第8話 殿下とのレストラン

 殿下に連れられて向かったのは、王都にあるレストラン。

 まあ、そこまではいいよ。そういう話で付いて来たんだし。


 問題は……連れて来られたレストランが、明らかに貴族の中でも限られた大貴族をもてなすための、超高級レストランってことだよ!!


「こ、ここって、制服で入っていいところなんですか……?」


「何を言っているんだい? 魔法学園の制服は、社交場でも使用を許された正装じゃないか、何も問題はないよ」


「そうかもしれないですけどぉ……!」


 私も貴族ではあるけど、辺境の貧乏男爵家出身だ。


 こんな、明らかに王族御用達ですよみたいな顔をしたレストランでの食事とか、場違い過ぎて足が震えちゃうんだけど。


「今日は貸し切りだ、そう固くならず、寮の自室のようにくつろいでくれ」


「無理ですよ!?」


 ここで寛げるのなんて、あんたとアティナ様くらいでしょ!!

 あ、ベアトリーチェ様も平気そうだな。


「そうか……ここの料理は絶品だから、是非とも君に味わってみて欲しかったんだが……」


 本当に残念そうに、殿下が呟く。

 そんな風に言われて、帰るなんて言えるほど私の肝っ玉は大きくない。


「べ、別に食べないとは言ってないですから!」


 実際、どんな料理が出て来るのか興味があるのは事実だし。

 そんな私のもごもごとした言い分に、殿下は満面の笑みを浮かべる。


「そうか、それは良かった。ゆっくり楽しんでくれ」


「うぐぐ……」


 なんだか思惑通りに動かされている気がして、ちょっと納得いかない。

 そうこうしている間に、テーブルに料理が運ばれて来た。


 私も一応は貴族の端くれだから、食事のマナーくらいはちゃんと抑えている。

 だから、ただ食べる分には問題ないだろうと思っていたんだけど……なんだこれ、見たことない食べ物が出て来たぞ。


 前菜らしくスープなんだけど、お皿が二つ並べられた。

 それぞれ色の違うスープを前に、私はどう食べるのが正解なのか分からず固まってしまう。


 ……普通に食べ比べればいいの? それともちょっとずつ混ぜて食べる系? 混ぜるとして、どっちをどっちに?


 貸し切りとはいえ、従業員は普通にいる。聞けばいいだけの話だと言われればその通りだ。


 でも、こんな見るからに場違いな私がそんなこと聞いたら、「そんな事も知らないでよくこの店に来れたわね……」って呆れられない?

 こういうお店で働いてるのは、大体が貴族かその縁者。つまりこのお店での失態はそうした繋がりからあっという間に学園内に広がって……アティナ様の耳にまで届いてしまう。


『メアリア、そんなこと貴族なら赤ちゃんでも知ってるわよ? ここまで常識知らずな子だなんて思わなかったわ……もう話し掛けて来ないで』


 嫌だぁーーー!!

 私はアティナ様に見捨てられたら生きて行けないのーーー!!


「メアリア」


 体は彫像のように固まったまま、頭の中だけ大パニックになっている私に、殿下の声がスッと入り込む。


 目の焦点を合わせると、殿下は私に手本を見せるように、ゆっくりと片方のスープを掬ってもう片方に垂らし……スープ同士が混ざり合った瞬間、その部分だけが色を変えてお皿の上にふわりと浮かび上がり、水球を形作った。


「おお……!」


「面白いだろう? ここはこういった、料理の組み合わせで魔法を魅せ、視覚でも楽しませてくれる店なんだ。確かに値段はそれなりだが、どちらかといえば若年層向けのカジュアルさを売りにしている。肩の力を抜いていいと言ったのは本当だよ」


 空中に浮かぶスープの水球を、殿下がそっとスプーンで掬い取る。


 小さなシャボン玉のようなそれを、殿下はそのまま口に運んだ。


「それに……味が絶品だと言ったのも本当だ。君も食べてみてくれ」


「は、はい……」


 言われるがまま、私は殿下の真似をしてスープ同士を少しだけ混ぜ合わせる。


 混ざった部分の色が変わり、スープの中から誕生するように浮かび上がる水球に、私は感嘆の息を吐いた。


「空に浮かぶスープ……風はないし空間固定もない、つまり液体同士の反発作用? 微弱な斥力場が生じているとすると、考えられる素材は……この強さで食材にもなるなら竜の涙と妖精の花? でもそれだと混ぜた後に反発し合ってその前は普通に混ざり合う特性が説明出来ない……」


