第4話 崩壊の足音と、伝説の職人の次の戦略
辺境の集落『鉄錆の門』は、わずか数週間で活気を取り戻していた。それは、アレス・クロノスが裏で動かす規格外の流通網によるものだった。
「アレス、あんたの【時空干渉性・強化コーティング剤】、本当に魔法だよ!」
酒場兼商館の片隅で、リーナ・バローネは小さな金属片を手のひらで転がしながら、興奮気味に報告した。その金属片には、アレスがアイテムボックス内の『鍛冶場』空間で合成した、特殊なコーティングが施されている。
「一度塗布すれば、普通の鉄が希少金属並みの耐久性を持つ。修理にかかる時間も、物資のコストも激減だ。辺境の人間にとっては、命綱だよ」
「耐久性の向上は、僕の『アルケミー・マージ』が、物質の分子構造そのものに干渉し、時間停止の理を一時的に定着させている結果だ」アレスは冷静に技術的な裏付けを説明した。「性能に関しては問題ない。問題は、その需要だ。リーナ、自由都市のギルドからの反応はどうなっている?」
リーナは喉を鳴らして水を飲んだ。「それが、殺到しているんだ。自由都市の闇市場だけでなく、周辺の小国まで噂が広がり、正規ルートの物資が完全に無視され始めた。みんな、あんたを『鉄錆の賢者』って呼んで、このコーティング剤やポーションを必死で買い求めてる」
「予想通りだ」アレスは静かに頷いた。彼の戦略は、腐敗した大臣ベリアスが握る正規の流通ルートを、品質とコストパフォーマンスで圧倒し、根底から崩壊させることだ。「しかし、この『鉄錆の門』だけでは、その需要を支えきれない。この集落の『空間整備(ファクトリー・ゲート)』の生産能力にも限界がある」
彼は立ち上がった。彼の視線は、もはや小さな辺境の集落ではなく、大陸全体を見据えていた。
「僕の次の戦略は、流通の中枢を完全に掌握することだ。リーナ、自由都市へ行く。僕は、ただの闇市場のサプライヤーで終わるつもりはない」
リーナは驚いて目を見開いた。「自由都市へ? まさか、あんた、ギルドを乗っ取るつもりかい?」
「乗っ取るのではない。招かれるのだ」アレスは自信に満ちた笑みを浮かべた。「規格外のアイテムを安定供給できるのは、僕だけだ。自由都市のギルドマスターたちは、僕の力が、都市の経済と防御の鍵であることを理解している。彼らは、僕を裏社会の『伝説の職人』ではなく、表社会の『戦略家』として利用したい」
(準備は整った。自由都市で、僕の『空間整備』をさらに拡張すれば、生産能力は現在の十倍になる。腐敗した王国の上層部は、いずれ僕のアイテムがなければ、戦争すらできなくなる)
***
その頃、王都近郊の野営地では、ゼノス・ブレイドの苛立ちが頂点に達していた。
「これはどういうことだ、報告しろ!」
ゼノスは、訓練中に亀裂が入った部下の鎧の胸当てを指さし、激昂した。
「申し訳ありません、隊長!大臣ベリアス様から急遽納入された防具の補強材を使ったのですが、二、三度激しく剣を交わしただけで、この通り……」
部下は恐怖に顔を引きつらせた。以前ならば、アレスが管理していた物資で補強された装備は、これほどの脆さではなかった。
「ベリアスめ!あの腐敗した豚は、俺たちを舐めているのか!」
ゼノスは、純粋な武力を信奉するがゆえに、こうした裏方のトラブルへの対処法を知らなかった。彼は剣術の達人であり、戦略物資の管理など、自分の美学とは無縁のものだと軽視していたからだ。
「ポーションの在庫は? 特級回復薬はまだあるのか!」
「それが、特級品はすべて使い切りました。代わりに来たのは、通常の回復ポーションですが、効果が以前の半分にも満たない代物ばかりで……」
ゼノスは息を詰まらせた。彼の脳裏に、アレスの姿がよぎる。
(アレスの管理していた頃は、こんなことはなかった。奴のポーションは、瀕死の傷を一瞬で癒やした。だが、それは単なる『荷物持ち』の仕事だ。誰でもできるはず……)
武力至上主義のゼノスは、自分の判断の誤りを認めることを、心の底から拒否していた。アレスが追放されたのは、彼が「戦力」ではなかったからだ。
「いいか、物資が足りなくとも、俺たちの剣が鈍るわけではない!純粋な技で、装備の不足を補え!」
ゼノスは強がるしかなかった。しかし、彼自身が剣を握る手は、ポーションの不足と、隊の装備の劣化という重圧に、微かに震えていた。
その時、伝令兵が血相を変えて飛び込んできた。
「た、隊長!至急です!東の辺境で、強力な古代種とそれに率いられた魔王軍の斥候部隊が発見されました!王国の防衛線が突破される恐れがあります!」
「何だと!?」
ゼノスは顔色を変えた。強力な古代種。それは、万全の準備と最高級の装備があって初めて対応できる敵だ。しかし、彼の部隊には今、物資が絶望的に不足していた。
(このままでは、負ける……いや、負けない!武力こそが全てだ!)
ゼノスは、自らの信念を再確認しようと拳を握りしめたが、物資の欠乏という現実が、彼の武力至上主義を静かに侵食し始めていた。
一方で、その「古代種」の出現報告は、アレスの耳にも入っていた。
「古代種。タイミングがいい」アレスは冷静につぶやいた。彼は自由都市へ向かう準備を整えていた。「ゼノスが純粋な武力だけではどうにもならない、絶対的な『準備不足』に直面する。そして、僕が作り出す規格外のアイテムだけが、それを解決できる」
アレスは、自身を追放した勇者パーティが絶体絶命の窮地に陥る瞬間を、策略の核として利用するつもりでいた。彼の復讐は、武力ではなく、戦略物資の支配によって、静かに、そして確実に進行していた。
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