1曲目 一つ目のお約束ごと


「おにい!明日の横アリ、来てくれるの?」


「あたりめえじゃん、がんばれよ」


「ありがとっ。探しだしてレス、ぜーーーったい、贈るね!!」


「おう」


バタバタと家中を行ったり来たりしながら、荷造りをしている少女が一人。

我が妹、大崎恋乃実このみだ。


兄妹の会話にしては、妹はお兄ちゃん大好きっこ。

ついでに俺自身も妹愛が溢れている良き兄と理解してくれると嬉しい。

何より、両親の教育の賜物かも。俺も妹も真っすぐな子に育っちゃって、てへ。


ちなみにお断りだが、レスは送るものではなく、贈るものらしい。

俺は理由を知らないから、妹に今度聞いておく。なんで?って。

多分「贈り物だからっ!」的なアイドルとして100点の回答を貰えるだろう。


まずは妹との関係性について明かしたい。


妹とは兄妹喧嘩など無縁の幼少期から早十数年、現在に至る。

殴る蹴るの喧嘩は、我が家では物心ついた時には禁忌きんきだったといっていい。相手がか弱い女の子――妹だからといえば、人間が良くできていると思われるのだろう。だが、違う。



うちの家族の場合は「特別な意味」で妹を大切にしたい理由があったからだ。


妹は五人組アイドルグループ”KAREN”のセンターを務める正真正銘の売れっ子アイドル。


芸名はコノミ。実名をカタカナにしただけ。

他のメンバーも多分そう。前に妹から聞いた。


ネットには載ってない情報だ。

表に出せない秘密が早速増えるなぁ?この物語を楽しむ諸君どくしゃも、心に抱えてしまった秘密として、内緒にしてくれよ?頼む。


担当カラーは赤色。

血液型はB型。

誕生日は七月七日。

キャッチフレーズは、「みんなのおりひめ」だ。


歌とダンスに愛されて笑顔が光る十七歳。

誕生日やプロフィールに作り物感が溢れているように感じてしまうが、嘘偽りない事実だ。そこは俺が保証する。



正真正銘、母ちゃんの腹から妹が出てきた日は七月七日で七夕の日だった。

俺の生まれて五回目の七夕――お腹が空き始めた正午前だったことを俺は今でも覚えている。


俺の父さんを証人として連れてきてもいい。


一緒にツナマヨおにぎりを母さんに秘密でこっそり食べたから覚えている。

父さん曰く、妊娠中の母ちゃんはマヨネーズが駄目になるらしい。


父さんと共犯で、調味料として完成された白の誘惑と背徳感に負けて食べた。

本当は病室にピザを用意してお祝いしたかった俺らだ。おにぎりのひとつやふたつ……そのくらい、許してほしい。

母ちゃんの人生、はたまた家族の未来を左右しかねない出産に待ちきれず、こっそりつまみ食いしたのは墓場までの土産。今でも男と男の秘密の約束は健在だ。




妹との兄妹喧嘩の話に戻る。



いざ、殴る蹴るをして、妹を傷つけてしまうと、何が起こるか想像してほしい。


まず事務所のマネージャーが黙ってない。大事な担当タレントに傷が入ってしまうからだ。その前に社長も黙ってない。大事な商品に品質不具合を起こすからだ。説明が前後したな、すまん。



押しも押されもせぬ売れっ子アイドルの妹は、明日が雑誌の表紙撮影かもしれないし、コンサートで販売する生写真の撮影日かもしれない。付け加えて、大御所監督が撮ってくれるミュージックビデオの撮影日かもしれない。


家族、とりわけ両親といえど、我が子の仕事のスケジュールなんて普通管理できる内容ではない。しかも、人気アイドルのお仕事スケジュールなんてなおさら、想像もしたくないほど忙しいに決まっている。



だが、俺はドルヲタなのだ。アイドルオタク。

敬意を込めて古風な「ヲタク」として、”オ”は”ヲ”と表記されるべきだと理解している。



俺はコノミのヲタクだし、スケジュールを逐一追ってるから、明日の仕事関連のスケジュールについて大体予想はつく。

次の日がライブリハーサルでスタジオ練習だけの日と予想される日くらい、可愛い妹だ、デコピンくらいする時もある。


ちょっと本題から逸れた。


その可愛い顔に傷一つつこうものなら、当人はおろか、周りの優しくも怖い大人たちのスケジュールでさえも真っ白になってしまう可能性がある。

次、いつ代わりが効く日が出るかわからないくらいの忙しさだから、”ビジュ不調”で仕事の予定を”飛ばして”はならない。


ゆえに、殴る蹴るの兄妹喧嘩は、リスク回避の一環である。

まあ、まず我が家において喧嘩など発生しない。

妹、マジで俺に似て出来がいいまっすぐな子に育ってくれたのだから……。


話をまとめるぞ。


要は普段から妹のビジュアル維持はいわば家族総出の最重要課題。


家族の宝、日本アイドル界の宝。

「みんなのおりひめ」は丁重に扱わねばならない。


家族みんなで妹を大切にしている、そういうことだ。

それが家族としての妹のアイドル活動を支える一つ目のお約束ごとだ。




もう一つ、お約束事は存在する。

寧ろこちらの方が特殊だ。

耳の穴かっぽじってよく聞いてほしい――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る