第10話 虐めと別れ
ルミア様の特別授業以来、私の日常は少し変わってしまった。
始まりは、寮の部屋に届いた謎の脅迫状。
これ以上、殿下と関わるな……っていう文章が書かれたそれを見て、嫌な予感はしてたんだ。
廊下ですれ違う女子生徒が、明らかにわざと肩をぶつけてくるようになった。
魔法実技の授業で、流れ弾が私に直撃するコースで飛んで来た。
トイレに入ったら、上から水をぶっかけられた。
そして……寮に戻ったら、私の部屋がめちゃくちゃに荒らされていた。
「はあ……貴重品、持ち出しといて良かった……」
明らかに魔法でやったんだろう、扉が強引に破壊されて、中の家具もほとんどが破壊されてる。
魔法があると、こんなにもやることが派手になるんだな……って、集まった野次馬に囲まれながら、どこか他人事のように思っていると。
そんな人垣を乗り越えて、悲痛な声が聞こえてきた。
「メアリア……!」
「アティナ様……」
私よりも泣きそうな顔で駆け寄って来たアティナ様は、部屋の中を見て絶句した。
ひどい……と、思わず零れ落ちたその言葉を聞くだけで、私の心が幾分か色を取り戻したような気がする。
「メアリアは……大丈夫? どこか、怪我は?」
「私は大丈夫ですよ。授業に出ている間にやられたみたいですから」
「そう……良かった」
そこで、アティナ様はハッとしたように顔を上げる。
「ごめんなさい、ちっとも良くなんてないわよね……! ただ私は、メアリアに何もなかったことが、不幸中の幸いだったなって言いたいだけで……!」
「分かってますよ、アティナ様。心配してくれてありがとうございます」
上手く、笑えているだろうか?
アティナ様に心配なんてかけたくないから、精一杯笑って誤魔化そうとして……。
「メアリア……」
余計に、悲しげな顔をさせてしまった。
……ダメだな、私。大切な友達一人、笑顔にしてあげられないなんて。
「……すみません。片付けがあるので、これで失礼します」
「待って、メアリア……!」
部屋に入った私は、土魔法で出入口を塞いで、強引に会話を打ち切った。
ベッドもバラバラだったから、適当な壁にもたれかかって、そのまま座り込んで……大きく、溜息を吐く。
「……明日から、どうしよう」
辛い気持ち以上に、なんだか懐かしいって気持ちが湧き上がる。生まれ変わる前は、ずっとこんな感じだったから。
……正直なところ、この学園を中退してしまうというのも一つの手だ。
私は腐っても“仮面の魔女”だし……家族で唯一事情がバレているお姉ちゃんもいるから、そのコネを頼って騎士団に入隊したり、あるいはルミア様みたいな王宮魔導師に登録して貰ったっていい。
元々、お姉ちゃんには「学園なんて通わないで、私の部下になってよ、ね? 一緒に騎士団で楽しく働きましょ?」なんて熱烈な歓迎を受けていたから、多分中退するって言ったら喜んでくれると思う。
それでも私が、この学園に拘ったのは……アティナ様が、友達がいたから。
前世ではまともに送ることも出来なかった学生としての生活を、今度こそ楽しんでみたかったからだ。
だから……。
「諦めたく、ないなぁ……」
でも、どうすればこの状況を打破出来るのか、私には分からない。
途方に暮れて、ただボーッとしていると……ふと、窓から風が吹き込むのを感じた。
「……メアリア、大丈夫かい?」
「……殿下。なんてところから入って来てるんですか?」
窓辺に足をかけて部屋に侵入してきたのは、赤髪の男装美少女……殿下だった。
私の力無いツッコミに、殿下は苦笑を浮かべる。
「仕方ないだろう? 本来出入りするべき扉は、君が完全封鎖してしまったんだから」
「…………」
ぐうの音も出ない正論だ。
「そこまでして、入って来る必要なんて……」
「あるさ。今回の件は、僕のせいなんだろう?」
違うって、否定しなきゃいけないのに。私は、言葉が出て来なかった。
