第26話 剣聖ラーム
ギルドのカウンターでミルクを飲みながらラームさんを待つことにする。
ギルド内には、クエストの依頼書や懸賞金付きの手配書などの張り紙も多く、観て時間をつぶすにはもってこいだ。
テーブル席でなにやら雑談を交わしているパーティーを眺めるのもまた面白い。
若い子ばかりのかけだしパーティーや、いかにも場数を踏んでいそうな老練の魔術師とその一行。
それぞれのパーティーがこれまでどんな冒険を重ねてきたのか。
聴覚を研ぎ澄ませて、聞き耳を立てる。
そんなことをしていたら、受付のあたりがなにやら騒がしい。
「おい、ラームが来たぞ!」
酒場の奥からやってきた中年の剣士が、僕の前を通り、受付のほうへ走っていく。
「ラームだと?!」
横にいた武道家が立ちあがったので、僕もつられて席を立つ。
受付の前にちょっとした人だかりができていた。
「きゃー、ラームさま」
控室からでてきたのであろう受付嬢がうかれている。
彼は相当な有名人のようだ。
ラームは、観たところ40代。想像していたよりもずっと若い。どこぞの海賊団で三刀をつかいそうな優男で、顔に傷がある。西部のガンマンが着そうな黒いべストを着ている。左の腰に日本刀のような、そりのある刀をひとふりたずさえている。
「やあみんな! ひさしぶり。奥の酒場で一杯やってくれや。話は通してある」
「おお」「まじか」「さすが剣聖!」みな嬉々として酒場へ移動していく。剣聖は度量も大きいようだ。その剣聖がつかつかと僕の方へ歩み寄ってくる。
「やあ、初めまして、コータ君。俺がラームだ」
僕とラームさんはがっちりと握手した。僕はもう、ラームさんに魅了されていた。
ラームさんに誘われるまま、奥の酒場へ移動する。
ラームさんはビール、僕はミルクで乾杯だ。
ひとごこち付いたところでさっそくPTを組んでみる。
コータ・キーウェル 勇者 Lv12
ラーム・リンデイ 槍兵 Lv88
「ラームさん、槍…」
「しっ」ラームさんが指を立てる。
「内緒な。まあ知ってるやつは知ってるが」
「びっくりしました」
「俺はあれよ。ほんとは槍のほうが得意なんだわ」
「そうなんですか」
「戦場でしか使わんがな」
「なるほど」
「街中で使うには不便でね。んで、普段はこっちを使ってる」
ラームさんが腰の剣をぽんぽんと叩く。
「そういうことなんですね」
「剣でも十分強いぞ? 俺は」
「もちろん、そこは疑ってません!」
「さてっと、色々聞かせてもらえるかな」とラームさん。
僕のこれまでのいきさつと、魔王を倒す目的のことを、順繰りに説明した。
ときおり質問を挟み、ラームさんは最後まで真摯に話を聞いてくれた。
十杯目のビールを飲み終えたところで、ラームさんが席を立つ。
「さて、ちいと支払いを済ませてくる。ここで待っててくれるかい?」
「あ、僕が払います」剣をテーブルの上に置き、財布を探す。
――そうか、みんなにおごった分も支払わなければならないんだった。お金、足りるかな。
「ふっ。そういうこった、ここは大人に任せてくれ」
奥に向かうラームさんの後姿を眺める。一歩歩くごとに、声をかけられている。すごい人気だ。
――しまった!!
辺りを見回す。
一瞬の隙だった。聖剣が、テーブルの上から消えている。2秒も目を離していなかったのに。ラームさんに念話を送る。
『聖剣が盗まれました』
「動くな!!」間を置かず、ラームさんの怒声が、ギルドホール中に響き渡る。
「みな、そこから一歩も動くな!」
『コータ君。今から俺は君を斬るふりをする。君は斬られたら前のめりに倒れて死んだふりをしてくれ』
送られてきた念話に続き、ラームさんがまたひと際大きな声で叫んだ。
「動くなよ!! 一歩でも動いたやつがいたら、斬るっ!!」
喧騒が一瞬にして収まる。つかつかと、僕の前にラームさんがやってくる。
「動くなといったろ?」僕の前で居合抜きをする。風圧を感じ、僕は演技で前のめりに倒れる。
「はい、一人死んだー」とラームさん。
「ひっ」悲鳴にもならない押しこらえた悲鳴が、どこからか聞こえる。
☆
ラームはギルド出入り口のほうへ飛ぶように移動する。
今にもギルドから退出しようとしていた軽装の中年男の前に、出口をふさぐようにして、ラームは陣取った。
「さあ、これからゲームをしよう。俺に睨まれて、動かずに10秒耐えられれば、金貨百枚を贈呈する。わるくあるまい?」
ラームが、男に鋭い視線を送る。
まるで、蛇に睨まれたカエルだ。腰の剣に添えられた手が、ぶるぶると震えている。
男はへなへなと腰を折って座り込む。どうやら失禁してしまったようだ。
「はい。ざんねーん。君は失格。もう動いて帰っていいよー。はい、これ参加費」
ラームが座る男に銀貨一枚を握らせている。と、思ったら、もうラームは次なる男の前にいた。
男に鋭い視線を送る。
男は着古されたマントを羽織り、右手がマントの下で腰のほうに伸びたまま静止している。
