転生P、俺の担当は世界で一番かわいいスライムです!

もずくの天ぷら

第1話 女神なんてクソ喰らえ

 人生をかけたなんて生半可なもんじゃない。死後の魂すら売り飛ばした。

 それなのに……。


「本当に申し訳ありません。ファンの方々の期待を裏切ってしまい――」


 俺の期待はなんだっていうのだ。


「関係者の皆様にはなんとお詫びをしたらいいのか――」


 その関係者に俺も入っているのか? 契約書を交わしただけのクライアントと俺は同列か? それ以下か?

 一週間。ほんの一週間前までは女神だ、歌姫だと心底信じていた。俺の担当アイドルはこの子だと。この世の全てだと。

 だが、既婚者と不倫の上、妊娠。

 すっぱ抜きの記事をみたときは頭が真っ白になり、嘘だ、でっちあげだと思ったのだが、この有り様だ。

 フラッシュライトがたかれ、謝罪会見を開いている今ですら信じられない。だが、すべてが真実だと言っている。まだ記事には出ていないが、青年実業家といわれている相手との正式交際が決まっている。現在の奥さんとは別れるそうだ。

 事務所が被った賠償金は二人で返していくと健気に言っていた。事務所もそれで手打ちとした。

 だが、俺は? 俺はどうなる? 俺は、俺は、何だったんだ? 練習生時代から信じて、方々に頭を下げて、泥水を啜り、文字通り血反吐を吐きながらここまでやってきた俺は?

 育成したなんて口が裂けてもいえない。原石だった。間違いなく原石だった。だが、俺は間違いなくその原石を光り輝かせるために必要な存在だった。そのためにはなんだってしたというのに俺は――。


 記者会見を最後まで見ていられず、逃げるように舞台袖から出る。

 悔しかった。憎かった。言葉では到底言い表せない、こみ上げる憎悪に耐えられなかった。

 少しでも新鮮な空気を吸いたくて、一階の非常口を目指す。

 階段にかけた足がふらつく、そりゃこの一週間一睡もできなかったからな。手に力が入らない。最後に食べものはなんだったのか思い出せない。

 天地が逆転し、強い衝撃が頭を打ち付ける。血が流れるのが見えた。意識が朦朧とする――もはや、どうなってもいい。





 気がつけば外にいた。左手には煉瓦が積まれた城壁のような壁。見上げるほど高く、前後に弧を描いて続いている。

 右手は森のようだった。

 気がつけばというのは語弊がある。

 死んだと思った俺は女神にあった。アイツのことじゃない、本当の女神だった。

 だが、そいつは言った「死すべき魂を間違えた」と。「責を負う。隠さねば」と。

 俺になんの説明もなく、ただそう言って気がついたらここにいる。

 死すべき魂というのは俺のことか? 隠さねばというのは隠蔽しなくてはいけないということか? 責任を取らずに?

 どういうことだ? 意味がわからない。 わかりたくもない。

 女神? なんで俺は一瞬でもアレを女神だと思ったんだ? ふざけるな――女神なんてクソ喰らえだ。

 ひとしきり頭を地面に打ち付けたあと、小一時間だろうか、空を見上げていた。


「そらはあおいなー」


 まったくもって青い。青い空、白い雲。もう、本当に青い。

 そうだ、このまま死のう。スーツのベルト、これがいい。そう思っていた。

 どこからか音がする――。


『ピピピピッピー!!!』


 警報ブザーにしては軽い、だがやけに耳につく。

 最初は無視していた。しかし、耐えられず、見るだけ見に行こうと立ち上がる。

 何なんだこの音は――。

 音の発生源は、草むらの向こう側からだ。かき分け探すと、木の根元ねもとの隙間に逃げ込んだ――スライム?

