第2話 平和な朝

「生田くん、大丈夫?」


 殴られた俺を案じるように近寄って来てくれた水野さんは、木にもたれかかる俺を心配そうに覗き込み、体を支えてくれた。


 それにしても真嶋は一体どうしたんだ?

 それに、どこに行ったんだ?


 いなくなったのは良いことだ。

 あんなやつ、消えてくれていい。


 けど不気味だ。あいつは何かをつぶやきながら虚ろな目をしてふらふらと歩いて行ったのは間違いない。


 直前まで暴れまわっていたのに、突然すぎるが……。


 わけがわからないけど、今のところ戻ってくるような気配はない。あんなやつより、今は水野さんだな。


「水野さん、ごめん……。俺のせいで」

「ううん。痛かったよね。私の方こそごめんね。私が林に入ろうなんて言ったせい。生田くんは私を助けようとしてくれたよ」

「水野さんこそ、殴られて……あいつめ……」


 水野さんのきれいな顔を殴りやがって、あのクソやろうが……。


 これ以上、彼女を心配させないために無理してでも立ち上がろとしたら殴られた腹がめちゃくちゃ痛かった。


 俺のことも何度も殴りやがって。

 絶対に許せない。

 

 でも、今はそれどころじゃない。


 水野さんを制服をはぎ取られた姿にさせておくのは嫌だったし、そんな姿を見ていたくもなかった。


 なぜか誰も通りがからないから誰にも彼女の姿は見られてないだろうけど……って、なんでだ?

 なんで通学路の脇にある林なのに誰も通りがからないんだ?


 そんなことを考えつつ、真嶋に放り投げられた服を拾って水野さんにかけてやる。


「ありがとう、生田くん」

「あぁ。本当にごめん……頬……血も出てる……」


 ポケットから取り出したハンカチで彼女の傷を覆う。体がほわほわして何かに動かされているような気分になるのは、照れのせいだろうか?


 こんな時に意識してる場合か?


 恐怖から急に開放されたせいで俺の頭がおかしくなったのかな?



「病院に行った方が良いよな。一緒に行こう」

「うん。生田くんもたくさん殴られて……痛そう。絶対にお医者さんに診てもらった方がいいよ……えぇと……」


<北へ向かえ……>


 なんだ?


 今、何が聞こえた?


 これから病院に行くんだよ。

 処置してもらわないと。


 水野さんの可愛い顔に傷でも残ったらどうすんだよ!?


<北へ向かえ……>


 ……。

 病院は西だ……。

 北に行ったって公園があって、あとは墓地くらいだろ?


 早く連れて行かないと……。


<北へ向かえ……>


 なんだ……。


 脳が沈んでいくような……。


 ……。



「生田くん、私、やっぱり大丈夫な気がするわ。今日はもう帰りましょう」

「そうだな。ダメなら識別チップが異常反応を送ってくれてるはず。とりあえず帰って寝よう」


 俺たちは足早に林を出て帰路についた。




 

 暗闇の中、光と音が暴れ狂う。感情が無理やり引きずり回される……。





 翌朝、カーテンの隙間から差し込むまぶしい光に起こされる……。


 今日も良い天気だ。





 あれ?


 昨日あの後どうなったんだっけ?


 水野さんと一緒に帰ってて、林のお化けを確かめに入ってみて、真嶋に絡まれて殴られて……。


 特に何ごともなくてほっとして水野さんと一緒に帰ったんだっけ?


 くそっ、それなら、もっと可愛らしい水野さんの姿を目に焼き付けておけばよかった。

 告白失敗したのが恥ずかしくて、ほとんど水野さんのこと見てなかった。


 って、いてててて。


 そうだ、俺、真嶋に殴り飛ばされて……。


明史あきふみ~、早く起きて朝ごはん食べな! 遅刻するよ!?」

「えっ?」


 時計を見たら、時計の針はすでに8時。

 いつもなら家を出る時間だ。


 やばい!?


「うわぁぁぁぁぁぁぁ、なんでアラーム鳴らなかったんだ!?」

「知らないよ! そういえば、昨日、悠斗君が来てくれてたのにあんたがいなくて帰ってもらったからね。『約束してたのに〜』って言ってたから、今日謝っとくんだよ!」

「えっ、俺、昨日は授業終わったらすぐに下校したよな? いつ来たんだ?」

「あんたちょっと遅かったわよ? ほら、もう8時10分よ!」

「うわぁぁぁぁぁぁ」


 テーブルに座る間もなく速攻でご飯とみそ汁を書き込んでごちそう様、行ってきます。


 全力ダッシュすること10数分。



「あっ、おはよう、生田くん」


 なんとか遅刻することなく門をくぐった俺に声をかけてくれるのは水野さんだ。


 もしかして待っててくれたのかな?

 遅刻しなくてよかった。


「おはよう、水野さん。今日も美しい……」

「もう、生田くんったら」


 ばしって肩を叩かれるまでがお約束だ。


 これ、昨日の夕方にもやったような気がするけど、まぁいつものことだしな。


 あれ?

 昨日、俺は真嶋から水野さんを守れたんだっけ?


 目の前にあるのはとっても綺麗なお顔だから、守れたんだろうな。


 よかった。

 特に気にしてる様子もない。


 でも、水野さんが殴られたのを見て、俺は真嶋に殴りかかったような……?



「どうしたの? 考え事? 早く教室に行かないと遅刻になっちゃうよ?」

「あっ、あぁ、今行く!」


 いけない。そもそも遅刻しかけてたんだったな。

 天使のような水野さんは、女の子として身だしなみはしっかりしてるから、もしかして化粧とかで隠してるのかな?


 そんな感じは一切ないし、そもそもすっぴんっぽいけど。


 それでこんなに可愛いなんて反則だろ?



 今日の放課後はオカルト研究部の活動日だから、その時にでも聞いてみることにしよう。

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