“一般的”な始まりを必然と読む2
「立てるかい?」
座ったままの少女に黒髪は尋ねる。
自分のことをまじまじと見つめる黒髪。
深い目だ。黒く黒く。
「おーい」
「あ……あ、いいえ。まだちょっと」
「そうかぁ。しかしさぁ。なんというかぁ? ダサい格好だねぇ。劇でもしてたのぉw?」
わかっている。この格好が世間一般から外れていることを。
だがそれを煽るのはどうだろうか。
(あ。こいつ嫌いだ)
だがそんな気持ちを察することなく、黒髪はぬけぬけと続ける。
「まぁ。くだらない服装の話は置いといてさぁ。条件次第では、君の肩を支えてあげようかぁ?」
「え? 条件を飲んだら? 普通、常識。肩貸すわよね?」
「いやぁ? 置いてくけどぉ?」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
『人の心ないんか』とはこういうやつに使うべきだ。
「今回は条件次第だからねーぇ。あら。ボクってちょー優しい」
「っッ。で? その条件って? 法外な金額払えとか言われても貧乏だから期待しないでね?」
「そんなこと言わないさぁ。まあ似たようなものだがねぇ」
顔を真面目にし姿勢を正した彼女を見てこちらも姿勢を正す。
「宿が欲しい」
「え」
「いや、ボクってぇ。いわゆる、ホームレスってわけなのよぉ。だから君の家なりぃ、ホテルなりぃが欲しいってわーけよぉ」
「……」
別に問題ない。
人一人養う金はかかるものの、言ってしまえばそれだけだ。
それにここは森の中。日が暮れれば、猛獣の危険性もある。
最近、被害が増えてるという話も聞く。
「あと、探し物も手伝って欲しいかなぁ。ついで。片手間程度でいいからさ」
「うん。わかった。でも親がダメって言ったら諦めてね」
「そこは妥協しよう。うん。よろしくねぇ」
こいつと暮らす可能性があるのは少し嫌だが、これこそ背に腹は変えられぬというやつだ。
まあ、そんなに悪いやつじゃないだろう。
「君の名前はぁ?」
「私は神室 深紅。そういうあなたは?」
「わからない」
「え?」
「忘れたぁ」
首を掲げ、思い出そうとする様子から本当だということが伝わる。
「他にも色々忘れてるかもぉ? ……ボクの名前考えてくれてもいいんダヨ?」
「考えとくわ」
(こいつに変な名前でもつけてやろうかな)
そんな考えとは裏腹に彼女は嬉しそうに笑った。
「ははは。よろしくねぇ。んじゃ、さっそく持つよぉ」
「うん。ってええええ! ちょっとこの持ち方は恥ずかしいというか」
歩けない深紅をお姫様抱っこで持ち上げる。
「せめておんぶで……」
「そのファッションも十分恥ずかしいでしょ」
(やっぱこいつ嫌いだわ)
「さぁて。さっさとこのもりをぬけようかぁ」
日が落ちるにつれ、高まる不気味な雰囲気。
すぐに抜け出した方が良さそうだ。
なんせ死体が動き出すんだ。
夜なんてえぐいことが起きるに決まっている。
「せーので目を瞑って息を止めてねぇ」
頷き、今のうちに息を吸い込んでおく。
「んじゃぁ、飛ばすよぉ。せーの」
二人の姿は影に溶け、消え去る。
深紅は薄目を開ける。
なんとそこには星空が広がっていた。
影の中の決して明けぬ星空。
吸い込まれそうな景色に思わず目を瞑った。
「うん。もういいよ」
恐る恐る目を開ける。そこには見慣れた繁華街が映り込んだ。
さきほどの戦闘で見せた瞬間移動だろう。
「ねえ。あなたの名前さ。永夜ってどうかな?」
「どうして急にぃ?」
「いや、さっきの景色を見て、さ」
目をつむり、名前を頭の中で復唱する。
その響きに違和感はある。その名前は自分ではない。
でも、本当の名前も自分ではない気がしてならない。
「永夜か。そういえば、上の名前はどうするんだい?」
「さあ? 私と同じでいいんじゃない? 遠い……訳でもないのか、親戚ってことで」
「わかったよぉ。神室永夜ね。うん、いいんじゃぁないかぃ」
無事名前も決まり、あとは帰って事情を説明するだけ。
お腹も空いたし、体はだるい。
「さあ……いくわ……」
「とても楽しそうな街だねぇ」
見てきてもいい? といいたげな瞳を向けられる。
「ちょっとなんで!? この体勢で?」
「体勢は承知の上でしょ?」
「そうだけ……いや拒否したよ!? 拒否したはずだよ!?」
「あああああ。暴れないでよぉ」
ジタバタと暴れるが永夜の体勢は揺らがない。
