23曲目 おはなししよ?
「どうぞ」
「どうもっ」
信じられるか?諸君。
「みんなのおりひめ」を推す、アイドルの雪さんが、今、
母ちゃんが用意してくれた寝具から、枕だけ拾い上げた柚季さんは、のそのそと俺の横で定位置を見つけようとしている。
「なんかふしぎだね、
俺は率直な感想を柚季さんに漏らす。
「ふしぎだね」
「でも、知ってる?ふしぎだねって予測変換すると、一番最初にカタカナになるんだよ?」
たわいもない話を彼女がしている。
枕を抱えて、俺はぺたんとベッドに座った彼女に見つめられた。
正直反応に困ってしまうが、湯上りの彼女に見つめられて、どうでもいい話をされているのだ。
しかも、補足情報だが風呂から上がった柚季さんのビフォーアフターは劇的でもなんでもなかった。
化粧を落としても、いや、化粧が落ちた柚季さんは母ちゃんや恋乃実と一緒の種族らしく、変化が全くと言ってなかった。
でも、その感想をぶつけることはタブーだと俺は知っている……。
男としてはレディーへの最高の誉め言葉なのに「化粧をした努力がないがしろにされたみたいで嫌!」と恋乃実に以前、言われた。
今はそんなことどうでもいいな!!!すまん!!
いつもコノミにまつわる話しかしたことが無かった俺らにとって、このひと部屋での日常感が、逆に日常ではない非日常で――急に感慨深くなる。
よくこんなシチュエーションまでたどり着けたな、俺。
「あれ、面白くなかった?」
「いや、そんなことないよ。ちょっと考え事してただけ」
「なにぃ?私に話せない事?」
先ほどキスまで済ませてしまった仲だ。
もう、心の内なんて見透かされても良い。
「いや。柚季さんとさ、コノミの話しか今までしてこなかったじゃん?でも、今こうして普通に喋ってるのが不思議だなぁと思って」
「ふしぎだねぇ」
朗らかに見つめてくるこの人に、今まで密かに、もっといろんなことを知りたいと思っていたし、幸せな今後を想像するだけで、これは手放したくない現実なのだと思えた。
「もっといろんな柚季さんが知れると思うと嬉しいよ」
「ありがとねっ。わたしも!」
ゴロンと寝転がって、柚季さんは枕の準備を始めた。
柚季さんからふわっと香ってくるシャンプーの香り。
いつも風呂上がりに、恋乃実や母ちゃんが漂わせている高級シャンプーのいつもの香り。二人でお金を出し合いっこして、入手しているらしい。
柚季さんは今日、我が家のお湯を頂いたのだ。
いや、頂くのは柚季さんだから、お湯を……食べた?……貰うだ。貰うの謙譲語だから。これも今はいいな。諸君、すまん!そのくらいテンパってる……。
最早、ドキリともしないこの香りが柚季さんからして、逆にドキッとした。
自分を構成する人間関係の一部――柚季さんが家族同然の存在になったことに。
「あー。孝晴君の匂いって洗剤とか柔軟剤の匂いだったんだ」
「え?」
「布団から同じ匂いがする」
くんくんと嗅いでいる柚季さん。
やることが動物と一緒で笑えた。いや、人間も動物の一種だ。
そして、互いに匂いの事を考え、匂いの話を始めたことに、もっと笑えた。
「恥ずかしいからやめてよ」
「大丈夫だって!大好きな匂いだから」
そう明け透けに話されてしまうことに慣れてないから、初めてのキスを終えたとて、ドキドキした。
「どうぞ」
トントンと、ベッドを叩いて寝転がれということなのか、柚季さんが誘ってきた。
「俺のベッドなんだけど」
笑いながら返すと、柚季さんも笑ってくれた。
「電気消すよ」
「うん」
リモコンを操作する。
煌々と照らされていた部屋が、ジワリと暗くなる。
柚季さんの表情が月明かりに照らされて、暗闇でも見える。
