第4話「ポーカーの読み合い」
翌日の放課後。
部室に入ると、見慣れない少女が窓際に立っていた。
長い黒髪、端正な顔立ち。だが——その瞳は、どこか虚ろで、感情が読み取れない。
「あ、ユウくん」天音が駆け寄ってきた。「紹介するね。彼女が今日の対戦相手、水無月リオさん」
水無月リオ。二年生。
彼女は、僕をいちべつしただけで、また窓の外を見た。
「……神楽ユウ」
低く、抑揚のない声。
「あなたに、興味があるの」
「……興味?」
「無能力者でありながら、能力者を破る。その"仕組み"がわたしは知りたい」
リオは、ポーカーテーブルに向かった。
「私の能力は"感情読解"。相手の感情を読み取り、心理状態を把握できるの」
彼女は、僕を見た。
「あなたの心も、読んであげる」
僕は、テーブルに着いた。
「試してみればいい」
リオの唇が、わずかに動いた。
「……面白い人は嫌いじゃないわ。楽しませてね」
---
御影がディーラーとして中央に立った。
「ルールは通常のテキサスホールデム。10回勝負で、チップの総数が多い方が勝者だ」
初期チップは、互いに1000。
「では、始めるとしよう」
---
第一ゲーム。
カードが配られる。
```
僕の手札:A♠、K♠
コミュニティカード:Q♠、J♦、3♥
```
強い手札だ。ストレートの可能性がある。
リオが、僕を見た。
「……ベット、100」
僕は、少し考えた。
「コール」
次のカードが開かれる。
```
コミュニティカード:Q♠、J♦、3♥、10♠
```
ストレート完成。A、K、Q、J、10。
だが——リオの表情は変わらない。
「ベット、200」
僕は、彼女の目を見た。
何も読み取れない。まるで、感情がないかのように。
「コール」
最後のカードが開かれる。
```
コミュニティカード:Q♠、J♦、3♥、10♠、2♣
```
リオが言った。
「オールイン」
全てのチップを賭ける——1000。
僕は、自分の手札を見た。
ストレート。強い手札だ。
だが——何かが引っかかる。
リオは、なぜオールインした?
彼女の手札は——。
僕は、少し考えた。
そして——。
「……フォールド」
カードを捨てた。
リオが、初めて表情を変えた。
わずかに、驚いたような顔。
「……なぜ?」
「お前の手札の方が強いと思った、ただそれだけだ」
リオは、自分のカードを公開した。
```
リオの手札:A♦、K♥
```
同じく、ストレート。
だが——同じ役なら、スートで勝負が決まる。
僕のスペードの方が、リオのハートより強い。
「……」
リオが、僕を見た。
「あなたは、勝てた。なぜ降りたの?」
「確信が持てなかったからだ」
「確信?」
「お前の表情からはなにも感じられなかった。だから——リスクを避けたにすぎない」
リオが、小さく笑った。
「……面白い人ね。あなたは、"感情"ではなく"論理"で判断しているのね」
---
第二、第三、第四ゲーム。
リオは、次々と僕の心理を読み、揺さぶってきた。
```
現在チップ:ユウ 600 - リオ 1400
```
僕は、劣勢だった。
天音が、心配そうに言った。
「ユウくん……大丈夫?」
凛が、冷静に観察していた。
「……リオの能力は厄介ね。感情を読まれたら、ブラフが効かない」
司が言った。
「だが、神楽は感情で動いてない。論理で動いてる」
「でも」天音が言った。「それでも、負けてる……」
---
第五ゲーム。
カードが配られる。
```
僕の手札:7♣、2♦
コミュニティカード:A♠、K♥、Q♦
```
最悪の手札だ。
リオが、僕を見た。
「……ベット、100」
僕は、自分の手札を見た。
勝ち目はない。
だが——。
僕は、リオの目を見た。
彼女の目が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬だが——確かに、揺れた。
「レイズ、200」
リオの目が、見開いた。
「……」
次のカードが開かれる。
```
コミュニティカード:A♠、K♥、Q♦、3♠
```
リオが、少し考えた。
「……コール」
最後のカードが開かれる。
```
コミュニティカード:A♠、K♥、Q♦、3♠、7♠
```
僕の手札に、7がある。
ワンペア。弱いが——何もないよりはマシだ。
リオが、僕を見た。
「……チェック」
僕は、深く息を吐いた。
そして——。
「ベット、300」
リオの顔が、わずかに歪んだ。
「……」
彼女は、長い沈黙の後——。
「フォールド」
カードを捨てた。
僕は、内心で安堵した。
リオが、静かに言った。
「……あなた、ブラフを打ったわね」
「ああ」
「だが、あなたの感情は揺れていなかった。なぜかしら?」
「簡単だ」僕は言った。「お前が俺の感情を読んでいるなら——俺は、お前の"反応"を読めばいい」
リオが、目を見開いた。
「……!」
「お前は、俺の感情を読んでいる。だが、その"読んでいる"という行為自体が——お前の表情に現れる」
僕は、リオを指差した。
「お前の目が揺れた時——それは、お前が俺の手札を"弱い"と判断した証拠だ」
「……」
「だから、俺は逆にベットした。お前が俺の手札を弱いと思っているなら——お前の手札も、それほど強くない」
リオが、小さく笑った。
「……なるほど。私の能力を、逆手に取ったのね」
---
第六、第七、第八ゲーム。
僕は、リオの"反応"を読み続けた。
彼女が俺の感情を読む時——わずかに、目が動く。
その動きから、彼女の判断を逆算する。
論理の積み重ね。
```
現在チップ:ユウ 1100 - リオ 900
```
逆転した。
---
第九ゲーム。
カードが配られる。
```
僕の手札:10♠、10♥
コミュニティカード:10♦、5♣、2♠
```
スリーカード。強い手札だ。
リオが、僕を見た。
「……ベット、200」
僕は、即座に判断した。
「レイズ、400」
リオの顔が、わずかに動いた。
「……コール」
次のカードが開かれる。
```
コミュニティカード:10♦、5♣、2♠、A♠
```
リオが、深く息を吐いた。
「……オールイン」
全てのチップ、900を賭けた。
僕は、自分の手札を見た。
スリーカード。強い。
だが——リオがオールインした。
彼女の手札は?
