第26話 塩分過多と“溶ける”暖房
薄暮市の空も、すっかり、冬の色を帯びてきた。
キャンパスを吹く風は冷たく、わたしは、マフラーに顔をうずめる。
(さ、寒い……)
わたしの心の匂いも、寒さのせいか、いつもより、きゅっと小さく縮こまっている気がした。
こんな日は、早く部屋に帰って、温かいシチューでも作ろう。みんな、喜んでくれるかな。
「ただいまー……」
冷え切った手で、アパートの部屋の鍵を開けると。
「「おかえりー!」」
(……へ?)
なぜか、返事があった。
恐る恐る、ドアを開けると。
「わー! イツキちゃん、おかえりー!」
「……ふふふ。いつきさん、おかえりなさい、なの」
わたしの六畳間に、当たり前のように、サラサちゃんとリラさんが、上がり込んでいた。
そして、部屋の中央には、見慣れないものが、鎮座している。
……こたつだ。
「え、え、え!? こたつ!? なんで!?」
「えへへー。サラサが、ツバキちゃんに、おねだりしたの!」
サラサちゃんが、こたつから、にゅっ、と上半身だけを出して、手を振る。
「『イツキちゃんの部屋、寒い! ぷにぷにが、凍えちゃう!』って言ったら、警備隊の備品だけど、使ってないからって、貸してくれた!」
(サラサちゃん、GJ!……じゃない。ツバキちゃん、また、甘やかして……)
「いつきさん、早く、早く。ここ、入って」
こたつの、反対側では、リラさんが、すでに、とろとろに、蕩けていた。
顔だけを、ちょこん、と、こたつ布団から出し、頬を幸せそうに真っ赤に染めている。
「リラさん!? だ、大丈夫!? のぼせてない!?」
「だいじょうぶ……なの。……これ、ドリアードを、ダメにする、禁断の、あったかさ……。……もう、動けない……」
(大丈夫じゃない!)
ドリアードは植物ベースだから、乾燥と寒さに弱い。
暖房の前で、とろけるのが、彼女のデレトリガーだ。
(こたつなんて、最強の兵器だよ……!)
「イツキちゃんも、早く!」
「う、うん……」
わたしは、マフラーとコートを脱ぐと、逃げ場のない、その、悪魔の(?)温かさへと、足を滑り込ませた。
「「「…………はぁぁぁぁ……」」」
三人の、幸せな、ため息が、同時に、漏れた。
(だめだ、これ、ダメなやつ……。出られない……)
冷え切っていた、わたしの心の匂いが、こたつの熱で一気に解凍されていく。
ぬくぬくと甘く、眠気を誘う、極上の匂い。
「……んん……。イツキちゃんの、匂い……。あったかくて、幸せ、なの……」
リラさんが、うとうと、と、目を閉じ始める。
「えへへー。イツキちゃん、こっち向いてー」
サラサちゃんが、こたつの中で、わたしの足に、自分の足(スライムなので、ちょっと、ぷにぷにしてる)を、絡ませてきた。
(わわっ!?)
「イツキちゃん、あったかーい」
「サ、サラサちゃんもね」
わたしたちが、三人で、こたつむり(?)になって、ぬくぬくしていると。
サラサちゃんが、がさごそ、と、こたつの上に置いてあった、コンビニの袋を、漁り始めた。
「イツキちゃん、これ、食べよ!」
彼女が取り出したのは、特大サイズの、ポテトチップス(うすしお味)だった。
(うわぁ、こんな寒い日に、こたつで、ポテチ……。最高の、背徳感……)
「あーん」
「え? あ、あーん……」
わたしが、口を開けると、サラサちゃんが、一枚、わたしの口に、ポテチを、入れてくれた。
パリッ、と、軽い、歯ごたえ。
ちょうどいい、塩気。
温かい、こたつ。
(……幸せ、すぎて、溶ける……!)
