第5話 第一次薄暮会戦(バトルロイヤル)
(いつき視点)
「はぁ……。やっと、お昼……」
わたしの胃(と精神)は、すでに限界寸前だった。
ここ数日でわたしの周囲に集結した、あまりにも個性的(で強烈)な人外の女の子たち。コヨリちゃん、ルージュさん、ミラちゃん、リラさん、サラサちゃん、そしてツバキちゃん。
その全員に、わたしの『心の匂い』が特効(とっこう)で効いてしまった結果、わたしのスケジュール帳は「お茶会(ルージュ)」「尻尾の手入れ(コヨリ)」「データ収集(ミラ)」「光合成(リラ)」「ゼリー(サラサ)」「監視(ツバキ)」という、謎の予定で埋め尽くされそうになっていた。
(わたしはただ、平和に『マルチスピーシーズ心理学』を学びたいだけなのに……)
今日こそは、今日こそは一人で静かにランチを、と。
わたしは学食の一番隅の席で、日替わり定食(今日はアジフライだ)の盆を胸に抱えるようにして、小さくなっていた。
学食は、様々な種族の学生たちの話し声で、蜂の巣みたいに騒がしい。
獣人族の「ガルル」という喉を鳴らす声、有翼人(ゆうよくじん)の羽ばたき、スライム族の「ぷちゃ」という移動音……。これが薄暮学院の日常BGMだ。
「いっただきま――」
わたしがアジフライに箸(はし)をつけようとした、その瞬間。
「イツキー! みーっけ!」
「わっ!?」
背後から太陽みたいな声がして、わたしの背中に柔らかい衝撃が走った。コヨリちゃんだ。
「もう、コヨリちゃん! びっくりするよ!」
「にひひ、ごっめーん! あ、アジフライじゃん! それ、ウチの唐揚げと一個交換しよーよ!」
「もー、しょうがないなぁ」
コヨリちゃんは、わたしの隣に(椅子を引く間もなく)滑り込むと、わたしの腕に自分の腕を絡ませてきた。いつものことだ。ふわふわの尻尾三本も、嬉しそうにわたしの足に巻き付いてくる。
コヨリちゃんの『日向の匂い』と、わたしの安堵(あんど)の『心の匂い』が混じって、周囲の空気が少し、ぽかぽかする。
「あ……いつきさん……」
「イツキちゃーん! お菓子(ごはん)ー!」
すると今度は、トレイを持ったリラさんとサラサちゃんが、わたしの正面にやってきた。どうやら二人は、癒やし系と自由(フリーダム)系で気が合ったのか、最近よく一緒にいる。
「リラさん、サラサちゃん。こんにちは」
「ふふふ……いつきさん、今日も『おひさま』の匂い、する……」
リラさんは、山菜うどんをすすりながら、幸せそうに目を細める。
「イツキちゃん! サラサね、今日はプリンにしたの! ラムネ味じゃないけど、ぷるぷる!」
サラサちゃんは、特大プリンをスプーンで叩きながら(遊んでる)、無邪気に笑う。
(……あれ? もしかして、これって、すごく平和じゃない?)
右隣にコヨリちゃん、正面にリラさんとサラサちゃん。
わたしの『心の匂い』も、彼女たちのマイペースなオーラに当てられて、すごく安定している。
これだ。これこそが、わたしの目指す『マルチスピーシーズ心理学』の実践、その第一歩かも――
「――あら。随分(ずいぶん)と、騒がしい『獣(けもの)』の集会ですこと」
チリッ、と。
空気が、凍った。
わたしの『心の匂い』が、緊張でキュッと収縮するのが分かった。
声の主(ぬし)は、ルージュさん。
黒い日傘を(屋内なのに!)優雅に閉じながら、学食の喧騒(けんそう)など意にも介さない様子で、わたしたちのテーブルに近づいてくる。
その後ろには、寸分の隙(すき)もなく、ミラちゃんが随行していた。
「ルージュさん、ミラちゃん……こんにちは」
「ごきげんよう、いつきさん。……コヨリさん、でしたかしら? あなたのその尻尾、食事の場で振り回すのは、少々、品性に欠けますわよ」
ルージュさんは、わたしの隣に陣取るコヨリちゃんを、深紅の瞳で見下ろした。
その匂い……古い書物と、高貴な薔薇(ばら)の香りが、わたしの心の匂い(緊張)と混じり合い、コヨリちゃんを威圧する。
「はぁ!? なんだよ、それ! イツキはウチの尻尾、気持ちいいって言ってるし!」
コヨリちゃんの狐耳が、ピンッ!と後ろに倒れる。威嚇(いかく)のポーズだ。
「警告」
すかさず、ミラちゃんが口を開く。
「コヨリの情動パラメータ、『怒り』が70%上昇。ルージュの言動は、J値(嫉妬)の相互誘発を引き起こします。両名、即時、イツキから距離を取りなさい」
「鉄屑(くず)は黙っていてくださる? わたくしは今、いつきと『お茶会』の約束を取り付けているところですの」
「約束(アポイントメント)は未確定です。イツキのスケジュールは、私の護衛任務が最優先されます」
(わ、わわわ……始まった!)
