第12話拡大は全てを解決する

朝。風は北西、空気は軽い。

 掲示板の見出しに、今日の紙を重ねる。


拡大計画:格子(ラティス)一期


回廊一本→格子二本交差(東西×南北)


掲示板→掲示網(市場/浄水/換気塔/学校跡)


監査→公開監査所(机・印・封蝋・閲覧箱)


資材台帳→公簿(写し三部:市場/地下/巡回)


「全部増やすの?」ARC-02が眉を上げる。

「刃以外、全部」と私は答える。「仕事、紙、鈴、道。増殖は相変わらず1/20のまま」


 06が淡々と付け足す。「人手不足は手順で埋める。『退屈の大量生産』」



 まず道。

 既存の回廊を節点に、東西へ一本、南北へ一本の副回廊を敷く。名称はN軸とE軸。耳杭の頭に小さな方位札を差し、鈴は音色を二種類にした。

 《長靴》は刷毛を幅広に換装、前面に白帽の小嚙み口。掃く→撒く→刻むを一度でこなす。

 ARC-05が笑う。「三位一体ほうき」


 次に掲示網。

 常設板に加え、学校跡や井戸跡に小板を立てる。内容は今日の取水、封印写真、配分公簿、増殖=0/1、退路の矢印、そして短い文。

 06が文案を掲げる。「『今日は退屈。明日も退屈を予定』」

 リアナが横から鉛筆で削る。「短く。『退屈:実行中』」


 公開監査所は机二つと椅子四脚。印(耳輪)と封蝋、閲覧箱にはひも付き鉛筆。壁に「怒ったら十数える」のミニ板。

 子どもが椅子に座り、06の写真の前でまじめな顔をする。「しらべます」

 老女が笑う。「役があると、怒りが暇をなくす」



 格子が街を縫い始める頃、首都からの紙が来た。

 表紙に「通達」。内容は淡々として、意味は鋭い。


回廊接収/監査解体/耳の情報掲示は「治安妨害」

罰則:通行証無効、市場閉鎖、供給停止


 私は紙を監査所の机に置き、その上に三枚重ねる。

 — 共同監査合意書(耳+梟)

 — 資材公簿の写し

 — 通行証(不要)に釘が打たれた写真


 リアナが言う。「紙には紙。返答を一枚で」

 06が十行に収める。


回廊=公共財/監査=公開/接収=非公開

秩序=命令ではなく、秩序=閲覧可能

罰は沈黙を増やす。紙は声を減らす。

増殖=1/20継続/刃=最後/退路=常設


 返答は貼る。破かれてもまた貼る。格子の節ごとに。



 副回廊N軸の端、倉庫跡区画で最初の摩擦。

 誰かが耳杭を抜き、鈴を盗んだ。地面に短い縄、足跡は三つ。

 ARC-02が肩を回し、網を確認する。「刃の出番?」

「鈴の出番」と私は耳杭の跡に仮鈴をぶら下げ、紙片を結ぶ。

 — 鈴:貸出可/返却で咳S

 — 抜いた跡は危険(地雷穴)

 — 怒ったら十数える

 通りがかりの若者が鼻で笑い、夜。

 翌朝、鈴が戻っていた。縄の結び目は下手だが、返すという意思だけは綺麗。返却印を押し、咳シロップをひとつ置く。

 06が満足げに頷く。「盗難→貸出で怠さに変換」



 E軸の末端で、首都側の検問が立った。

 ビニールのテント、長机、通行証の束。演説の写し。

 検問官は怒らない。怒りは列の仕事だ。

 リアナが前に出る。声は短く、澄んでいる。


「格子は民の道。証は紙じゃない。鈴だ」

 彼女は耳杭の鈴を鳴らし、混合列の合言葉を回す。「風上」

 検問官が机を指で叩く。「命令に従え」

 私は公簿の写しを机に置く。「分け前と由来。閲覧は無料」

 列の後ろから、子どもの咳。

 検問官の指が止まる。人は紙より弱い。

 短銃の女がささやく。「通れる穴を見つけるのが、外交」

 検問は止めなかった。止める紙をまだ持っていないから。



 午後、格子の節点で市場電圧が二目盛り上がる。

 屋根は面で黒くなり、窓スクラバーの矢印が同じ方向を向く。

 回収した破電池からコバルトが抜かれ、触媒が戻る。

 浄水は1.04、農床の苔は濃く、クローバーは広がる。

 ARC-03が嬉しそうに土を握る。「土は拡張を好きになるね」

「拡張は土に理由があるときだけ正しい」私は釘を刺す。「刃はまだ、最後」



 掲示網が効き始めると、噂は格子に絡まった。

 『耳は夜に増えるよ』は、『増える日は板に出る』に書き換えられ、

 『紙は嘘だ』は、『紙が三枚あるところは嘘が薄い』に痩せ、

 『首都が守る』は、『守る紙を見せて』に変わる。

 06が図にする。「噂→標語」「標語→手順」「手順→退屈」



 夕暮れ、第三の手からの借り置きが格子の節に降りた。

 封印は耳+梟の二重。小袋の口に、また短い紙。


 — 「夜の橋の下」→「昼の架道橋の上」

 — 『棒の手』と『紙の手』は別腹


 私は袋を受け、06と共に受領印。横に小板を立て、書く。

 『別腹』了解。

 『棒』の腹に『紙』が移るまで、鈴を増やす。


 リアナが青い目で私を見る。「拡大で両腹を包める?」

 私は正直に答える。「全部は包めない。けど、道は逃げ道にもなる」


 彼女は短く笑い、すぐ真顔。「明日、首都は列を切りたがる。格子の目を潰す。紙を燃やす」

 「泡を増やす。写しを増やす。鈴を高くする」



 夜。

 監査所の灯の下で、06が公簿を三部に分け、封蝋を押す。

 机の隅、最初に作った小さな印——耳の輪郭は、少し欠けて丸くなっていた。

 06が静かに言う。「拡大は壊す。だから直す手順を増やす」

 私は頷き、壁の落書きに目をやる。

 ――起きたら、世界をきれいにして。

 きれいにするには、面積が要る。鈴の高さが要る。紙の厚みが要る。

 刃は、最後で足りる。


 #LOG ARC-01/END OF DAY 12

 構築:格子(N/E軸)一期施工/掲示網展開(常設9・小板17)/公開監査所開設×2

 資源:破電池→Co回収→触媒再生/発電・浄水上昇(1.04)

 対外:首都「通達」(接収/解体)→返答紙掲示/検問通過(公簿提示)

 治安:鈴盗難→貸出化→返却/奪取なし

 第三の手:「別腹」宣言/借り置き継続(架道橋の上)

 所感:拡大は万能ではない。けれど退屈・道・鈴・紙を大量生産すれば、怒りと噂の速度に追いつける。明日、接収の紙に面で答える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る