第18話 雲の上の距離感
巨大な機体が滑走路を進み、ゆっくりと空へ浮かび上がった。
耳がツンとする感覚と同時に、こはるの心臓も高く跳ねる。
「……飛んだ……!」
窓にへばりつくこはるの横で、悠が静かに笑った。
「そんなに外、好きなんだ?」
「だって、雲の上って……ねえ、見てよ!もふもふ……!」
「雲を“もふもふ”って言う人、初めて見たな」
からかうような声に、こはるはむっとする。
「かわいい表現でしょ!」
「ああ、かわいい」
一瞬だったが、悠の声は意外と真面目で、こはるは聞こえなかったふりをした。
(ちょっと待って……“かわいい”? 今 “かわいい” って……)
顔が熱い。
耳まで熱い。
脳みそフリーズ。
それを二列後ろから見ている健太と香澄。
健太がニヤニヤしながら肘で香澄の肩をつつく。
「おい見た?あれもう始まってんじゃん?雲よりふわふわしてるじゃん?」
「落ち着け。あなたが一番浮いてる」
と言いながらも、香澄の表情も緩んでいた。
シートベルトサインが消えると、機内にはゆったりとした時間が流れ始める。
こはるはメニュー表を眺めて「ふわぁぁ……」と声を漏らした。
「機内食ってテンション上がる……!」
「そんなに?」と悠は眉を上げる。
「だって旅の醍醐味の9割は食じゃん!」
「多いな」
ほどなくして、機内食が運ばれてきた。
和食か洋食かを選べるタイプで、こはるは即答した。
「洋食にします!」
プレートの上には、チキンのクリームソース、パン、サラダ、ミニケーキ。
こはるはフォークを入れながら「うわ、普通においしい!」と目を丸くする。
悠は和食を選んでいて、照り焼き魚を淡々と口に運んでいた。
こはるがケーキを半分食べたところで――
「……こはる」
「ん?」
悠が小さく指を差す。
「……それ、口についた」
「え?」
悠がナプキンを取って、ためらいがちにこはるへ手を伸ばした。
距離が近い。
息が触れそう。
「――!」
こはるの脳は真っ白。
悠も途中で気づいたように、スッと手を止めた。
「あ……わり。勝手に触るの、よくないよな」
「い、い、いいけど!?大丈夫だけど!? あ、ありがとう……!」
激しく動揺するこはる。
(え、ちょっと今の……なんかドラマじゃん……!)
後方席。
健太が口元を押さえて震えていた。
「香澄……俺もう無理……ニヤニヤ止まんねぇ……!」
「そのうちCAさんに注意されるわよ」
と言いながら、香澄も気まずそうに天井を見た。
食後、機内の照明が落ち、映画の時間になった。
こはるはスクリーンの一覧を見て大騒ぎ。
「え!?新作もある!え、これ観たかったやつ!!」
「落ち着け」と悠が苦笑した。
こはるはイヤホンをつけたが、映画が面白すぎて途中で感情が漏れ出る。
「あっ――うそでしょ!?ここで裏切るの!?」
「声、でかい」
「ごめ……あっむり……この展開しんど……」
頭を抱えるこはるの横で、悠は眠そうに目を細めた。
「……こはるって、感情全部外に出るよな」
「へ!? わ、悪い!?」
「いや。……見てて飽きない」
それは眠気のせいなのか、本音なのか。
こはるには判断がつかなかった。
でも胸だけは、妙に騒がしかった。
深夜。
客室全体が静まり返り、人々の寝息が交じり合う。
こはるは窓の外の夜景を眺めた。
真っ暗な空に、星のように瞬く街の灯り。
そこへ、悠の声が低く落ちてきた。
「……怖くないのか?」
「なにが?」
「パリ。……違う国。違う人たち。
失敗したら、とか……考えない?」
こはるは少し考えてから、ゆっくり答えた。
「怖いよ。めちゃくちゃ怖い。
でも、それより“知りたい”が勝っちゃうんだ」
悠の横顔が、微かに柔らいだ。
「……そっか」
「悠は?」
悠は視線を前に向けたまま、ぽつりとつぶやく。
「……俺も。怖いよ。でも、逃げたいとは思わない」
その言葉は、こはるの胸に静かに刺さった。
同じ気持ちだ。
同じ温度だ。
その事実に、眠気が一気に吹き飛んだ。
やがてアナウンスが流れる。
『まもなく、当機はフランス・パリへ着陸いたします――』
こはるはシートを起こしながら、胸がドキドキと跳ねるのを感じた。
「……着くんだ、本当に」
悠がこはるの目をまっすぐ見て言う。
「大丈夫。俺がいる」
視界が一瞬、揺れた。
飛行機の揺れか、心の揺れかはわからない。
後ろの席から、健太の声が聞こえた。
「はいはい!恋愛モード終了ーー!俺たち世界救いに行くんですけどーー!!?」
香澄がため息をつく。
「うるさいわね。そういうあなたが一番楽しんでるじゃない」
四人の笑い声が、小さく機内に響いた。
扉の向こうに広がるのは――
未知の街。
知らない文化。
そして、まだ見ぬ真実。
物語は、いよいよ光の都へ降り立つ。
次の展開や、パリで起きてほしいイベントなどあれば、自由に言ってくださいね!
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