第5話 消えていない落書き
「やっぱり消えてないよね〜」
俺が書いた白い角を凝視している水野さん。
両腕を腰に当てて上半身を前のめりに倒し、眉をひそめながら可愛らしい顔をしかめて『むぅ〜』とか言っちゃうのは攻撃力が高すぎるだろう。
主に俺に対して。
そんな顔を向けられたら、何もしてないのにごめんなさいって言ってしまいそうだよ?
きっと彼女は俺をキュン死にさせに来てるんだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
でも、なんか変なんだよな。
昨日帰り際に水野さんも落書きを書いてなかったっけ?
『盗撮はだめだよ生田くん』って。
なのに、その落書きはない。
まさかな……。
そんな話をしているところでおじいさんに見つかって長々と叱られたから、勘違いしてるんだろうか?
きっとそうだよな?
「おっ、お前たちは……?」
「「あっ……」」
そうそう。
今まさに俺と水野さんの目の前に立ってるおじいさんに、昨日落書きのことが見つかって怒られたんだよ。
ついてないよな。
人通りも交通量も多いこの交差点で、いちいち怒ってくるような珍しい人に見つかって怒られるとか。
でも、今日は落書きしたわけじゃないから、そんなに睨みつけて来なくてもいいんじゃないだろうか。
ほら、何もしてないですよ〜。
昨日と違って白いマジックも持ってないですよ〜。
「ばっ、化けて出たのか!?」
「「はいっ?」」
俺が無言で何もしてないですよアピールをしていたら、突然おじいさんが叫びだした。たどたどしい足取りで後ずさりし、犬のリードを引いているみたいだ。
いやいやいやいや。
こんな大人しい高校生を相手に何を言い出すんだろうか、このおじいさんは。
「いえ、ただの高校生ですけど?」
唖然とする俺の隣で水野さんが真面目に答えてる。
「ほら、おじいさんの連れてるワンちゃんも特に吠えたりしてませんし……」
もし俺達が化物なら、必死に吠えるのが飼い犬の役目だろうが、ワンちゃんは地面をくんくんしてるだけだ。
「いや、それは関係ないと思うけど、おじいさんはどうしてそう思ったの?」
さらっと水野さんに否定された……。
「昨日ここで事故があって高校生の子が死んだらしいと聞いて、お前たちだとばかり思っていたのじゃが、違っていたのか?」
はい?
事故?
「えっと、私たち、おじいさんに叱られたあとは大人しく帰りましたけど……ねっ、生田くん」
「あぁ。事故なんてなかったと思いますよ? 献花とかもないし……」
「どんな事故だったんですか? 私達が帰った後なんじゃないかと思うんですが、人が亡くなるような事故があった形跡はありませんが……」
水野さんの言うとおり、昨日と全く変わらない交差点だ。
「またじゃ……また……」
「おじいさん、大丈夫ですか? 気分が悪いなら家に帰ったほうが……」
頭を抱えてしまったおじいさんを労るように、両腕を優しく掲げて移動を促す水野さん。
「すまんなぁ。よくあるんじゃ。事故があったと聞いて、でも翌日には何もないんじゃ。ばぁさんもそんな話はしてないとか言い出すし。ボケとるんじゃろうか?」
どうも記憶が混乱してるらしい。
結構なお年のように見えるから、認知症とかそういうやつだろうか?
でも、あれは記憶を失うんだっけ?
起こってもないことが起こったように信じるってこともあるんだろうか?
わからないけど、そう言えばおじいさんはここは事故が多いとか言ってたっけな?
基本神妙な顔をして聞き飛ばしてたけど、そんなことを言ってたような気がする。
でも、俺が知る限り高校に近いこの場所で事故があったなんて聞いたことがないんだよな。
「落ち着いてください、おじいさん。お家まで送りましょうか?」
「すまんなぁ、だが大丈夫じゃ。家には帰れる。ではな。お前たちも気をつけるんじゃぞ」
そう言うと、おじいさんは犬を連れてとぼとぼと去っていった。
「俺達も帰ろうか、水野さん。結局、落書きは消えてなかったわけだし」
「生田くん、不思議だと思わない? おじいさんが事故が多いと思ったのはなぜなのかしら?」
まずい……。水野さんの中で何か……いや、オカルト研究部的なアンテナが立ってしまったらしい。
「でも、不思議に思ってるのがおじいさんだけだったら調査のしようがないけども……」
俺がそう言うと、水野さんは手を顎に当てて考え込む。
その姿なら何時間でも観察していられる自信があるけど、残暑も終わりつつある今の季節に外にいて水野さんが風邪でも引いちゃったら俺が学校に行く意味を失うのでそろそろ帰りたい。
「おじいさんの奥さんか何かのおばあさんがボケて昔の事故を思い出して喋ってるとかで、それを聞いたおじいさんが勘違いしてるに1票」
「生田くん……」
そろそろ教室に帰りたくなった俺がつぶやくと、水野さんに呆れられてしまった。
「そんなことで良いのか生田隊員!」
「良いでありまーす。教室に帰ってコーヒー飲みたいでーす」
「生田くん!」
なお、俺が駆け出すと水野さんもちゃんと着いてきてくれたのは言うまでもないことだし、コーヒーを入れさせられたのも言うまでもないことだ。
翌日の夕方。
「なんかね、アフリカで田舎の街が消えたらしいよ。こつ然と……」
「はい?」
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