23:感謝を胸に

 破壊された天空神の聖域には、リーダーである悠斗の帰還という一時の安堵も束の間、再び重苦しい沈黙が支配していた。


 彼の口から最後に発せられた「黒幕(サイズ博士)はどうなったのか?」という問い。それは、メンバーたちが目を背けたくとも、向き合わざるを得ない現実を突きつけていた。


 先ほど、ナイトライザーが去った後に突如現れた謎の老人――サイズ博士。彼が黒いサクラを操っていた黒幕であるという事実は、メンバーたちにとって信じがたい衝撃だった。


 いや、彼らにとっては、それは『篠上教授』の裏切りに他ならなかった。


「信じられねぇ…あの篠上って爺さん、エリスさんの先生なんすよね?それが黒幕だったなんて…」


 カイが、吐き捨てるように呟く。その声には、裏切られたことへの怒りと、理解できない事態への混乱が滲んでいた。


「サクラさんを攫って、あんな気味の悪いAIまで作って…ただの大学教授じゃねぇな、あれは…」


 別のメンバーが同意するように言う。


「まるでマッドサイエンティスト、か。だが、目的は何だったんだ…?我々を襲って、何になるというんだ?」


 アスマが低い声で疑問を呈する。彼の冷静な思考でも、その動機までは推し量れない。


「でも、ナイトライザーが黒いサクラを倒したんだから、あの爺さんの計画も失敗したってことだよね?」


 精霊術師のケヴィンがわずかな希望を込めて言う。


「だといいのですけれど…なんだか、とても不気味な感じでしたわね…。

 最後に消える時の、あの歪んだ笑み…それに、黒いサクラのデータを回収したようなことも言っていましたわ」


 カノンが冷静に指摘する。彼女は、サイズ博士の言動から、事態がまだ終わっていないことを敏感に感じ取っていた。


 口々に飛び交う憶測と不安、そして裏切りへの静かな怒り。

 誰もが、先ほど目の当たりにしたサイズ博士の異様さと、その底知れない悪意を思い返し、背筋に冷たいものを感じていた。


 エリスは、仲間たちの会話を聞きながら、俯き、ぎゅっと唇を噛みしめている。恩師の裏切りという事実は、他のメンバーが想像する以上に、彼女の心を深く、そして鋭く抉っていた。信頼していた人物が、自分たちの命を脅かす敵だったのだ。

 その事実は、彼女の世界を根底から揺るがしていた。


 悠斗は、そんなメンバーたちの様子と、未だ戦闘の爪痕が生々しい聖域の惨状を、複雑な思いで見渡した。


 ナイトライザーとしての戦闘の疲労、仲間を真実を告げられないこと、そしてサイズ博士という新たな、そしておそらくはこれまで以上に強大な脅威への警戒心。

 様々な感情が胸の中で渦巻いていたが、今はリーダーとして、この場を収め、傷つき、混乱している仲間たちを安心させなければならない。


 彼は、回復魔法を受けたとはいえ、まだ僅かに重さの残る体で、ゆっくりと、しかし確かな足取りでメンバーたちの中心へと歩みを進めた。その背中には、若きリーダーとしての重責がのしかかっている。


「みんな……」


 悠斗が静かに、しかし全員に届くように呼びかけると、ざわめきが収まり、メンバーたちの視線が彼に集まる。


 その声には、疲労の色は隠せないものの、リーダーとしての決意と、仲間への深い想いが滲んでいた。


「まず…今回の作戦のことだ。本当に、無茶だったと思う。みんなには、また怖い思いをさせてしまった。…それでも、最後まで俺たちを信じて、付き合ってくれて……本当に、感謝してる」


 悠斗は深く、深く頭を下げた。その白銀の鎧が、彼の動きに合わせて鈍い光を放つ。


 隣に立つエリスも、そっと倣うように頭を下げる。彼女の表情もまた、感謝と申し訳なさで一杯だった。


 リーダーからの真摯な謝罪と感謝の言葉に、メンバーたちの間に流れていた険しい空気や疑念が、少しずつ和らいでいくのが感じられた。彼らは、リーダーが自分たちのことを気遣ってくれていることを理解したのだ。


「ユートさん……いや、オイラたち、正直なんもできなかったっすよ!あんたが戻ってくる前に、あの黒いサクラ…っていうか、最後はマジでヤバい竜になっちまって、手も足も出なかったし!あんたが光の粉になっちまうのも、止められなかったし……」


 カイが、瓦礫に腰を下ろしながら、悔しさを滲ませつつも正直な気持ちを口にする。彼のプライドが、何もできなかった自分を許せないでいるのだろう。


「そんなことはないよ、カイ」


 悠斗はゆっくりと顔を上げ、カイの目をまっすぐに見て首を振った。


「君たちの勇気と覚悟がなければ、作戦自体が成り立たなかった。あの黒いサクラをおびき出すことができたのも、みんなが危険を承知で、あの偽りのエンゲージに協力してくれたからだ。みんなが必死に戦って、持ちこたえてくれたからこそ……」


 悠斗はそこで言葉を区切り、先ほど仲間たちから聞いたばかりの、謎の白い騎士の姿を思い浮かべる。


「……みんなが最後まで頑張ってくれたからこそ、そのナイトライザーって人が来てくれたのかもしれない。俺は、リーダーとしてみんなに危険な役割を押し付けてしまった。本当に、すまなかった。」


