桜転移譚〜エルフが花吹雪とともに令和の東京に転移したら、陰陽師の血を引く青年に拾われました〜

中村 ちこ

第一部 転移

第一話 孤独な誕生日

 










 桜吹雪が夜空を覆い、世界が白く染まった。


 目の前の桜の樹が魔力を放ち、嵐のように花びらが舞う——。




 あまりの眩しさに思わずカバンを抱きしめて目を瞑る。風の音だけが鳴り他にはもう何も聞こえない。


次に目を開けると私は小さな桜の木の根元に座っていた。






 




 時を戻すとその日の朝。ブルーメン6120年3月27日。








 




  森の中にひっそりとたたずむ村は静まり返っていた。かつて歩けば聞こえた子どもたちの笑い声や、大人たちの歌が森に溶けていたはずの場所。






今は空っぽの家々だけが並び、窓辺をすり抜ける風が軋む音、小動物が地面を歩く音、そして自分のため息だけが聞こえる。私はこの森でひとり生きていた。




 


 朝起きて最初にすることは両親の墓に手を合わせ、平和な時代に感謝することだ。至る所に咲くエーデルワイスを摘んで花束にし、両親の前にそっと供える。誰もいないこの場所で独り言を続けるようになって5年。1日も欠かしたことはない。










 周囲から見たら奇妙に思えるかもしれないが、それだけが私の心の支えであった。








 


 キッチンに戻るも食べるものが何もないことに気づく。もうすぐ特別な日なので街に買い物へ出かけることに。ローブを羽織り杖を持つ。






 母が残した鍵を首から下げ、一応閉めておこう。そして簡単な結界を張った。“簡単な”というのも森に住んでいるような人は鍵を使うことはない。必要なら結界を張る。






 もちろん都市に住んでいる人は鍵が必要だと思うけど……母はこの村で生まれ育ったはず。だからなぜ私の家に鍵があるのかはわからない。少し装飾の凝った鍵を大切に首に下げ家に背を向ける。








 飛べば目的地まで少し早く着くけれど、街までは近い。今日は歩いて行くことにした。






 


 家を出てから、陽が森を半ばまで登るころに、賑やかな都市“ノルデン”に着いた。買い物リストを書いたメモを見て街を周る。小麦粉、バター牛乳、ワイン、レモン、お砂糖。1人になってからも誕生日には両親がお祝いしてくれたように、真似をしてご飯を作ることが両親との時間を思い出し幸せを感じる。








 ふと目に入った文房具店。10歳の誕生日に、、高級品とされる色鉛筆を、誕生日プレゼントにと母が買ってくれた。そういえば、桜色とネモフィラ色の鉛筆、もう短くなっちゃったな――。






 私は思い切ってドアに手をかけた。1本10シャープもする高級品。だが一族で魔族を打ち倒したことで貴族の方々から、一生暮らせるだけのお金をもらったのでありがたく使わせてもらうことにする。加えて羊皮紙も一頭分抱えて店主の元へ。すると怪訝な顔をされた。






 そりゃこんな小娘が高価な物を手に取ってきたら、「払えないでしょ」なんて顔をするよな。そう思いつつもくださいと伝える。






 ぶっきらぼうに「70シャープ」とこちらも見ずに言うおじさん。100シャープコインを出すと二度見して、慌てた様子でお釣りの10シャープ3枚を机に出したおじさんは。






 腕を組んで目を合わせずに「まいど」言った。ありがとうございますと微笑んでから重くなったカバンを持って家へと帰る。








 


 既におやつの時間。道になっていたいちごをつまみながら、誕生日のパイを作る。パイを焼いている時間にシチューを煮込み、完成する頃にパイが焼けた。






 夕日が部屋に差し込む時間に、ご馳走をテーブルに並べ1人もくもくと食べた。去年よりはお母さんが作ってくれたパイに近い味になったかも、なんて思いながらお皿を指でなぞる。






 父が作ってくれたこのお皿は、ほんのり桜色。スイーツを食べる時はこのお皿と決まっている。食べきれず、余った分は棚にしまいシチューの鍋には蓋をした。










 月が出る頃にカバンの中へ、家族3人で書いてもらった肖像画とお財布を入れて、魔法の杖を現出する。夜道を歩くために杖に光を灯し、森へと足を進めた。




 