素晴らしい体幹だ。無駄に鍛えられている。
「わかった。明日、明日ね。明日案内してあげる」
「え〜」
「ほら、明日なら食べ物奢ってあげるから」
「ん〜ならいいかぁ。帰ろぉ」
深紅は内心胸を撫で下ろした。
「んじゃあ。案内してもらうよぉ」
*
「ここかぁ。案外普通だねぇ」
「うるさい」
鍵を開け、ドアノブを捻る。
「ただいま〜」
「あらおかえり。遅かったわね」
「ちょっと色々あって。あと相談したいことがあるんだけど」
かくかくしかじか。
「うん。上がっていいよ」
「おじゃまするねぇ」
問題なく許可が出て、胸を撫で下ろす。
今日のことを説明するのに骨が折れそうだったが、重大なことは端折ることができてよかった。
(ゾンビなんて誰も信じないからね)
深紅を蚊帳の外にして、永夜とお母さんが盛り上がっている。
似た雰囲気を感じていたし、予想はしていた。
「寝る時は、お姉ちゃんのベットを使ってください」
「へぇ。深紅には姉がいたのかぁ。確かに言われてみればそんな感じするかもぉ?」
「ええ。かわいいわよ。自慢の子。まあ、どっか行っちゃたけどね」
「いつかあってみたいね」
姉の話をされると複雑な気分になる。
別に仲が悪い訳じゃなかった。はず……。
よぎった余計な思考を切り捨て、言葉を放つ。
「ほら、話が終わったならきて。案内する」
「はーい」
「ご飯どうする?」
よくみれば結構薄汚い。
藪に入ったりしたからだろう。
少なくともこの状態で食事はしたくない。
「あー。お風呂に入ってからで。あなたも入るわよね?」
「んん? 風呂ってなんだい?」
「あー。お湯に浸かるやつ」
「え? そんな設備あるのかい? ビンボーじゃなかったのぉ?」
「るっさい。貧乏は余計じゃ。……大体どこの家にも風呂はあるわよ」
「へぇえ。いい時代になったものだぁね」
どこの時代から来たんだよ。
「まあいいや。ちょっと待ってて」
急いで着替えを持ってくる。
永夜にぴったりなサイズはなかったが、少し大きめのやつで妥協する。
「一応聞くけど使い方はわかる?」
「自慢じゃないけどぉ。さっぱりだねぇ」
「本当に自慢じゃないわね。まあ、予想してたけど」
服を脱がせて、風呂に連行する。
二人が入るには少し狭い。
「うおっ。本当にお湯が出たぁ」
「顔は自分で洗って。あーそこのやつでね」
「これかい?」
「違う。それは風呂掃除するやつ」
「む」
顔を洗ってるうちに髪を洗ってやる。
ボサボサな印象の毛だが思ったよりサラサラ。
まるで犬や猫のような感じ?
「体も自分で洗って」
「はーい」
自分も洗い始める。
髪を、全身を丁寧に洗いながす。
「ふぅーこれはなかなか」
やはり風呂はどんな人でも魅了する魔力があるに違いない。
髪を乾かし、風呂上がりのアイスティーを飲む。
その後ゆっくりと食事をとり、気づけば時計の針は十時を指していた。
「ここがベットよ。うるさくしないでね」
「ほい」
間のぬけた声。
本当に聞いてるのか不安だ。
「ういしょっと」
「ちょっと何してるのよ」
服を脱ぎ始めた永夜をとめる。
「何してんねん」
「いや、寝るから脱いでるんだよ」
その言葉に絶句する。
「お前裸族か」
「逆になんで脱がないのさ」
「いやよ。汚い。寒い」
「さすがに下着はつけるよ?」
綺麗な肌。
しかし、その体には刃物や銃弾の傷跡が目立つ。
「ねえ。一つ聞いていい?」
「いいよぉ」
「あなたって何者?」
永夜はベットに寝そべりながら答える。
「こっちが聞きたいくらいだぁね。何もわからないし、何も知らない」
「それは知ってるけど……」
「今わかることかい? それは……。まあ、いうべきなんだろうねぇ。ボクの探し物を探すためにも」
一息ついて口を開く。
「ボクは不老不死なのさぁ」
「!」
「ボクは知る必要がある。なぜあそこにいたのか。なぜ眠っていたのか」
「……」
「ボクを呼んだあの声……。ボクの大切な……だった人たちの結末。それを知る必要がある」
思ったよりもだいぶ衝撃的なものだった。
信じられない。今私の本音だ。
「まあぁ。野暮な話だよ。さっ! 今日はもう寝よう」
「まだ寝ないわよ?」
「へぇぇ。寝た方がいいと思うけどねぇ」
でも、その血気迫る表情はとても他人事に思えなかった。
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