第4話 徴兵

 その後は、まるでデモなんて見なかったかのように、通常運転に戻った。


 ヴィクトルはわざわざ男の腕を折った理由を話さないし、キリルも聞かなかった。聞かない理由は特にないが、強いて言うならば、あの直後に聞かなかったせいか、だんだんと聞きづらい雰囲気が出来上がってしまったからである。


 いつも通り二人で講義を受けたが、キリルは珍しく遊ぶ気分になることができなかったので、ヴィクトルに謝り講義後は早々に家に帰ることにした。

 

 マンションに着くと、複数並んでいるうちの一つのポストから、封筒のようなものがはみ出しているのが目に入った。


 なんとなく部屋番号を確認すると、キリルの家へ宛てられていた。彼の家で郵便物を回収するのは、母親の役目だ。しかし、はみ出していたこともあり、封筒を抜き取り、宛名を確認すると、その欄にはキリルの名前が並んでいた。差出人は…と視線を動かした先に並んだ文字を見て、キリルの全身から血の気が引いた。


 政府からだった。


 胸の中でざわざわと騒ぎ立てるなにかを落ち着かせ、慎重に封筒を開いた。中には、白い紙が一枚。その紙には、親切にも、簡潔な文章でキリルが戦争に徴兵されたということと、四月に徴兵センターに行くように、ということが書かれていた。


 戦争が始まってから、まだ一、二ヶ月しか経っていない。

 なんの訓練もまだしていない一般人を、こんな短期間のうちに呼び出す気か。徴兵センターである程度の訓練はするのだろうが…。


 戦力が不足している。

 この国は、この戦争で今、窮地に立たされている。


 それだけで国民が必死になって戦う理由になるのかもしれない。ヴィクトルのように、国のために戦うことを正義にしている人間だって存在する。

 だがキリルは、いざ自分が兵士となり、人を殺せと命令されても、できる気がしない。

 なぜなら、一部が欠けてしまった家族が、どれだけの苦労を抱えて生きていかなければならないのか、知っているから。愛する人を失った母親が、キリルに隠れて夜通し泣いていたことを、知っている。


 キリルは、自分がそんな理由をこじつけて、戦場に立たなければならない「現実」から逃げようとしていることを、知っている。

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