 エルフは8の倍数の誕生日に、神が宿る奇跡の桜の木に祝詞を唱えに行くのが習わしである。必ず月が出る時間に行くように、そう言われているが理由はわからない。永遠を生きるエルフは、各々好きなように生きる。しかし8年に1度は村に帰り桜の木まで祈りに行く。






 桜の木はこの国の人々にとっては伝説であり、人間が訪れることはない。なぜなら桜の木へ行くには、必ずエルフの村を通らねばなら地形になっているからだ。なので行かないというよりは、行けないの方が正しい。






 奇跡の桜と呼ばれるだけあって、桜の花は1年中、朝も夜も咲き誇り続ける。14階建て分以上ある高さに加え、20人の大人が手を繋いで輪を作った程の太さ。樹すらほんのりと輝く姿には.神が宿っていることは疑いようのないことだ。








 8年前には母と2人で来た道のりを、1人歌いながら歩く。当時よりも距離が短く感じるのは私が大人になったからだろうか。




 




 ヘデラが生い茂り始めたら、桜の木はすぐそこである。街とは反対に歩くよりは短い時間でたどり着いた。








 この場所はまるで桜の雨が降っているようだ。私は光の魔法を使っていた杖を消す。明かりが消えると、満月の月光に神々しさを感じた。桜の木の真下まで進むと、わけもなく涙が出そうになった。






 樹からは強烈な魔力を感じるが、懐かしい優しさをも感じる。ヘデラの上に積もり積もった桜の上に座り、かばんを下に置く。






 手を組み目を閉じると、花びらが落ちるかすかな音だけが私を包み込む。私は息を吸って入って心を鎮めてから心の中で祝詞を唱える。








 


 『神ヘルローサ様。この地にエルフの血を落としてくださりありがとうございます。今日も私は永遠の中を歩んでおります。16歳になりましたのでご挨拶に伺いますました。






 両親を失い5年が経ちました。しかしエルフ一族のお陰で魔族を打ち滅ぼし、この国は平和になりました。そのことに感謝を欠かさず生きています。しかし時々どうしようもない寂しさに襲われるのです。






 物静かな父は口数は少なかったものの、いつでも家の中に温かい雰囲気を与えてくれました。頭が良く魔力構造の仕組みや薬草について教えてたおかげで、私は1人でも生活ができる娘となりました。






 村一番の魔力を持つ母から教えてもらったのは魔法だけではありません。エディー語をはじめとする教養も教えてくれました。エルフにのみ伝わるパンシュ語を教えてくれたのも母です。そして私の家だけの秘密である、パンシュ語の読み書きまで教えてくれました。






 なぜ私の家だけの秘密だったのかはわかりません。母は「文字は力になるから覚えなさい」と言ったけれど、なぜ他のエルフには内緒だったのでしょうか?ヘルローサ様なら全てをご存じなのでしょう。今も魔法の鍛錬は欠かさず行っています。






 村はさびれ、木でできた家はいずれ朽ちるでしょう。私に残された物は、思い出と母の残した形見のみです。この森を離れ街に住む勇気はなく、この村で1人過ごす決断もできない。時々胸がぽっかりと空いたように感じます。






 今でも両親や村の人の気配を感じ、その錯覚に一喜一憂する毎日です。街に住むキキとライザは、幸せに暮らしていると文通にて聞いております。実際、街に行くと大切に育てられていることがわかります。』








 


 魔族大戦が終わったと連絡が来たのは、各都市で魔族絶滅のお祝いが終わった頃だった。この村を知っている人間は数少ない。ノルデンに住む父の親友のコナルさんが、少し遅れて報告に来てくれた。幼い頃に何度か会ったことがある。複雑な顔をしたコナルさんの顔は今でも覚えてる。会った瞬間に私は全てを悟り、私はコナルさんが言葉を発する前に口を開いた。




 


「全てが終わったんですね」




「あぁ」




「両親は勇敢に戦ったんですね」




「あぁ……」




「もう帰って来れないんですね」




「…………故郷の土で眠るのがいいと思って、スコルピオンの森まで今帰ってきてる。君の心の準備ができたらいつでも連れてくる」


 




