第3話

 カラスの鳴き声で目が覚めた。

 いつも通りの朝……のはず、だった。


 


 ぼんやりと寝ぼけた頭を起こすと、

 すぐ隣で小さな寝息が聞こえた。

 視線を向ければ、昨日の“夢の続き”のような光景がそこにあった。


 


 金色の髪、尖った狐耳、そして柔らかな尻尾。

 布団にくるまって丸くなりながら、

 ふにゃ、と小さく寝返りを打つ幼女——玉藻。


 


「……やっぱり、夢じゃなかったんだな」


 


 現実感がゆっくりと戻ってくる。

 封印、光、妖狐——全部、本当に起こったことだ。

 それにしても、この部屋に幼女が寝てるって、状況だけ見たら完全に通報案件じゃないか……。


 


「むぅ……ぬし……ぬしぃ……」


「うわ、しゃべった!? 起きてたのか」


「ふあぁ……。ぬし、朝なのじゃ……? 妾、腹が……ぺこぺこなのじゃ」


 


 ぱちぱちと目をこすりながら、玉藻は上体を起こす。

 寝癖のついた髪を揺らし、しっぽがもぞもぞと動く。

 まるで小動物のようで、見ているだけで頬が緩んだ。


 


「腹が減った、か。……まあ、封印されてたんだもんな。何百年ぶりの朝飯ってやつか」


「ふむ、まことに! 妾、神饌(しんせん)でも良いのじゃぞ? 干した魚と米と……あとは甘味がよいのぅ」


「そんなのねぇよ……。コンビニのパンで我慢してくれ」


「こんびに? なんじゃそれは。新しき神の名か?」


「……違う。人間が食べ物を売ってる店だ」


「人が……神の代わりに供え物を売るのか……!? 時代は進んだのぅ……」


 


 玉藻は感心したようにうんうん頷きながら、

 テーブルの上のスマートフォンを指差した。


 


「ぬし、この“光る板”は何じゃ? 術式の鏡か?」


「それはスマホ。こうやって……ほら」


 画面をタップすると、ぱっと光が広がり、ニュースや画像が現れる。

 玉藻は目をまん丸にして、息を呑んだ。


 


「おおおっ!? 人の世はここまで妖術を極めたのか!?

 妾が封印されておる間に、神通力を超えておるではないか!」


「……いや、それはただの通信機器だって」


「つうしん……ふむ、つまり妖たちが離れても語らう術というわけじゃな。妾も欲しいのじゃ!」


「お前、スマホ契約できる年齢じゃないだろ……」


「むぅ……ぬしが契約してくれればよいのじゃ。妾はぬしの眷属じゃからの!」


 


 そう言って胸を張る玉藻。

 まだ小さな体なのに、態度だけは女王様だ。

 だけど、得意げにしっぽをふりふりしている姿が、あまりにも微笑ましい。


 


「……はぁ。まったく、どこまで世話焼かせるつもりなんだよ」


「ぬしが見つけてくれたのじゃろう? 妾を起こしたからには、責任を取るのじゃ!」


「責任って……」


「妾、ぬしのそばで暮らすのじゃ! この“現代”というもの、存分に学ばせてもらうぞ!」


 


 そう言って、玉藻はにぱっと笑った。

 その笑顔は、まるで封印の暗闇を抜けたばかりの太陽みたいに眩しくて——

 気づけば俺もつられて笑っていた。


 


「……分かったよ。しばらくここに居ればいい。

 ただし、ちゃんと人間として暮らすルールは守れよ?」


「承知したのじゃ、主殿!」


 


 こうして俺と妖狐の奇妙な同居生活が始まった。

 このときの俺はまだ知らなかった——

 この“小さな同居人”が、やがて俺の心を大きく揺らす存在になることを。

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