「メアリア?」


「いや、妖精の花は花弁と蜜が揃ってこそ、外敵避けの魔力を放出して、竜の涙の魔力と反発し合うようになる。つまりこっちのスープに花弁だけを混ぜ合わせて、そこに蜜を垂らすことで、花弁が蜜と反応して斥力場を生み、元々混ざっていた竜の涙と分離して色が変わる! だから混ぜる順番を左右逆にすれば、きっと……! やっぱり! また違う色の水球になった! 予想通り!」


 思った通りの結果が生まれ、大喜びでバンザイする。


 いやでも、この要素だけじゃ反発されて浮かび上がった液体が球状になるのはおかしい。

 しかも、スプーンで掬い取った後もこの形を維持しているなんて、どういう理屈でそうなっているのか見ているだけじゃ全く分からないよ。


 食べてみたら分かるかな……うーん、分からない! でも美味しい!


「ふふふ……楽しんでくれているようで何よりだよ」


「…………」


 自分が今どこで何をしているのかを思い出して、私はサーッと血の気が引いていく思いがした。

 ひとまず、スプーンを置いて土下座……は出来ないので、その場で頭を下げる。


「大変失礼しました……」


「なぜ謝る? 僕は君に楽しんで欲しくてここへ連れて来たんだ、そのまま続けてくれるのが、僕としては一番嬉しいんだが」


 そう言われて、じゃあ続けます! って出来るような性格なら苦労はないわけで。

 再開するのもしないのもどっちも出来ずにただオロオロしている私に、殿下はくすくすと笑う。


 心から楽しそうなその姿に、私はずっと気になっていたことを尋ねた。


「殿下……私のこと、一目惚れだ、とか言ってましたけど……幻滅、しないんですか……?」


「幻滅? なぜだい?」


「いやだって、私が"仮面の魔女"だなんて、私でも何の冗談かと思いますし……」


 国中あらゆる場所に現れては、返礼も求めず人々を救う正体不明の英雄……仮面の魔女。

 その正体が、こんな些細なことで挙動不審になる陰キャだったなんて知ったら、大抵の人は幻滅するなりなんなりすると思う。


 でも殿下は、そんなわけがないとばかりに笑い飛ばした。


「僕が惚れたのは、君の優しいところだから」


「……優しい?」


 そういうのは、アティナ様とかそういう人に向けて口にするべき言葉だと思う。


「何の見返りも求めず、危険を冒して人々を救う"仮面の魔女"が優しくなかったら、誰が優しいと言うんだい?」


「それはその……私にも目的というか、メリットがあってしていること、なので……」


 アティナ様と話すための話題作りっていう……いや、改めて考えると情けなさ過ぎるな、理由が。


「だとしても……白竜を相手に、自分が一方的に攻撃に晒されることになってでも、安全な上空まで誘導していく君の姿は、とても眩しかったよ。自由自在に空を舞い、圧倒的な力で世界すら塗り替えるような魔法を持ちながら……万が一すら避けるようにただ一人リスクを負うというのは、なかなか出来ることではない」


「…………」


 白竜の攻撃は苛烈だ。あいつの放つ氷槍一本で、家の一件や二件は簡単に粉々に吹き飛んで、結界一つまともに張れない一般人は即死してしまう。


 それは、私の《幻影世界ファントムワールド》にしたって同じこと。

 幻影の効力を高めるために、あの空間に閉じ込められた生物は全て精神を揺さぶるための魔力波に晒されて、何の備えもない人はものの数秒で発狂してしまう恐れがあった。


 だからあれは、私が勝つために当たり前にやるべき第一段階であって……優しいとか優しくないとか、そういう話じゃない。


 私の都合で首を突っ込む以上、誰も傷付けたくないっていう、単なる私の我儘だ。


「実際にこうして関わりあって、益々僕は確信を強めている。君はとても優しくて、純粋な人だと。嫌だ嫌だと言いながら、こうして僕の誘いに乗ってくれているしね」


 いや、それはあなたが強引過ぎるだけです。

 ……なんて言える空気じゃないよね、これ。


「だから……僕がこうしてここにいられる間だけでも、同じ時間を過ごしてみたかったんだ」


「え……?」


 今の、どういう意味だろう?

 まるで、近い内にいなくなっちゃうみたいな……。


「さて、次の料理が来るぞ。ここはメインディッシュも面白いからな、楽しみにしていてくれ」


「…………」


 何だかスッキリしないまま、私は殿下との食事の時間を、何だかんだでそこそこに楽しむのだった。

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