 ゲームや小説にでてくるおなじみのモンスター。水色でぷるぷる震えるあれだ。

 そいつが入り組んだ根っこの隙間に体の柔軟性を活かして潜り込んでいた。警戒音の正体はこいつだ。

 その原因は、隙間の前を陣取っている大きなネズミ。モルモットよりも大きい。

 そいつは土を削り、木の根をかじりながら徐々に近づいていく。


『ピピピピー!!』


 必死で上げる音に、関係ないと踵を返そうとした。

 世界は俺を裏切った。だったら俺も――。


『ピッ』


 唐突に警戒音が止んだ。抵抗するのを諦めたような唐突な終わり方だった。見ればあと数センチで遮っていた根が噛み切られるところだった。

 しょうがない、諦めよう。もう無理だ。そんな風に見えた。


「こんちくしょうが!!!」


 足元に転がっていた石を投げる。走りながら拾った棒で殴りつけた。空振ったが勢いよく振り下ろされた木の棒にネズミはおそれをなして逃げていった。


『ぴぴぴ?』


 スライムは何が起こったか分からないという風にしばらく震えていたが、ゆっくりと木の根本から出てくる。


「くそが、助ける気なんてなかったんだ。もう勝手にしろ。食われるなよ」

『ぴぴっ!!』


 なんで助けてしまったのか。自身の意志薄弱加減にうんざりする。

 それを八つ当たり気味にスライムにぶつけてみるが、人間の言葉を分かるはずもないスライムは眼の前でぽよんぽよんと跳ねていた。


「脳天気な奴だな、俺がお前を食うとか考えないのか?」

『ぴっぴっぴっ』


 食うぞと脅してみてもてんで聞きやしない。それどころか宙返りを打つ。


「芸達者な奴だな」


 意味など通じないというのに、ついつい話しかけてしまう。

 死ぬ気も失せた。ある意味こいつは命の恩人かもしれない。

 そう思うと、すこし可愛らしくみえてきた。だからだろう――


「だが、芸事ってのはそんなんじゃ駄目だ、単調なのはすぐ飽きられてしまう。何かあとひとつ身につけたらきっと光輝く。がんばれよ」


 ぽろりと、そんな言葉がこぼれてしまう。

 軽い言葉だ。意味があったのは最初の一回だけだ。それからは賭け事みたいに、当たればよいと、それで当たれば儲けものだと。薄っぺらい言葉ばかり吐いてきた。

 本当に意味があったのは最初の一回だけだった。


『ぴぴっ!』


 偶然だろう。言葉なんてわかってない筈なのに。

 スライムの色が青から紫に変わった。返事のように鳴き声を上げ、宙返りするたびに色を変えて飛び跳ねる。

 自然、足でリズムを取る。


――トトン


『ぴっ!』


―トン


『ぴっぴっ!』


―トントン


『ぴぴぴっ!!』


 着地と同時にくるりと回転する。


「今のもう一回できるか? いや、言葉は分からないんだよな?」


 試しに、足でリズムを取ってみる。

 すると、わかったかのように、最初は青と紫、リズムが上がれば赤や黄色と色を変えて飛び跳ねる。

 2拍子や3拍子、裏拍への転換も軽快についてくる。


「お前! すごいな!! すごい! すごいな!!」


 飛び跳ねるたびに震える体に、木漏れ日があたり、色が反射する。

 脳裏によぎるのは音入れもしていない新譜。それはかつて夢見た舞台のようで――


『ぴっ?』


 リズムを取っていた足を止める。何をやってるんだ。

 絶望が胸を締め付ける。担当アイドルが不倫して? 妊娠? 階段から落ちて、気がつけば突拍子もないところにいる――きっとここは地球じゃない。

 それなのにまた舞台を夢見て――。ぽたり、ぽたりと地面が濡れる。

 もうやめよう。


「――ライブ代。五百円でいいか? じゃあ元気で暮らせよ」


 財布の中にあった五百円玉を地面に起き別れを告げる。

 ここがどこかは分からないが、あの地獄を駆け抜けることができたのだ。なんとか生きるぐらいはできるに違いない。


「今度は地道にコツコツと生きよう。何かの職人とかいいかもしれないな! よし!」


 から元気だと自分でもわかっていたが問題ない。生き抜いてやる。

 そう思って、歩き出した俺の前に、そいつは立ちふさがる。


『ぴぴぴっ!!』

「なんだよ。ライブ代足りなかったか? けど、それしかないんだ、ごめんな」


 給与なんてないも同然だった。気が向けば払われる中でやりくりしていた。

 そっと目の前のスライムをどかそうと手を伸ばす。


『ぴっ』


 手から逃げる。じゃあ、なんだと歩こうとすれば邪魔をする。

 それを二、三回繰り返しただろうか。


「なんだよ、お前」

『ぴっ!!』


 色がまた変わり、足に向かって体当たりを繰り返す。

 リズムを踏めといってるのだろうか?


「やめたんだ。向いてないんだ。大の大人の財布の中身が五百円っぽっちだ! 無理だろ? わかったらどいてくれ」

『ぴーっ!』


 言い聞かせても聞かない。このままでは踏んでしまいそうだ。


「わかった、最後だからな?」


 しょうがなく、リズムを刻む、最初はスローテンポに、徐々にスピードを上げて、変調して、曲のイメージを変えて。

 明るく軽快に、けれどミステリアスな余韻を残して。最後のパート、難しい箇所だ。


―トン、トン、トトン

『ぴっ、ぴっ、ぴぴっ』


 綺麗に合わせて見せた。さっきはたどり着かなかった場所だ。だからこいつにとって初見になる。

 むろん、俺が脳裏に描く曲なんて聞こえているわけがない。


「お前、天才だな!」


 思わずしゃがみ抱きしめると、ぶつかるように飛び込んでくる。

 つるりとした体を撫で回すと嬉しそうに震える。


「まちがいなく天才だ! あーお前みたいなのにもっと早く出会えてたらなぁー。お前が良かったよ俺は」


 嫉妬や恨み、そんな感情に侵されることなく。素直にそう思った。

 それだけすごいと思ったのだ。


『ぴぴっ』


 まるでそうでしょう? とでも言うように震える。


「元気がでた。よし俺も頑張るよ」


 スライムを地面に下ろしながら口から出た言葉に自分でも驚く。

 あそこまで絶望していた俺の口から出た言葉が『元気が出た』だ。

 から元気なんかではない正真正銘、頑張ろうと思えた。


「天才じゃないな、そんな言葉じゃ足りない。お前は生まれながらのアイドル。世界で一番のアイドルだな!」


 アイドルとは何か? 誰かを励まし、勇気づけられるものである。俺はかつてそう信じていた――そしてこれからも。

 迷ったのは一瞬だった。


「なあ、俺と一緒にこないか?」


 これは世界に絶望した男と、世界で一番かわいいスライムの物語である。

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