第30話 爆炎の悪意
『“我、大地の精霊に
私の身体から魔力が広がり、大地に光の線を描き出す。
それらは屋敷を中心に巨大な魔法陣を描き出し……屋敷全てを覆う、巨大で強固な結界を構築した。
直後、降り注ぐ無数の爆炎。
流星群の如く飛来する大量の殺意に、結界全体が悲鳴を挙げた。
『くっ、うっ……ぐぅぅ……!!』
「ふははは!! 今時、戦闘の只中に詠唱魔法とは!! 確かに、この規模の魔法を構築するには、詠唱を挟んだ方が僅かに早いでしょう。その咄嗟の判断力には感服しますが……そもそも、そんな魔法を使う必要があったので? あなたにとっては、ただの罪人でしょうに、足下に転がるその男達は」
『こいつらは、確かに……私が命を懸けて守る義理なんて、どこにもない……!! でも、この屋敷には、まだ……こいつらに、黙って従うしかなくて、逃げる事も出来なかった……何の罪もない、使用人の人達が、いるでしょう……!?』
高笑いを浮かべながら爆炎を放ち続けるガエリオに、私は歯を食いしばりながら答える。
それを聞いたガエリオは、今始めて、使用人の存在を思い出したように手を叩く。
「ああ、なるほど、確かに居ますね。で? 改めて聞きますが……それを、あなたが守る必要があるので?」
『それが、王宮魔導師の……あなたの役目でしょう!?』
「そういうの、興味ないので」
あまりにもあっさりと、ガエリオは言い放つ。
絶句する私に、彼は尚も言葉を重ねて行った。
「うんざりなんですよ。力を持つ者の責任? 力無き者を守る英雄? はっ……私が生まれ持ち、私が鍛え上げたこの力をどう扱おうが、私の勝手でしょうに」
『それが……あなたが今、こうして敵に寝返った理由ですか』
いきなり攻撃されて、確認する暇もなかった。
だから改めて問い掛ける私に、ガエリオは当然のように頷く。
「ええ。インラオン連合国側に付けば、いくらでも心躍る戦場に連れて行ってくれると聞いたもので」
『ふざけないでください!! そんな勝手な理由で……人の命を、なんだと思ってるんですか!?』
「あなたにも、いずれ分かりますよ。いくら尽くそうが、いくら助けようが……何の見返りもなく、いつしかそれを当然のように受け入れている愚民どもを守り続けることの、どうしようもない徒労感がね」
ガエリオの瞳に浮かぶ仄暗い感情に、私は説得しても無駄なんだって嫌でも理解させられた。
だからこれは……説得なんかじゃない。
ただの、私の……独り言だ。
『少なくとも……私にとっては、徒労なんかじゃありません』
今回の事件で、見知らぬ人を何人も助けたけど、助けた人全員に感謝されたかといえば、全然そんなことはなかった。
なんでもっと早く助けに来てくれなかったんだって、罵倒すらされた。
それでも、私はこれが徒労だったなんて、全く思わない。
『“見知らぬ誰か”は何もしてくれなかったとしても……私の大切な人達は、私がしたことを見てくれているって、知ってるから』
ルルーナ様も、アティナ様も、私が帰ったら、きっと褒めてくれる。凄いねって、頑張ったねって、そう言ってくれる。そう信じてる。
それだけで、私は十分だ。
『だから私は、私の大切な人達に誇れない事はしたくない。たとえ名前も知らない他人だったとしても、この手が届く範囲にいる人達を見捨てるような真似は、絶対にしない!! たった一人で、自分の力に酔っ払って暴れるあなたなんかに……誰一人、殺させてたまるか!!』
「ふふ、くはははは……!! 全く、不愉快な……まるで、あの目障りな“蒼炎”を見ているかのようで、虫酸が走る……!!」
爆炎の連打が、収まった。
無茶をし過ぎて疲れ果てた私が膝を突くのを見下ろしながら、ガエリオは更なる魔法を頭上に展開していく。
「一つ、教えてあげましょう。サンフラウ家の方に一人、連合国のエージェントが向かっておりましてね……ラットンが失敗したという情報を掴んで、サンフラウ家の嫡子を抹殺する指令を受けたそうです。当初の予定とは違いますが、あの家が断絶すれば、この地域は大きな混乱に見舞われ、連合国の進駐がしやすくなりますからね」
『……え?』
サンフラウ家の嫡子って、カリル君のこと?
ううん、家の断絶ってことは……アティナ様も、その対象……?
「今から飛んで行けば、まだ阻止出来るかもしれませんねぇ。しかし、あなたがいなくなった場合、私はこの街を火の海に変えて、全ての人間を殺し尽くします。ああ……律儀に一騎打ちになど付き合う気はありませんよ? 延々と引き撃ちして、ひたすら時間稼ぎに徹させて頂きます。そういう指示ですし」
ニヤニヤと嗤いながら、ガエリオは悪魔みたいな言葉を口にした。
あまりにも下劣過ぎて、その意図を理解すらしたくない。
「さて……これで、あなたの“手が届く範囲”は二つになりましたけれど……さあ、あなたはどちらを救い、どちらを“見捨てる”のですか?」
殊更に“見捨てる”という言葉を強調しながら、ガエリオは言った。
多分この男は、私がアティナ様の友達だなんてことは知らないと思う。
ただ、命を天秤にかけて、見捨てたくないっていう私の気持ちを否定したがっているだけ。
確かなのは……この男の言っていることが本当だったとして、“両方”を救う方法が私には思い付かないってことだ。
今だって、ただ周りを巻き込まないように守るだけで精一杯なんだから。
「制限時間は、三秒です。さあ始め」
ガエリオが、炎の塊を私とは無関係な街の方に放り投げた。
迷っていたせいで、初動が遅れた。今更あれを防ごうとしても、間に合わない。
最悪だ。余計なお喋りに心を乱されてる暇があったら、目の前のコイツを最速最短で倒す方法でも考えていた方がずっと良かったのに。
いくつもの後悔が頭に浮かんで、ただ意味もなく落ちていく炎塊に手を伸ばして……その、先で。
突然、炎が雷光に貫かれて、消し飛んだ。
「は? 一体何が……ぐぶっ!?」
空に浮いていたガエリオが、何かに弾かれるようにして地上に叩き落とされる。
全く理解が追い付かない私の前に、雷光と共に一人の女性が現れた。
「仮面ちゃん、一つ教えておいてあげるよ〜。天秤に載せられた二つの命を、同時に救う方法」
灰色の髪に、だらしなく着崩した王宮魔導師のローブ。
こんな状況なのにやる気が感じられない間延びした口調は、不思議と私に安心感を与えてくれた。
「“二人で二つを救えばいい”んだよ。先輩からのアドバイス、覚えておいてね〜」
『ろ……ローラさん!!』
“無貌の魔導師”ローラ・リキュール。
まだ出会ったばかりのお姉さんが、そこにいた。
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