銭ゲバ賢者、異世界を征く
相場方便
プロローグ 1
工場の正門をくぐると、鉄骨の軋む音がわずかに耳に届いた。広大な敷地に並ぶ老朽化した建物の屋根には、長年の雨風に晒された錆が浮かび、壁の一部は剥がれかけている。すでに稼働を停止したラインも多く、かつての喧騒が嘘のように静まり返っていた。
「ようこそいらっしゃいました」
作業着を着た男性が、深々と頭を下げる。俺は大株主としてこの工場の閉鎖を要求しているから、この男は内心では俺を殺したがっているかも知れない。その後ろには、同じように疲れた表情をした従業員たちが並んでいた。彼らの視線には、諦めとも、怒りともつかない感情が滲んでいる。
私は建物の内部へと足を踏み入れた。現在この区画は稼働していないため、静寂が広がっている。並んでいる工作機械はホコリを被った古いものばかりで、売却できたとしても二束三文だろう。
床には長年の使用で粘着質の油が広がっている。そのため歩くだけでベリベリという不快な音が響き、静寂を壊している。
「ここで何十年も働いてきたんです。こうなるとは……」
誰かが呟いた。
この工場の閉鎖は当然の決断だ。市場の変化、設備の老朽化、維持コストの増大。つまり会社のお荷物だ。閉鎖の決断はむしろ、遅きに失した感さえある。
田舎に大規模な更地ができるわけだが、俺はIT企業数社に売却を打診している。雪国で夏でも寒いこの土地にデータセンターを建設すれば、冷房費を抑えられるため魅力があるのだ。冷房費は運営コストの半分を占めると言われるほど悩みの種だから、先方からは好感触を得ている。
「加藤さん、皆さんに何かお伝えすることはありますか?」
社長が俺にスピーチを促す。
沈黙の中、私は従業員たちを見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「私は不採算を理由にこの工場の閉鎖を要求しております。皆様におかれましては、新天地でのご活躍を祈念してしております」
「お前らのせいで何十年も働いた職場から放り出されるんだぞ!この人でなし!」
会場から一気に不満が飛び出す。 俺は一つ一つに反論することにした。
Q「金のことしか頭にねぇ連中が、現場の苦労も知らずに偉そうに口出ししてんじゃねえ!」
A「この会社の株主は主に年金基金です。会社がお金を稼がなければ、年金に加入している普通の人々が路頭に迷うんですよ?あなたはそのことをご存知ですか?」
Q「アンタらが儲けるために、こっちは仕事を辞めろってか?ふざけんな!」
A「そんなに株主から搾取したいんですか?勘弁してください」
Q「会社のため?成長のため?結局はテメェらの株価を上げたいだけだろ!」
A「それの何がダメなんですか?東京証券取引所や金融庁でさえ『資本コストや株価を意識した経営』を要請しています」
そう、日本政府まで企業に株価を上げろと圧力をかける時代になったのだ。
Q「数字ばっかり追いかけて、人間の心を捨てたクズどもが!」
A「人間の心より数字の方が大事だとは思わないんですか?数字がなければご飯が食べられないんですよ?」
今までろくに苦労したことがないから、人間の心なんてきれいごとが言えるのだ。
Q「金持ちどもは、結局金のことしか考えてねぇんだな!」
A「あなただってこの会社で働いて金を貰うことしか考えてないでしょう?何が違うんですか?」
Q「アンタらは工場を閉めても、また別の会社に投資すりゃいいんだろうけどな!こっちは仕事を失ったら終わりなんだよ!」
A「転職するなり事業を立ち上げるなり、選択肢はたくさんありますよ」
論破しなければ彼らの誤った認識に気付いてもらうことはできないから、堂々と論破させてもらった。
すると一人の社員が近付いてきた。手には銃を握っている。コルト・ガバメント、別名M1911だ。
パーンッ!
男が引き金を引くと轟音が鳴り響いた。
俺は胸に焼けるような痛みを感じた。視線を落とすと、胸から血が吹き出している。これは失血死しそうだな。居並ぶ作業服の面々は、さぞかし溜飲が下がったことだろう。
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