USS MONTANA

BOA-ヴォア

第1話 火を点ける者たち

ホワイトハウス 地下会議室


2028年3月29日 21:06(EDT)


「――これは“デモンストレーション”ではなく、“均衡操作”だ。」


アメリカ国家安全保障会議(NSC)のプリンシパルズ・コミッティ。

壁面のモニタには西太平洋の地図が浮かんでいる。赤い円はA国の対艦弾道ミサイル射程圏、

青い点は米第7艦隊の現在位置、そして緑のアイコンが――BB-72 “USS Montana”。


大統領の前には、海軍作戦部長、国防長官、統合参謀本部議長、国家情報長官、そして財務次官。

空気は湿っており、机上の紙コップの水滴がゆっくりと垂れた。


「A国は南方列島の埋立地にSAMとYJ系列の対艦弾道を常駐させた。

 それに加え、AIP潜水艦が3隻。

 もしこのまま放置すれば、第一列島線全体が“射程内”になる。」


海軍作戦部長の声は淡々としていた。

彼はレーザーポインタで円をなぞる。

「Montana は艦隊戦の“砲台”として投入する。

 火力・防御力・情報処理を兼ねる、現代における戦艦だ。

 A国のA2/ADバブルを物理的に“開ける”。

 空母打撃群はその背後で航空優勢を維持する。」


「戦艦など、もう時代遅れではないのか?」

財務次官が呟く。彼の口調は数字でできている。

「アイオワ級の再稼働より高くつく。なぜ“その巨体”が必要だ。」


「理由は一つです。」国防長官が答える。

「制圧射の持続時間。

 トマホークは補給が必要、航空支援は天候に左右される。

 しかし155mm誘導弾は――“5分で5発、目標の骨を砕ける”。」


静寂。

国家安全保障補佐官が低く言う。


「法的にはAUMFの範囲外。

 War Powers Resolutionを使う以上、議会への通知は48時間以内。

 **“限定的武力行使”**の名で通すしかありません。

 選挙を控えた今、世論が動けば、政権が吹き飛ぶ。」


大統領は頷き、短く言った。

「Montanaを行かせよう。

 命令文を――“防衛行動に基づく限定展開”として書き換えろ。」


バージニア州ノーフォーク


2028年3月30日 04:20(EDT)


朝焼けが溶けていく。

ドックの巨大な影――BB-72 USS Montanaは、まるで山のように立っていた。

船体はステルス曲面で覆われ、艦首のバルバス・バウは滑らかに波を切っている。

鋼鉄ではなく、複合装甲とカーボンナノコーティング。

70,000トンの巨体が“静けさ”をまとう。


艦長 エリザベス・ハンター大佐は、

艦首甲板に立ち、夜明けの風を受けていた。

四十代半ば、灰色の瞳に疲労の影。

戦略学者としての冷静さと、

若い頃に湾岸戦争で戦術士官を務めた“現場の眼”を併せ持つ女。


背後から歩いてくるのは副長のマイケル・チェン少佐。

アジア系の血を引き、CIC統括の電子戦専門家だ。

ヘッドセットを外しながら言う。


「出港命令、確認しました。作戦コード:Iron Flare。

 目的は“島嶼防衛支援”――実質、A国の沿岸封鎖解除です。」


「議会の承認は?」


「まだです。War Powers適用。

 私たちは政治の“グレーゾーン”で撃つ。」


ハンターはうなずき、視線を水平線に向けた。

「……それでも出る。私たちの仕事は議論じゃない。

 “戦争を始める人間”のあとを片付けることだ。」


甲板上では、砲術主任のロドリゲス上級曹長が155mm砲塔の点検をしていた。

火薬の匂いではなく、電子油とセラミックの匂いが漂う。

「冷却システムは完璧だ、艦長。

 砲身温度38度、許容範囲内。

 後は……人間の方が加熱してる。」


艦長は微笑んだ。

「焦げる前に撃てるよう、整えておけ。」


ワシントン D.C.


CNN スタジオ / 同日 22:00(EDT)


ニュースキャスターの声が国中に流れる。


『最新情報です。米海軍は新型戦艦“USS Montana”を西太平洋へ派遣しました。

政府は“同盟国防衛のための限定展開”と説明していますが、

野党や一部メディアは“事実上の戦闘行為”だと批判――』


SNSには「#BringBackBattleship」「#MontanaGate」がトレンド入り。

賛否のコメントが燃え上がる。

「空母より戦艦の方がコスパいい」「GAO報告書読めよ」「155mmの弾なんか足りねえ」。

それでもモンタナの映像は人々を惹きつけた。

巨大な鋼鉄の影――それは「過去の亡霊」と「新しい神」の中間だった。


艦内 — CIC(戦闘情報センター)


4月3日 03:14(JST) 西太平洋


赤いランプが点滅する。

電磁波の海の中で、彼らは目を凝らす。

CICの中には二十名近いオペレーター。

壁一面に戦術画面が広がり、

空・海・水中の三層構造を重ねて表示している。


通信士のリア・パテル二等兵曹が、小さな声で報告する。

「リンク16、安定。味方IFF信号、識別完了。

 通信はEMCON B維持――外部放射なし。」


「よし。」チェン少佐が頷く。

「全システム、ステルスモード維持。

 SPY-6、空間スキャン開始。」


モンタナの心臓が動き出す。

AN/SPY-6のフェーズドアレイは海面上空から高層空域までの電波反射を解析し、

曳航ソナーが深海のノイズを拾い始める。


「……来たな。」

ASW主任のカレン・イーリック少尉がヘッドホンを外した。

「低速航行、80メートル層。推進音周期が規則的――潜水艦です。」


「距離?」

「23キロ。たぶんAIP艇。速度1ノット以下、待伏せ体勢。」


CICの空気が変わる。

チェンが報告を上げる。

「艦長、接触確率80%。攻撃許可を?」


「まだだ。」ハンターは短く言う。

「まずMH-60を上げろ。ディッピングソナーで二次確認。

 ここで“誤爆”したら、CNNが血祭りだ。」


イーリックは小声で笑った。

「いつもメディアの方が早いですからね。」


「……彼らが見てる限り、戦争は現実にならない。」

ハンターは冷たく言った。

「だが、我々はそれでも撃つ。」


船医室(Sick Bay)


医務士官のメイソン中尉は、

緊張で震える若いクルーに静脈注射を打っていた。

「船酔いじゃない、戦争酔いだよ。

 最初はみんなそうなる。」


「俺たちは……本当に撃つんですか?」


「撃つさ。」

メイソンはカーテンの向こうに聞こえるCICの通信を見やった。

「政治家がボタンを押すが、

 引き金を引くのは人間だ。」


ブリッジ — 04:02(JST)


艦長は防弾ガラス越しに夜の水平線を見ていた。

小さな赤い光点が海上に滲む。

衛星通信の向こう、ワシントンでは議会が開かれている。

「Montana」出撃の是非をめぐる討論が続く中、

彼女の艦はすでに――戦場の端にいた。


「リズ。」

チェン少佐が静かに言う。

「もし我々が撃てば、それは“歴史上最後の戦艦の実戦”になる。」


「……そうかもしれない。」

ハンターは眼鏡を外し、深く息を吐く。

「けれど、歴史なんて誰も書きたがらない。

 火を点ける者だけが、生き残る。」


外の海が、音もなく揺れた。

モンタナは、巨大な心臓の鼓動を鳴らし始めた。

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