マントの下に赤い色をした傷だらけの鞘がちらりと見えていた。
男はラームの視線を五秒ほど耐えた後、口を開いた。
「いやーまいったな。もう無理です。負けまし」
最後まで聞かず、ラームの目にもとまらぬ一閃が、男を防具ごと切り裂いていた。
前のめりに倒れた男の腰から、男の粗末な剣を抜き取る。
ラームは男の首筋に手を当て、息を確かめている。
男は、出血もしていない。どういう理屈か、男は気絶しているだけなようだ。
その光景は、一歩も動くなの号令がかかったとき、ちょうどそちらの方角を向いていたものたちだけに目撃された。
次にラームは、背中の剣をちょうど抜こうとしているところでフリーズしている、獣人剣士の前へ歩を進めた。
少女の面影が残るまだ若い女の子だ。
ラームの鋭い視線が飛ぶ。獣人の女剣士は、眼力を失わぬまま、その十秒を耐えきった。
「はい、君。ごうかーく。100金貨。おめでとー」
皆が耳をそばだてている。
「みんな、もう動いていいよー。ゲームはここまでで終了です!」
徐々に、周囲へ安堵の空気が広がっていく。
剣を身構えたまま、獣人女性が首をコキコキと鳴らす。
「なぜ、二人を斬った?」
「おっと、そうだった」
ラームはまず、入口の方で気を失っている男へ歩み寄った。懐からとりだした拘束具で、男の足と手をまとめて縛り上げる。
「このとおり、こいつは生きてるぜ、お嬢ちゃん」
獣人女子の態度は変わらない。右手はまだ背中の剣に伸びたままだ。
次にラームは、まだピクリとも動かないコータの前へ歩み寄る。
「りざーれくーしょん!」
物語の中でしか聞いたことのない、あるはずのない蘇生魔法を拝もうと、周囲に人がどんどんと集まってくる。
コータが、何事もなかったようにぴょこりと立ち上がる。
「おおおおー」と歓声があがる。
パチパチパチと拍手も起こる。
「ちっ。茶番劇かよ」
獣人女子が、やっと剣から手を放す。
「というわけで一件落着だ。みんな、騒がせたな」
ラームが、コータに剣を渡す。鞘がべとべとする。赤黒く着色されているが、聖剣で間違いなかった。
「みんな、騒がせたな。また会おう!」
挨拶を済ませ、ラームとコータ、二人がギルドホールを後にする。
二人は並んで歩を進める。
ギルドが見えなくなったあたりで、コータの口が開く。
「不覚でした。英雄王に注意されていたのに……」
「剣の扱いには、注意が必要になりそうだな」
「そうですね、必要になるまで、聖剣はテンネル博士に預かってもらおうと思います」
「しっ」
パン屋の陰から、さきほどの獣人女子が顔をのぞかせていた。
「お嬢ちゃん。盗み聞きはいけないぜ」
「別に、聞き耳を立てていたわけじゃない」言葉に反し猫耳がぴくぴくと動く。
「ならなんで、こちらをうかがっていた」
「百」
「ん?」
「金貨100枚」
「おっと、すっかり忘れてた。いやほんと」ラームがポリポリと頭を掻いている。
「もらえるんだろ?」
「君、名前は?」
「バッキー」
「バッキーか。いい名前だ」
「粗野な名前とよく言われる」
「そんなこたあない。しかもかわいい」
「ばかいえ」
「いや、本心だ。バッキー」
正面から、ラームの二つの手が、バッキーの両肩をつかんだ。
「そんなかわいい君に頼みがある」
いっしゅんピクリとした後、バッキーは固まっている。
「いま100も持ち合わせてないんだ。出世払いでお願いできないだろうか」
ラームの優しい視線が、バッキーの目に注がれている。バッキーは目をそらした。
こころなし頬が赤らんでいるようだ。
ラームの手を振りほどきながら、バッキーがいう。
「おまえ、もうこれ以上、出世のしようがないじゃないか」
「そんなこたーない。俺は将来、この国の王になる――かもしれない」
「無礼なことを言うな!」
「その際はあれだ。君がお妃(きさき)さまの第一候補となるだろうな」
「なに ばかな こと」
「俺はこれから魔王を倒しに行かなければならないのだ」
「それが どうした」
「無事、魔王を倒した暁には、懸賞金ががっぽがっぽ」
「それで支払うってか」
「俺の無事の帰還を、あの教会で祈りながら、待っていてはもらえないだろうか」
ラームの人差し指が、教会の高い鐘塔(しょうとう)を指し示している。
「なにいってやが」
その鐘塔の存在にバッキーが気を取られているうちに、ラームがバッキーをガシっと抱きしめる。
コータは感心した。まるで熟練の魔術師のような、見事な視線誘導だ。
ラームは目をつむってバッキーの顔に、そのすました顔を近づける。
唇を突き出して、バッキーの唇に近づけていく。
と、いつの間にかバッキーは居なくなっていた。
「振られちゃった」と剣聖ラーム。
コータは声を出して笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます