ向かい、ほどなくしてシューズの箱を三つ抱えて戻ってきた。


「さっき一足貸し出したらしくて、大きめサイズはこれだけだ。25cm、26cm、そして27cm。合うサイズはあるかな?」


ボウリング場で貸し出される「ハウスシューズ」は、左右どちらの手でも投げられるよう、両足の靴底が滑りやすい革で作られていることが多い。


しかし、蹴り足まで滑ってしまうため、競技者は「マイシューズ」を使う。


マイシューズは右投げ・左投げに合わせ、スライド足は滑る素材、蹴り足は滑り止めのゴムを使う。さらに、好みにに応じて靴底の材質も選べるようになっている。


信吾は箱のサイズを確認し、自分の足に合う28cmがないことを伝えた。


「僕、28cmなんで……ここにはないですね」


江里が驚いて信吾の足元を見つめた。身長170cmギリギリの信吾は、足の大きさとのアンバランスに少しコンプレックスを持っていた。


「よく言われるんですよ。「バ○の大足」って」


店長が苦笑いして箱を戻そうとしたとき、老人の声が聞こえた。


「おーい、すまんな、その28cmの靴、ワシが今、試してるぞい」


その声に振り向いた店長は、相手の顔を見て驚いた。


「えっ、留さんだったの?この前、新しいシューズ買ったばかりじゃなかったか?」


「うむ。あれはいい靴で満足しとる。だがな、もっといい靴があるかもしれんじゃろ?」


信吾は留さんの気持ちがよく分かった。ボウリングに夢中になると、より良い道具を試したくなるものだ。


「まあ、それならいいけど、ちゃんと感想のアンケートは書いてよ?」


「おう、分かっとる。じゃあ、悪いな兄ちゃん」


留さんは、そう言って信吾にウインクを送り、嬉しそうに試し投げへと戻っていった。

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