わたしの右腕はコヨリちゃんにロックオンされ、正面は癒やし系(マイペース)、そして左側からはドS吸血鬼とクールアンドロイドのプレッシャーが!
「――全員、静かにしろ!!」
ドスッ、と重い音がして、テーブルが揺れた。
声の主は、ツバキちゃんだ。
いつの間にか背後に立っていた彼女が、秩序維持の(という名の嫉妬まじりの)オーラを放ちながら、テーブルに拳(こぶし)を置いていた。
「ここは神聖なる食堂である! 貴様ら、白羽いつきを巡る私的闘争(トラブル)を、公の場で起こすとは、風紀違反も甚(はなは)だしい!」
「あら、ツバキさん。あなたこそ、その金色の瞳(め)……いつきを『捕食(ほしょく)』したいと、ギラついていますわよ?」
「なっ……!?」
ルージュさんに図星を突かれたのか、ツバキちゃんが「ばっ!」と顔を真っ赤にする。
(ツバキちゃん、あまりにも分かりやすい……!)
これで、役者(ハーレム候補)は全員、この小さなテーブルに揃ってしまった。
わたしのアジフライは、すっかり冷めきっている。
これが、後に『第一次薄暮会戦』と(ごく一部で)呼ばれる、カオス(混沌)の幕開けだった。
「いいですわ、コヨリさん。そんなにわたくしが気に食わないなら、どちらが『いつきのお気に入り』か、はっきりさせましょう」
「望むところじゃん! ルールは!?」
「ふふ。簡単ですわ。……今から、いつきに『あーん』をしてもらう権利を、わたくしたちで競うのです」
「「「「ええええええ!?」」」」
コヨリちゃん、ミラちゃん、ツバキちゃん、そしてわたしの声がハモった。
(リラさんとサラサちゃんは「あーん?」「プリン?」と首を傾げている)
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください、ルージュさん! 学食で『あーん』とか、恥ずかしすぎます!」
「黙ってなさい、いつき。これは、あなたを巡る『代理戦争(プロレス)』ですの」
ルージュさんは、優雅に微笑んだまま、わたしの盆(ぼん)から、アジフライを一切れ、箸でつまみ上げた。
「さあ、コヨリさん。どうやってわたくしから、これを奪うのかしら?」
「うっ……! そ、そんなの、簡単だし!」
コヨリちゃんは、わたしの腕をぎゅっと抱きしめたまま、負けじと自分の唐揚げを箸で掴む。
「イツキ! ウチの唐揚げのほうが、絶対おいしいから! ね!?」
「え、えーっと……」
右からはルージュさんの「アジフライ」。
左からはコヨリちゃんの「唐揚げ」。
わたしは、両方から「あーん」を強要される形になっている。
(こ、これが……マルチスピーシーズ心理学で言うところの、『単一リソース(わたし)に対する、複数種族の排他的アフェクション要求』!)
(ううん、違う! ただの痴話喧嘩だ!)
わたしの混乱(パニック)が最高潮に達し、『心の匂い』が「助けて!」と叫ぶかのように、甘く、しかし不安定に学食全体に拡散し始めた。
「警告! イツキのストレス値、危険域。心の匂いがオーバーフローします!」
ミラちゃんの冷静な声が響く。
「全員、白羽から離れろ! 匂いに当てられるぞ!」
ツバキちゃんが、慌ててわたしの肩を掴もうとする。
「あーん……」
「プリン……」
リラさんとサラサちゃんが、わたしの服の裾(すそ)を引く。
「「イツキ(さん)! どっちですの(なんだし)!?」」
ルージュさんとコヨリちゃんの声が、重なった。
「あ、あ、あ……」
わたしのキャパシティは、完全に、オーバーした。
視界が、白く、甘い匂いで、霞(かす)んでいく。
(もう、だめ……アジフライも唐揚げもプリンも、全部、平和に、食べたいだけ、なのに……!)
わたしの人生、最大のモテ期。
それは、わたしの人生、最大の修羅場の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます