第9話
鳥の声が、やけに近くで聞こえた。
眩しい朝の光に目を細めながら、悠真はゆっくりと身を起こした。
いつもと同じ自室。
ただ、違うのは——
隣の布団に、金色の髪が散っていることだった。
「……夢、じゃないんだな」
寝息を立てているのは、玉藻——いや、“金坂たま”。
封印の夜を越え、人間として生まれ変わった少女。
白い頬に陽光が当たり、金のまつ毛が光る。
ふわりと揺れる髪が、朝の風を受けてきらめいた。
「ぬし……むにゃ……いや、悠真……もう少し……」
寝ぼけた声で布団を引き寄せる仕草に、
思わず悠真は笑ってしまう。
「おいおい、“ぬし”は禁止だろ。
人間としてやり直すんだから、ちゃんと名前で呼べよ」
「……むぅ。ぬしはぬしじゃろ……」
「違う。“悠真”」
「……ゆう、ま……」
小さく呟いた声が妙にくすぐったくて、
悠真は耳まで赤くなった。
玉藻はゆっくりと目を開ける。
まだ少しだけ金色の光がその瞳に残っている。
「これが……人の朝、なのじゃな」
「そうだな。妖の時は朝なんて無かったのか?」
「妾らは月の民じゃ。朝は苦手なのじゃ……。
けど……こうして陽の光を浴びるのも、悪くないのぅ」
たまは、そっとカーテンを開いた。
窓から流れ込む風が、彼女の髪をやさしく撫でる。
「ぬしの世界は、光が優しいのぅ」
「それは……お前がいるからだよ」
たまが振り返る。
朝の光を受けて、笑うその顔は——もう完全に“人”だった。
「さて、たま。今日からちゃんと人間として暮らすんだぞ。
まずは、住民登録とか、学校のこととか……」
「じゅうみんとうろく……? がっこう……?」
「……一から教えないとダメそうだな」
「ふふ、よいではないか。ぬし……いや、悠真が教えてくれるのじゃろ?」
「はいはい。もう先生って呼ばれる未来が見えるよ」
「ならば妾は、“生徒”じゃの」
「……聞き方によっては危ない発言だぞ、それ」
「むぅ、ぬしはすぐそういうことを言うのじゃ」
二人の声が、朝の部屋に溶けていく。
あの長い夜を越えた先には、
こんなにも穏やかな日常が待っていた。
けれど——
その平穏の裏では、まだ誰も知らぬ“新たな気配”が目を覚ましつつあった。
夜の森の奥。
崩れた祠の下に、微かな光がまた灯る。
「……玉藻、やはりお前は“選ばれし魂”か」
低く響く声。
黒い羽を持つ影が、闇の中で笑った。
「ならば次は——“天狐”の番だ」
風が止み、森がざわめく。
穏やかな朝の裏で、再び運命の歯車が動き出していた。
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