第21話 覚醒


 目が覚めた。

 やわらかいシーツで体が包まれている。

 部屋全体が白っぽい。でもなんだか暗い。たぶん今は夜なのだろう。

 そしてここは病室かな?

 じっと自分の手を見る。だんだんと覚醒してきた。手が大きくなっている。

 いや、逆だ。いままでずっと手が小さくなっていた夢を見ていたということか。


──あれ? どこからが夢だったんだろう。トラックに轢かれたけれど、奇跡的に助かったのかな?


 そっか、よかった。

 そうだ! モモちゃんは無事だったのだろうか。もしかしたら僕の魔法で守れたのかな?


 うん。ここは病室に間違いない。だんだんと覚醒してくる。長い長い長い夢から覚めたのだ。ああ、たぶんそうなんだろうな。

 トラックは、僕の念動力で、うまくストップできたのだろう。


 黒いインナーに白衣をつっかけた、セクシーな女医さんが入室してきた。

 

─―ああ、こんなような人。白い巨塔に出てきたよな確か。


「あなたすごい体力ね。新記録だわ」


「え」


「3日で目覚めちゃったのよ。しかも培養艘の中で。ちょっと焦っちゃった」


「はあ」


「ふむ。まだ頭がはっきりしてこないのか」


「君の名前は?」


「山田浩太です」


「私の名前は?」


「ええと、セクシーなお姉さん。よくおぼえてるんですけど、名前がなんだったか」


「私は誰?」


「セクシーなお姉さん」


「もうちょっと眠っておこうか少年」


 あれ、なんかチクってした。

 注射されたんだなたぶん……。




――うあああうあ、赤黒い物体がこっちに向かってくる。これはだめだ。みんなしんでしまう。うあああああああああ。




「あれ、なんだっけ。ここはどこだ?」


 病室だ。起きて鏡を見る。


「だれだっけこれ」


 そうだ! 成長加速の秘術だ。変な薬飲まされて。


「おおおお」


 これは僕かぁ。 自分がしゃべった通りに口が動いている。間違いない、僕だ。

 

──なかなかいい感じに成長したんじゃないかな? もっとも大概の人が、鏡を通した自分の容姿を、普通より整ってるように錯覚しがちらしいけれど。


「覚醒したか。少年」


「オーリエさんだ」


「正解」


「あ、いま何時です?」


「落ち着け少年」


「いそがないと!」


「あれから五日たってる」


「え!?  何故起こしてくれなかったんですか!!」


「もともと、普通、一週間は起きられないのよ」


「メテオは? メテオはどうなりました?」


「落ち着いて。少年がこうしてぴんぴんしてる。つまり?」


「僕にはメテオが落ちなかったってことでしょ。それはいいんです。ミノアはどうなりました??」


「ミノアも無事。どこにもメテオは落ちなかった」


「そっか、よかった」


――よかった。ほんとうによかった。母に、父に、お姉ちゃんに早く会いたいな。


「それより、身体に異常はない? どこか痛いとか」


 僕はベッドの上でいろいろな部位を動かしてみる。最後に浮遊も試した。


「なんか、全く問題がない気がします。すごいな」


「どう? 十五歳の体は」


 僕は手に力を込めて握りこぶしを作ってみる。

 次にシャドーボクシングをしてみる。

 そしてさいごに屈伸運動を試してみた。


「なんていうんでしょう。こう体に力がみなぎっている、ような。ほんとすごいです。って僕、十五歳なんですね」


「便宜上ね。もう立派な大人。それで十五歳」


「なんていうんだか。こう元気もりもりって感じ」


「何か異常を感じたら、すぐに教えてね。安心はまだちょっと早い」


「勇者の体力のおかげなのかもわかりません。ほんといい感じです」


「さあ、まずは全身のチェックね。ここからも大事よ?」


 ベッドにそのまま寝かされ、あおむけになる。


 マッサージのように体を拭かれながら、オーリエさんに尋ねる。


「どうして、僕をだましたんですか? すぐにできるようなことを言って」


「南極にメテオが落ちるっていうから、それならあなたがここにいたほうが安心って思ったの」


「わかりません。どういうことですか?」


「この処置室。完全に魔力を遮断しているのよ。培養中に襲われる訳に行かないから、秘密の仕様なんだけどね」


「あ、ちょっとくすぐったいです」


「だからあなたが培養液につかってる間。あなたの気配はどこにももれない」


「あっ」


「ここ以上に安全な場所はないわ。だから一挙両得かなって思ったの」


「くすぐっ」


『それにね。もう一つ。これは超音には内緒よ?』


「?」


『あの時点で、私はあいつを疑ってた。あいつと一緒にあなたを行かせると、あなたが殺されちゃうんじゃないかって思った』


「そっか。そういうことですか」


「まあ、疑いは晴れたけどね。あいつは大丈夫」


 オーリエさんの両手が、僕の体を入念に這いまわる。


「ところでオーリエさん。まさかショタじゃないですよね」


「ショタってなあに?」


「ええとその、なんというか。小さい男の子が好き、みたいな」


「そんなことはないわ」


「そっか、よかった」


「わたし、少女もすきだもの」


「え」


「だからこの仕事を考えたの。今この瞬間のためだけに、仕事してるようなもの」


「う、嘘ですよね?」


「もちろん嘘」オーリエさんの両手がふとももの内側へすべりこんでくる。


「あ、そのへんはじぶんでふきます」


 お姉さんの指使いはしばらく続いた。


「さて、落ち着いた?」


「どうでしょう。気分は悪くないです」


「さっきはいわなかったけれど…」


「…私たちが行くはずだった場所。南極の廃墟が魔族の総攻撃を受けたらしいの」


「えええ??」


「それもメテオが落ちてくる予定だったあの時間と同じくらいにね」


「どういうことでしょ?」


「どうやらわたしたちサイドのどこかに魔族のスパイがまじってるようね」

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