13曲目 俺の人生がバグる日(中編)



飯を食い終えて、ティータイム。

あまり雪さんとサシでイベント参加することがないので、新鮮な気分に浸っていた。


好きなものがたまたま同じということで雪さんとは知り合ったが、リアルのプロフィールについては謎に包まれている。

以前、諸君に話したが、俺は彼女の年齢は不詳、本名ですら知らない。



でも、知り合って数年というところで、今はヲタ活と関係ない休憩時間なのだから、雪さんが許してくれるなら俺は彼女のことがもっと知りたいと話題にしてみた。



「雪さん。今日は地元に帰らなくて良かったんですか?」


「うん。昨日も言ったけど、今日はオフなの。アイドル活動の話ね?」


「わかってます。調子はどうですか?」



 俺は全くと言っていいほど、雪さんのアイドル活動に関して干渉してない。


 地域密着型のアイドルなのだからネット情報も少ないということが一番の障壁だったが、やはり中途半端に応援し始めるのが一番本人に失礼だと思っていたからだ。


「アイドルでいる間はすごく楽しいよ。コノミもこんな気分なのかなって思うこともあるなぁ。何よりファンの人がいてくれるのが本当にありがたいと思うし嬉しい」


「へぇ」



 顔を綻ばせている雪さんがあまりに幸せそうな顔をしているものだから、会話を繋げる脳の思考回路が繋がらなかった。

 


「雪さんってユズキって名前で活動してるんですよね?ユズキって本名?」


「本名だよ?私の下の名前がユズキ。ズを取ってユキ。だからハンドルネームは雪」


「チケットも交換したことないから知らなかったんですよね」


「え?私は知ってたよ?孝晴たかはるくん」


よどみなく、俺の本名が雪さんの口から出てきた。めっちゃ驚いた。

過去にお伝えした事あったっけ?


「恥ずかしいっすね。鬼居おにいと言われないとむず痒いというか……」


「わかる。今更ハンドルネーム捨てて本名で皆に呼ばれるのも恥ずかしいかも」



雪さんは目を細めて照れていた。

めっちゃ可愛い。



「もう知り合って数年だけど、雪さんのとしも知らないしどこに住んでるのかも知らないや」


「え?隠してるわけじゃないんだよ?歳はコノミの五つ上。今は京都住み」


「え!!??雪さんって俺の同い年だったの??年上のお姉さんかと思ってたわ」


「ははっ。じゃあオニイさんとはタメ口で大丈夫だね。なぁんだぁ損したって思った?」


「損したって。笑うわ」



この瞬間、雪さんが俺の中で「雪ちゃん」になった。

しかも京美人らしい。


各個人の私生活関係なく知り合える特殊な空間がアイドルの現場である。

その反面、引かなくていい線引きをしてしまうこともある。


今度から同い年の女の子として雪さんとは接したいなと思った。

もちろんコノミのヲタクとして。


「オニイさんは?都内住み?」

「そう」


「彼女はいるの?」

「へっ???」


雪さんの口からさらっと飛び出てきた言葉。

「彼女はいるの?」が突き刺さる。いるはずがない。


俺は生まれてこの方、一度もお付き合いした女性がいたことはない。

これは言い訳になるかもしれないが、あれほど可愛い妹がいるのだ。


将来は妹と結婚するとまで思っていたが、幻想と気が付くまで随分時間が掛かってしまった。その結果、年齢と立場に相応しくない俺が完成してしまった――

 

そう。女の兄妹がいるからこそ「女性の扱いはそれなりにわかっているつもり」だが、貞操は守られている稀有けうな存在こと俺。

どこに出しても恥ずかしくないと自負している。


いや、捨てれるものなら今すぐにでも捨てていいちっぽけなプライドだ。


「俺の彼女の情報いる?」


雪さんに冗談ぽく言い返してみる。


「いるいる。気になるじゃん?」

「俺、彼女いないよ」


「そうなんだ。私も彼氏いない!」

「アイドルやってるんだから彼氏いた方が問題になるでしょ?」


「そうかな~?」

「そうだって。ファンの人が悲しむと思うよ?」


「そっかぁ……。じゃあオニイさんはコノミに彼氏がいたら悲しい?」


この質問は根深い。

トップアイドルだって一人の人間なのだ。


恋をすることもあれば、恋愛関係、はたまたその先の関係に進んだって何ら不思議はない。

もちろんアイドルという職業を選んでいる以上、問いたいこともある。

「夢を売る仕事で彼氏がいるとはどういう了見だ」と――


だが、よく考えてみても欲しい。

推しのアイドルの幸せを願い続ける立場である有象無象の俺たちファンは本来、推しのアイドルの熱愛がすっぱ抜かれた時だって、彼氏がいます宣言された時だって、結婚宣言された時だって、はたまた妊娠報告された時だって、彼女の人生に幸あらんことを祈って静観するべきだ。


他人の人生なのだ。

その人が幸せであることに越したことはない――と、俺は思う。


こと、コノミに限っては俺は法的関係の下、家族ではあるが、コノミと「家族を作ること」はできない。その点、世界をどう探し回ってみても他の誰にも与えてられてない称号である「コノミの兄貴」という大切な宝物は死ぬまで手放したくない。


恋乃実が今日も幸せでいるなら、例えコノミに彼氏が出来ようが、知らないところで彼氏に股を開いてようが、俺らファンにバレなきゃなんでもいい――コノミが幸せなら。



「いや。コノミに彼氏がいるって想像かぁ……。何なら嬉しいかも」



多分俺は特殊ななのかもと思いながら、雪さんに返事した。


「どう嬉しいの?」


興味深々な表情をしてくれている。

口にクリームついてるよ?雪さん。


「俺はどちらかというとガチ恋には否定的な立場なの覚えてる?」

「もちろん」


あ、覚えてくれてたんだ、雪さん。

ペロッと舌を出してクリームを舐めてる。


「どう考えたって、俺とコノミは恋に落ちないしありえないんだよ。だから俺が幸せと感じる前に、勝手にコノミが誰かに幸せにしてもらえるのであれば、コノミに彼氏がいたって構わないかな。公表されたときにどう思ったかについては考える」


考えるも何も、考えたところでコノミと付き合えるわけでは無いのだ。

コノミはトップアイドルだから。



コノミは俺の妹の恋乃実なのだから――


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