わたしが、天国に行きかけていると、サラサちゃんも、自分で、バクバクと、ポテチを食べ始めた。
パリパリ、ポリポリ。
「んー! おいしー! しょっぱいの、最高!」
「……あの、サラサちゃん、あんまり塩分、取りすぎると……」
わたしが、彼女のデレトリガー(塩分過多で、へにゃる)を、思い出して、注意しようとした、その時。
「……あれ?」
サラサちゃんの手が、ピタリと、止まった。
「……なんか……」
ぐにゃあ……
「……ちからが、ぬけてく……」
さっきまで、元気にポテチを食べていたサラサちゃんのもちぷにボディが。
こたつの上に、まるで溶けたお餅みたいに、でろーんと伸びてしまった。
(あーーーーっ! やっちゃった!)
「さ、サラサちゃん!?」
「……へにゃ……。イツキちゃん……。……しお、おいしかったけど……。……からだ、ふにゃふにゃ……」
海棲スライムは、塩分を取りすぎると、浸透圧の関係で、身体の水分が抜けて、へにゃへにゃになってしまうのだ。
(デレトリガー、っていうか、単なる弱点!)
「だ、大丈夫!? 水! 水、飲んで!」
わたしが、慌てて、キッチンに立とうと、こたつから出ようとした、その時。
「……んん……。いつきさん、どこ、行くの……?」
「リラさん!?」
反対側で、とろけていたはずの、リラさんが。
寝ぼけ眼のまま、わたしの上着の裾を、ぎゅっ、と、掴んでいた。
「だめ……。リラ、寒いの、やだ……。イツキさんも、こたつから、出ちゃ、やだ……」
(あのリラさんが、わ、わがまま言ってる! 可愛い!)
「でも、リラさん! サラサちゃんが、大変なの!」
「……サラサちゃん……? ……へにゃへにゃ……? ……ふふふ、おもしろい、なの……」
(面白くないよ!)
わたしは、右を向けば、塩分で、へにゃへにゃに、溶けている、スライム。
左を向けば、こたつの熱で、とろとろに、溶けている、ドリアード。
(ど、どうしよう、これ……! わたしの両脇、『溶けてる』子に占拠されちゃった!)
わたしが、身動ぎ取れずに、固まっていると。
ガチャリ、と、玄関のドアが、開いた。
「イツキー! 寒かったー! こたつ、入れてー!」
「あら。この、堕落した匂いは……。仕方ありませんわね」
「白羽。戸締まりが、甘いぞ。……ん? この状況は」
「……J値、異常なし。……ただし、室温とイツキの心の匂い(ぬくもり)が結合し、すべての生命体の活動意欲を著しく低下させています。……私も、入ります」
コヨリちゃん、ルージュさん、ツバキちゃん、ミラちゃんが、まるで、示し合わせたかのように、わたしの部屋に、なだれ込んできた。
(合鍵、もう全員が持ってるんだった……!)
四人は、こたつの周りの、空いているスペースに、我先にと、潜り込んでくる。
「うひゃー! 天国じゃん!」
「……ふぅ。悪くありませんわ」
「……悪魔的な、発明だ」
「……エネルギー、充填……」
六畳間に、七人と、一つの、こたつ。
そして、その中心で。
わたしの、心の匂いが、全員のぬくもりと幸せな気持ちを受けて、とろっとろに甘く煮詰まったホットミルクみたいに香っていた。
「……イツキ」
「……イツキちゃん」
溶けていたはずの、リラさんと、サラサちゃんが、わたしに、すり寄ってくる。
「……イツキちゃんも、へにゃへにゃ……」
「……いつきさんも、とろとろ……」
(あ……だめ……)
(わたしも、溶ける……)
わたしの両脇を、溶けた二人が、占拠し。
わたしの足は、こたつの中で、コヨリちゃんとツバキちゃんの足に挟まれ。
わたしの視線の先では、ルージュさんとミラちゃんが、こたつの上にあったみかんを巡って静かな攻防を広げている。
「……あ」
わたしは、その、完璧な、幸せの、布陣の、真ん中で。
ふっ、と、意識を、手放した。
(……おやすみなさい……)
冬の、一番、幸せな、匂いの中で。
わたしたちの、堕落した、お昼寝が、始まった。
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