僕は、彼女の目を見た。
その目は——揺れていない。
確信に満ちている。
僕は、しばらく考えた。
そして——。
「コール」
最後のカードが開かれる。
```
コミュニティカード:10♦、5♣、2♠、A♠、5♥
```
公開。
```
僕の手札:10♠、10♥(フルハウス:10のスリーカード + 5のワンペア)
リオの手札:A♦、A♣(フルハウス:Aのスリーカード + 5のワンペア)
```
リオの勝ち。
Aの方が、10より強い。
---
僕は、全てのチップを失った。
```
最終チップ:ユウ 0 - リオ 2000
リオの勝利
```
静寂が、部室を包んだ。
天音が、息を呑んだ。
「ユウくん……」
僕は、深く息を吐いた。
負けた。
リオが、静かに言った。
「……あなたは、たしかに強かったわ」
「でも、負けは負けだ」
「ええ。だけど——」
リオが、初めて穏やかな表情を見せた。
「——あなたは、私の能力を"ほぼ"無効化した。それは、驚くべきことだわ」
「ほぼ?」
「私の能力は、感情を読むだけじゃない。感情を"誘導"することもできるの」
僕は、目を見開いた。
「……誘導?」
「最後のゲーム。あなたがコールした時——私は、あなたの"自信"を誘導したの」
「……!」
「あなたの論理は完璧だった。だが、最後の一瞬——あなたは、"勝てる"と思った」
リオが、僕を見た。
「その"思った"という感情が——あなたの判断を狂わせた」
---
僕は、拳を握りしめた。
そうか。
僕は、論理で戦っていたつもりだった。
だが、最後の瞬間——感情に流された。
リオが言った。
「あなたは、論理で戦っている。だが——人間である以上、感情からは逃れられない」
「……」
「論理と感情。その両方を使いこなせた時——あなたは、本当に強くなるかもね」
---
リオが去った後。
僕は、しばらく黙っていた。
御影が、静かに言った。
「神楽くん。これが、"練習試合の敗北"だ」
「……練習試合?」
「ああ。君は、これまで能力者を破ってきた。だが、それは——相手が"感情誘導"を使わなかったからだ」
御影が、僕の肩に手を置いた。
「論理は強い。だが、論理だけでは——人間には勝てない」
「……」
「君に必要なのは、"感情を理解する力"だ。感情を否定するのではなく——感情を論理に組み込む力」
御影が、微笑んだ。
「それができた時——君は、本当の意味で"無能力の最強"になる」
---
その夜。
僕は、自室で考えていた。
論理と感情。
どうすれば、その両方を使いこなせる?
スマホが震えた。
画面を見る。
```
差出人:黒瀬
件名:なし
本文:「リオに負けたんだってな」
```
続けて。
```
「論理だけじゃ勝てない。それを学んだか?」
「だが、お前はまだ気づいていない」
「感情こそが——最大の弱点だと」
```
僕は、画面を睨んだ。
黒瀬。
お前は、何を知っている?
---
同じ頃。
旧校舎の奥。
黒瀬は、一人で呟いていた。
「ユウ。お前は、感情を抑えて生きてきた」
彼は、手のひらにサイコロを浮かべた。
「だが、感情を抑えた人間は——感情に弱い」
サイコロが、全て同じ目を示す。
「お前の感情を揺さぶれば——お前の論理は崩壊する」
黒瀬が、不敵に笑った。
「それを証明してやる」
---
翌日。
カジノ部の部室。
御影が、僕に言った。
「神楽くん。次は、"無能力の定義"について話そう」
「無能力の定義?」
「ああ。君が、なぜ"無能力"でありながら強いのか——その理由を」
御影が、真剣な目で言った。
「君の"無"は、能力の外側に立つ力だ。ただ、それだけじゃ足りない」
「……どういう意味だ?」
「君は、これから——もっと強い敵と戦うことになる。その時、君は"無"の本質を理解していなければならない」
御影が、窓の外を見た。
「次の戦いが——その鍵になる」
---
次回、第5話
「練習試合で敗北」
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