この部屋が真っ暗な状態で寝れないことを常々不満に思っていたが、この顔が眺められるのであれば、今日の為なのだろう。改善しなくて良かった。自堕落万歳――
カーテンから洩れる月明かりを頼りに、彼女の横に寝そべった。
「たかはるくん。おはなししよ?」
小声で話しかけてくる柚季さん。
今から彼女と夜を共にするのだ。
たまらない。
俺は自分の右腕を枕にした。
左腕で自分と彼女に掛け布団をかける。
「可愛い」
思わず、自分の口から出てきた言葉。
「もっと褒めて」
柚季さんがもぞもぞと近づいてくる。
「綺麗」
「わたし、可愛いって言われる方が好きなの」
柚季さんがもぞもぞと遠ざかる。
「あれ。正解しないと近づいてくれないの?」
「正解」
柚季さんが近づいてきた。
小動物みたい。少し笑った。
「寒くない?大丈夫?寝づらかったら起こしていいからね?」
柚季さんは近づいてくる。
「寒さは無いかな。くっつけばいいし」
しなやかな身体が俺に触れてきた。
「幸せだ」
柚季さんが軽く左腕に抱き着いてくる。
「わたし、彼氏ができたらやってほしいことがあったの」
「なに?」
聞いてみる。
「
俺は返事をする前に枕にしていた右手を彼女に差し出す。
二の腕に彼女の頭がおそるおそる降ってきた。
「いいかんじっ」
柚季さんはこちらをじっと見つめている。はず。
こんな状況に出くわしたことが無かったから気が付かなかったが、男側は見知った天井を眺める羽目になるので柚季さんの顔を見ることができない。勿体ない。
でも、全身でくっつく柚季さんの体温を感じることができているので最高だ。
「天井ばっかりで、顔見えないのさみしいんだけど」
「もうちょっとだけ、こうしてて」
彼女の望みとあれば、右腕が痺れてこようが、取れてしまおうが、今はいいや。
横目でちらっと彼女の顔を見てみる。
思いのほか、真顔でじっと見つめられていることに気が付くと、髭の剃り残しとかないかと、不安になってくる。
でも、彼女の真っすぐな眼差しも綺麗だ。
「寝心地はいかがですか?」
「硬くていいね。好み。でも、コノミちゃんの
彼女の笑った時の吐息がかかる。
よもや、吐息まで気を遣って、不快でないクリアな香りの女子力の高さたるや。
「でも、二つの夢が叶って嬉しい」
「コノミの
「正解」
耳元で響く小さな声が愛おしい。
ちょっと近づいた。まだそのルール、適用だったんだ?柚季さん。
頭を乗せた心地の良い重みが腕から引いていく。
「もうちょっと、そのまま。ごめんね」
「どうぞ」
次はなんだと思ったが、すぐに柔らかな感触が二の腕に続く。
柚季さんの頬が腕にすりすり。
すりすり。ぷにぷに。
自分の二の腕を食べようとしている。
頬でご飯は食べられない。口で食べる。
でも、食べようとする勢い。
「あー。これ。これ好きかも」
小さく漏らす声の主がいよいよ、
すべすべとした肌を二の腕で味わう。
時折、垂れる髪が腕を
「くすぐったい」
「ごめんね」
こそこそ笑う笑い声は、布団の中で消えていく。
自分にしか聞こえない。
二人だけの秘密。
「元気がないとき、これからこうやってパワー貰おうかな……」
俗にいう、充電というやつだろうか。
なるほど、確かに元気になるかも。給電側も幸せだ。
「ありがと」
「いえいえ」
こんなことで満足したらしい柚季さんは腕から離れていく。
「次はおにいさんの番だよ?」
「え?」
小さく縮こまった柚季さんが布団の中で俯いている。
「つぎはおにいさんのばん」
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