=後悔=
———猛烈な風を巻き起こし
とてつもなく長い煙の尾を引きながら
燃え盛る巨大な岩石は
地表を目指して落下してゆく———
時速にして10万kmを超える速さであったが、全ての者たちにはひどくゆっくりと見えた。
多くの火球が地表に降り注いでゆく。
人々は目の前の出来事が現実に起こっていることだと受け入れきれず、
降り注ぐ火球を美しいとすら思った。
アメリカ合衆国、カンザス州
強烈な高音に逃げる足を止めて耳を塞ぐ人々。
小さな男の子を連れた男性の額に汗が滲む。
男性は介護士だった。
私は、ベッドから動かすことのできないミス・クレインを、どうしても見捨てることができなかった。
妻を亡くしている私には
妻の母でもある彼女の世話をすることが償いであり、もはや生きがいでもあった。
昔は大学で教鞭をとっていた彼女も
今は認知症で、私のことも孫のデイビッドのこともなにもわからなくなっている。
今、世界が終わろうとしていることも
何ひとつ。
十時間前、そんな彼女が突然私の手を握り
真っ直ぐこちらを見て言った。
「もう、行きなさい。」
私は全て諦めていたはずなのに、気がつけば息子を抱えて車に飛び乗っていた。
それからずっと車を走らせっぱなしでここまできたが、もう、遅い。
郊外のサービスエリアで立ち尽くす父の手を握った少年が思わず呟く。
「わぁ…きれい…。」
あぁ…デイビッド。パパが悪かった。
ミス・クレインの病室にたびたび見舞いに来ていた日本人。
彼の忠告をちゃんと聞いていれば。
涙が止まらない。
息子まで巻き添えにしてしまった。
「すまない…デイビッド…。
すまない…Mr.カワサキ…。
あなたの忠告を聞いていればよかった。」
火球から目線を移した少年は父親の涙に少し驚き手を引っ張った。
「パパ、どうして泣いているの?お空が綺麗だよ!ママも見てるかな!」
「ああ、ママも見ているさ…。
実はもうすぐママに会えるんだ。
パパと2人でママに会いに行こう。」
少年は屈託のない笑顔を浮かべ、
手を強く握り返す。
「本当!?やった!
パパいつもママに会いたがってたもんね!」
男性も少年を見つめ、微笑んだ。
「…そうだな…。」
空気が焼けるのがわかる。
顔が熱くなる。
あぁ、もう、なにも聞こえない。
目の前に迫る【カワサキ】から目を逸らすことができず、人々は、いやすべての生き物が空を見上げた。
瞬間
アメリカ合衆国
ケンブリッジに巨大な穴があいた。
強い光を感じたその時
とっさに父親は少年を強く抱きしめた。
いつもの煙草の香りに包まれ、
少年は安心したように微笑んだ。
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