 そう言ったコナルさんと手を繋ぎ、スコルピオンの森まで両親を迎えに行った。2人を乗せた荷台をコナルさんが引き、私はその隣を歩いた。私たちに会話はなかった。






 家に到着後、一緒に穴を掘って両親を埋葬した。両親に手を合わせたコナルさんは帰って行った。






 ノルデンも、終戦が伝えられてから2週間はお祭り状態だった。終わりかけに一度は覗いてみたものの、私は何をお祝いしたらよいのかわからず、来た道を引き返したことを覚えている。






 そこから1年程は風の音に誰か帰ってきたのではないかと期待した。村に埋葬をしに来てくれた人間と各家の庭にお墓を作ったりしては、どうするべきなのか悩んだ。


 




 時間が経つに連れて私も大人になり、本を読んで独り魔法を学んだり、文字を忘れないように勉強した。そうやっえ少しずつ現実を受け入れた。






 ライザの8歳の誕生日。私は一緒に桜の木に行き、祝詞を捧げ、キキの元へも足を運んだ。同じ村の仲間とはいえ、人の家に勝手に入るのは気が引けた。でも家の庭だけは定期的に手入れをし、墓に手を合わせた。






 エルフは元々自給自足に近いので、ほとんどお金は必要としない。一度はそう断ったが、貴族の方々がお金はあるに越したことがない。そう言って見たこともない量の金額をもらった。勉強のためにと羊皮紙をケチることはなくなった。時々街へ降り、掲示板に張り出された依頼を見て魔物の討伐に行ったり、畑の収穫を手伝ったりした。両親の残してくれた思い出や知識が、私を街の人を繋げてくれる。そう思うと今の生活も幸せなのかもしれない。








 


 『ヘルローサ様。私は……エルフとして誇りを持って生きていきたいと思います。自由に冒険へと出かけた仲間もいますが、私はこの森で、エルフとしての生活を歩みたいと思っています。


 




 ただ永遠を生きる私は、終わりのない日々で何を目標に生きたら良いのか。何をして過ごせば良いのかわかりません。今の私の生活は正解なのでしょうか。






 村の人々を、両親の面影を追い続ける生活に疲れを感じているのが現状です。自分はエルフの仲間たちに誇れる生き方をしているのか、という悩みが浮かび上がります。






 街の人は皆いい人です。こんな私を気にかけてくださります。しかし街の人には寿命がある。いつかは私を置いていくと分かっている。親しくなってもまた別れが訪れると思うと、どうしても心全てをさらけ出すことはできないのです。






 いっそ私も魔物大戦で英雄として人生を終えたかった。そう思うこともありますが、その考えは罪なのでしょうか。






 父は人間にしては強い人だった。でもそれ以上に母は強かった。母無しに終戦はありえなかったとわかっています。でも母と勉強をした時間を、どうしてもまた過ごしたいと諦めきれないのです。






 ヘルローサ様は永遠の命を作ることができたのだから、再び命をこの世に呼び戻すことはできないのでしょうか』








 


 神への祝詞を捧げるつもりが、思わず冒涜してしまったかもしれない。この気持ちが魔力になって桜の木に伝わってしまったかもしれない。






 そう気づきハッとしたが、それでもこの気持ちを抑えることができなかった。きっと私は、答えを見つけたくないのかもしれない。






 月夜に照らされながら桜の木を見上げる。この桜の美しさだけに見惚れて、何も考えずに済めばどんなに幸せだろうか。でも目を閉じると見えるのは母の顔である。








 「お母さんに会いたい」








 思わず口から言葉が溢れた。










 すると、ちらちらと舞っていたの花びらが、突然雨のように降り注いだ。地面を覆い尽くすヘデラがほんのりと光り始め、樹は中心が黒くなる。






 次の瞬間、目の前の樹が外に向かって魔力を放ち桜吹雪が舞う。あまりの眩しさに思わずカバンを抱きしめて目を瞑る。風の音だけが鳴り他にはもう何も聞こえない。












 次に目を開けると私は小さな桜の木の根元に座っていた。――知らない世界の空が、そこに広がっていた。












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