16曲目 不発の延命処置


「ごめんね、オニイさん。私、もう無理かも……」

「近かったもんね、心臓飛び出そうなくらいに……」


ここは一旦、雪さんに乗っかっておく。

いつ事実――「コノミは俺の妹だ」と切り出すべきか、迷ってきた。

目前にコノミを置いただけで狂ってしまう彼女の人生を狂わせてしまうかもしれない。


「雪さんって何気にゲリライベント初めてじゃない?」

「そうなの。地方組はどうしても関東のイベントってフットワーク軽い訳じゃないし、ゲリラ予測が正確とも限らないからね」


ヲタク特有の早口が炸裂してしまっている雪さんを俺は微笑ましく眺める。


「あんなに近くでコノミをじっくり拝めたのって久しぶりだよ……。本当にありがとう」

「よかったね」


俺はこんなことを考えながら無事、ゲリライベントの一つを消化した。平穏無事。

だが、雪さんはとんでもないことを言い始めた。


「オニイさん、私さ……。今日はもう地元に帰る元気ないや。お家に泊めてくれないかな?ご両親にもちゃんと挨拶して大人しくするからさ」


えっ??もちろん、客を招き入れるくらいの余裕は我が実家にもあるが、どう家族に説明すればいいのか判断に大きな迷いが生まれる。

 

「いいけど、二つくらい大きな壁がある。俺、女の人を実家に招いたことないから、きっと疲れを取るにはそぐわないよ?俺んち」


「いいよ。一晩ごろ寝させてもらうだけでいいから……お願い」


こんな顔で懇願されて誰が断れようか。

結局、俺は玄関前まで、雪さんにもう一つの「壁」について説明することはできなかった。




◇◆◇◆




まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!まずい!

まずい!まずい!まずい!まずいいいいいいい!!!!!


 

雪さんと俺はとうとう我が実家へと到着した。


 

まだ夕方だが、辺りは真っ暗。


 

イベント後のコノミ……恋乃実がまだ家に帰ってきていないはずの時間帯であることは助かった。


 

予め、家族のLineグループで家族には説明しておいた。

「今晩、彼女を紹介したい。そして一晩泊めさせてあげて」と。


おっとりした母ちゃんは直ぐにスタンプで驚きを表すと、続くメッセージに「お赤飯炊かなきゃ!」って騒々しかった。

それ、ちょっと違うよ?とツッコミたかったが、女っ気ひとつ無かった息子が初めて彼女を紹介すると言い出したのだ。

少々抜けた喜び方でも、前向きに思ってくれて正直嬉しい。しかも今晩は腕によりをかけて晩飯を準備してくれるらしいからなおの事だった。



父さんからは「めでてえ!」と一言。

母ちゃんを煽るのはやめてくれ。



一つ問題があった返信はやはり恋乃実からのものだった。


「え~~~!!!!おにぃ、彼女いたの!!??ご挨拶しなきゃ!!!直ぐ帰るからね!!」


今、雪さんと恋乃実を近づけるのは危険な気がする。

きっと、雪さんの命日が今日になる。せっかく彼女ができたのだ――

これからも健やかでいてほしい。


早急に延命処置を実施しなければ、一晩で休ませるどころか、泡吹いてぶっ倒れてしまう。

 

「雪さん。一つ黙っていたことがある」

「うん。何でも言って」


俺の真剣な表情に誠心誠意応えてくれた雪さんには申し訳ない。

いや、ヲタクとして喜んでくれると嬉しいとは思っていたが、全くこの先想像がつかないことに恐怖した。


でも、言っておかなければ雪さんの命が危ない――


「実はさ。コノミは俺の妹なんだ」

「今?推し方の話?」


「違う。実の妹なんだ」

「ああ、ご家族に紹介する前に緊張を解こうとしてくれてる?やさしいね、孝晴君は……」




っっちがぁぁーーーーう!!!!

俺は泣き出しそうだ。



 

俺は今初めて気が付いた――こんな数奇な兄貴をやっている自覚が足りて無さ過ぎたことに。


コノミの熱心なヲタクに一度「俺の妹なんだ」と紹介したところで、現実味に欠けていることに対して。冗談の一つとして捉えられてしまうことに予防策を持ち合わせて無かった。



結局、俺は「トップアイドルの妹がいる」と伝え損ねた。



柚季さんを「雪さん」として、彼女の太陽様菩薩様が居る、我が実家に招いてしまったのだ。


そして、ひとつ屋根の下ならまだマシ。




柚季さんと一つ部屋の中、一夜を過ごすことになるなんて――

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