 その言葉には、紛れもない本心からの感謝と謝罪が込められていた。

 その力強い言葉と、真っ直ぐな視線に、カイは少し照れたように


「へへっ…まあ、そうっすかね?」


 と頭を掻き、視線を逸らした。


 アスマは相変わらず無表情だったが組んでいた腕を解き、わずかに頷いたように見えた。

 カノンも、僅かに口元を緩め、リーダーの言葉を受け止めているようだった。


「それから…」


 悠斗は続ける。


「みんなが一番心配してくれていた、桜華姉のことだけど…」


 メンバーたちの表情が、再び真剣なものになる。誰もが息を呑んで、彼の次の言葉を待っていた。


「さっき、現実世界の方から連絡があったんだ。…無事だ。本当に、頼りになる人が、間一髮のところで助け出してくれた」


「!」

「本当ですか!?」

「よかったぁ…!サクラさん、無事だったんだ…!」


 メンバーたちから、堰を切ったような安堵の声が一斉に上がる。


 聖域を満たしていた重苦しい空気が、一瞬にして霧散したかのようだ。

 特に、桜華を姉のように慕っていたアカリや、人一倍怖がりなモモは、目に涙を浮かべて心から喜んでいる。


 その純粋な反応に、悠斗もエリスも、胸が温かくなるのを感じた。この報告ができただけでも、戻ってきた甲斐があったというものだ。


「それで、サクラさんは…いつ頃、こちらに顔を出せそうですか?早く元気な顔が見たいです」


 アカリが少し落ち着きを取り戻してから、おずおずと、しかし期待を込めて尋ねる。


「ああ、それなんだが…」


 悠斗は少し言葉を選ぶように間を置いた。ここで、亮やガーデンのことを詳しく話すわけにはいかない。


「助けてくれたのは、亮さん…神月こうづきりょうさんっていう、桜華姉の高校の時の先輩なんだ。すごく腕が立つ人でね。その亮さんが言うには、桜華姉も今回の件で、身体的にも精神的にもかなりショックを受けてるらしい。だから、少し休養が必要だろうって。EIOに顔を出すのは、もう少し時間がかかるかもしれない。でも、必ず元気になって、またみんなの前に姿を見せてくれるはずだ。だから、もう少しだけ待っていてやってほしい」


 彼は、できるだけ安心させるように、しかし詳細は伏せて説明した。


「そう…ですか。でも、ご無事なら何よりです…。ゆっくり休んでほしいですね」


 アカリは、少し残念そうな表情を浮かべながらも、悠斗の説明に納得したように頷く。


「……そうか、サクラが無事なら何よりだ」


 アスマが、短く、しかしどこか肩の荷が下りたような声で呟いた。


「だが、ユート。あの黒いサクラを操っていた奴はどうする? あいつは、黒いサクラの残骸を回収して消えた。俺たちには手出しできなかった。」


 アスマは、自分たちが目撃した事実を報告する。

 悠斗は、アスマの報告に目を見開く。


「黒いサクラを……回収…?」

「ああ。どうやら、そいつが黒いサクラを遠隔で操っていた張本人らしい。黒いサクラが活動を停止したおかげで、最悪の事態は免れたがな」


 アスマは淡々と事実を述べる。


「……そうか。」


 悠斗はアスマの言葉を噛みしめるように反芻し、表情を曇らせた。


「厄介ですわね……」


 カノンが、冷静な口調で、しかしその声にはまだ拭いきれない疑念と警戒の色を滲ませながら言った。


「あの『リアルな痛み』の感覚…そして、エリスさんが言っていたサイズ博士が篠上教授だということ…。もし、それが真実なら、これはEIOというゲームの中だけの問題では済まされないのではなくて?」


 カノンの鋭い指摘に、メンバーたちの間に再び緊張が走る。


「うぅ……カノンさんの言う通りなら……じゃあ、まだ、安心できないの……?」


 モモが、カノンの言葉に怯えたように声を震わせ、再びアカリの腕にギュッとしがみついた。

 悠斗は、モモの不安を和らげるように、できる限り優しい声で、そして安心させるように微笑みかけた。


「大丈夫だよ、モモ。……うん、カノンさんの言う通り、確かにまだ心配なことは残ってる。でも、みんなの話を聞く限り、あの黒いサクラは活動停止したみたいだから」


 彼はモモの頭を優しく撫でるような仕草を見せ、そして他のメンバーたちにも語りかける。


「今は、難しいことを考えるのは一旦やめよう。今日のところは、一度ログアウトして、しっかり休養を取ってほしい。みんな、本当に疲れているはずだしね。」


 エリスも、悠斗の言葉を力強くサポートする。


「そうだね、ユート。黒いサクラはもういないし、あのレイドゾーンのような特殊な場所に法則を無視して強制転移させられるような、直接的な危険は去ったと思います」


 彼女の落ち着いた言葉は、メンバーたちの不安を少し和らげる効果があったようだ。


 悠斗は、仲間たちの表情が少し和らいだのを見て、改めて深く息を吸い込み、そして、心の底からの感謝を込めて、もう一度、力強く言った。


「今はただ、みんなの無事を喜びたい。そして、この無茶で、危険な作戦に、最後まで信じて協力してくれたみんなの勇気に、心から感謝する。本当に、ありがとう」


 悠斗は再び、深く、深く頭を下げた。


 その感謝の言葉と行動は、彼の誠実さとリーダーとしての成長を物語っていた。傷だらけの神聖騎士の姿が、今は何故か、以前よりもずっと大きく、頼もしく見える。


 メンバーたちは、そんな悠斗の姿を、それぞれの想いを胸に静かに見つめていた。疲労と安堵、残された謎への不安、そして仲間との絆。


 様々な感情が入り混じる中、天空神の聖域には、ようやく戦いの終わりを告げる、穏やかだが、どこか物悲しい風が吹き抜けていった。

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