これくらい、最初から簡単に予想出来た流れで……予想しておいて、何の対策も取れなかった私が悪いのに。
「安心してくれ。首謀者には、僕が責任を持って釘を刺しておくから。どのみち……僕もそろそろこの学園を離れるからね、すぐに落ち着くだろう」
「え……離れるって、どういうことですか?」
「言葉通りさ。公務の一環でね、第一王子として、王族の支持基盤となっている貴族の下へ挨拶に行かなければならない。色々と理由を付けて、もう何年も顔を出していないからね……僕がいるうちに、出来るだけ纏めてやっておかないと」
「それって、どれくらいですか……?」
「一ヶ月ほどの予定だよ。やると決めたら、一度に回ってしまった方が楽だから」
アティナ様が、「ルカリオ殿下とは今まで会ったことがない」と言っていたのを思い出す。
暗殺の恐れがある中で、そういった顔出しもずっと最小限だったんだろうな。
「だから……安心して、今までの生活に戻ってくれ」
「…………」
なんだろう、別に何がおかしいって、具体的に説明出来るわけじゃないんだけど、なんだか……今の言葉、まるで……。
「殿下……戻って、来ますよね……?」
今生の別れ、みたいに聞こえた。
「なんだ、僕がいないと寂しいのかい? 困った子猫ちゃんだ」
「だ、誰がそんなこと言いましたか!? ていうか、私は殿下の護衛でしょう? 傍にいなくていいんですか!?」
「あれは、学園内だけの約束だろう?」
「それは、そうですけど……」
あれ? そんな話だったっけ?
誓約書と言いながら、殿下に押し付けるための一枚しか書いてなかったから、細かいところは忘れてしまった。
「心配するな、この挨拶回りは公務だから、近衛もついて来る。ただ……そうだね、一ヶ月も会えないのは、確かに寂しい」
そう言って、殿下の顔がスッと近付いて来る。
あまりにも自然に、あまりにも躊躇なく唇が重ねられて、私には抵抗する暇も……その考えすら浮かばなかった。
「んっ、んぅ!?」
反射的に後退ろうとしたけれど、私がいるのは元々壁際だ、逃げ場なんてない。
その上、魔法一本の私と違って殿下は体も鍛えてるんだろう、手首を掴まれたら、もう何も出来なくて……。
それはもう、思いの丈を全部ぶつけるみたいな、長くて深い初めてのキスに、私はただただ目を回してしまう。
「うぅ……は、初めてだったのに……」
やがて満足した殿下が離れたことで解放された私は、涙目でそう呟くことくらいしか出来なかった。
そんな私に、殿下はにやりと笑う。
「僕もそうさ。おあいこだね」
「勝手にキスしながらその言い草はどうかと思いますけど!?」
「ふっ、ふふふ……!」
急に笑い出した殿下に、私は頭の中が疑問符でいっぱいになる。
そんな私に、殿下は言った。
「やっぱり、君は優しいな。誰よりも自由な翼を持っているのに、誰かのためにいつもそれを畳んでくれている」
「…………」
そんなわけない、って言いたかった。
私に翼なんてないし、ましてそれを誰かのために畳んでいるつもりなんてないから。
でも殿下は、まるでそれが真実であるかのように微笑んで、立ち上がる。
「そうだ……君に、一つ頼みがあるんだ。せっかく選んで貰った杖だけど、昨日の暴発を起こして以来、どうにも感覚が合わなくてね。しばらく使う予定はないんだが、暇があったら、診ておいて貰えると助かる」
「あ……はい」
渡されたのは、殿下が授業のためにと買い求めた杖。
短くて扱いやすい、ごくシンプルなそれを手に取ると、殿下はそのまま私に背を向けた。
「それじゃあ……さようなら」
そう言い残して、殿下は去っていく。
残された私は、唇に残った感触を拭い取るように、何度も腕を擦り付けて……それでも一向に消えない熱に、いつまでも悶々とするのだった。
私の中にあった明日への不安が、いつの間にかすっかり無くなっていることにも、気付かないまま。
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