僕だけ“能力なし”なのに、なぜか最強のギャンブル部で目立ってます。

マスターボヌール

第1話「無能力者、カジノ部へ」

 教室のざわめきが、一瞬だけ止まった。


 扉を開けた瞬間、視線が突き刺さる。好奇、警戒、そして——軽蔑。


「はい、静かに。今日から転校生が来ます」


 担任の声に促されて、僕は教室に足を踏み入れた。


「神楽ユウくんです。よろしく」


「……神楽ユウ。よろしく」


 短く挨拶を済ませ、指定された窓際の席に向かう。その間も、ひそひそ声が追いかけてくる。


「あいつ、能力ある?」

「分かんない……でも、オーラ感じないな」

「能力なしとか、この学校じゃキツくね?」


 やっぱり、どこも同じだ。


 能力者社会。能力があれば"価値"がある。能力がなければ"無価値"だ。それがこの世界のルール。僕はそのルールの外側にいる。いや——外側に追い出された。


 席に着き、窓の外を眺める。校庭では、生徒たちが能力を使って遊んでいる。火を操る者、物を浮かせる者、瞬間移動する者。誰もが当たり前のように、能力を使いこなしている。


 僕には、何もない。


 ただの人間だ。


---


 昼休み。屋上に逃げるように上がった。


 ここなら誰もいない。能力者たちの視線から逃れられる。弁当を開き、無言で食べ始める。


 スマホが震えた。


 画面を見る。未読メッセージが一件。


```

差出人:黒瀬

件名:なし

本文:(プレビュー非表示)

```


 指が止まる。


 黒瀬。


 その名前を見ただけで、胸の奥が重くなる。


 既読をつけずに、スマホを閉じた。もう、関わりたくない。あいつとは、もう——。


「なるほど。君が神楽ユウか」


 声に振り返る。


 穏やかな笑みを浮かべた青年が、そこに立っていた。年齢は僕より二つか三つ上だろうか。整った顔立ち、落ち着いた佇まい。だが、その目は——どこか、僕を値踏みするような光を宿している。


「……誰?」


「カジノ部部長、御影だ。君に用がある」


「カジノ部?」


「ああ。この学校で最も"頭を使う"部活だ」


 カジノ部。聞いたことがある。この学校には、能力を使ったギャンブルで競い合う部活があるらしい。だが、それが何だというのか。


「……興味ない」


 立ち去ろうとする。だが——。


「君、能力がないんだろう?」


 足が止まる。


 振り返る。御影は、変わらず穏やかに微笑んでいる。


「……それが何?」


「だから、スカウトしたい」


「……は?」


 意味が分からない。能力がないから、スカウトしたい?


「カジノ部には、能力者しかいない。だが、君のような"無能力者"こそ、僕たちには必要だ」


「……意味が分からない」


「今夜、部室に来てくれ。見れば分かる」


 御影は、紙切れを差し出した。


```

カジノ部部室

旧校舎3階・第二演習室

18:00〜

```


 僕がそれを受け取るのを確認すると、御影は背を向けて去っていった。


 残された僕は、紙切れを見つめる。


 何なんだ、あいつ。


 無能力者が必要?論理的に考えて、ありえない。能力者の集団に、能力のない人間が何の役に立つというのか。


 だが——。


 胸の奥に、かすかな興味が灯る。


 見れば分かる、か。


---


 夕方、18時。


 旧校舎の薄暗い廊下を歩く。この校舎は普段、ほとんど使われていない。だが、部活動の拠点としては使われているらしい。


 第二演習室。


 重厚な扉の前で、僕は躊躇した。本当に行くべきなのか?だが、もう来てしまった。今更引き返すのもなぁ——。


 ノックする。


「開いてるよ」


 御影の声。


 扉を開けると——。


 息を呑んだ。


 広々とした部屋。中央には本格的なポーカーテーブル。その奥にはルーレット。壁際にはブラックジャックのテーブルが並んでいる。まるで、本物のカジノだ。


「……これ、部室?」


「ようこそ、カジノ部へ」


 御影が、テーブルの向こうで微笑んでいる。


 そして、部室には他に三人の部員がいた。


「わぁ、新入生!こんにちは!」


 明るい声。茶髪の少女が、満面の笑みで手を振っている。


「……ふーん」


 対照的に、黒髪の少女はチラリと僕を見ただけで、すぐに視線を戻した。興味なさげ。


「データ通りだな。無能力者」


 冷静な声。眼鏡をかけた青年が、僕を観察するように見ている。


「紹介しよう」御影が言った。「天音、凛、司。全員、能力者だ」


 天音——明るい少女。

 凛——クールな少女。

 司——眼鏡の青年。


 全員が、僕を見ている。


「で、俺に何の用?」


「簡単だ」御影が言った。「君に、勝負をしてもらいたい」


「勝負?」


「ああ。ブラックジャックで、司と対戦してくれ」


 司——眼鏡の青年が、テーブルに着いた。


「来いよ、転校生」


 僕は、少し考えた。


 断る理由もない。どうせ、すぐに負けるだろう。能力者相手に、無能力者が勝てるはずがない。


 だが——。


 胸の奥の、かすかな炎が、再び灯る。


 論理は、嘘をつかない。


 能力がなくても、論理があれば——。


「……やる」


---


 僕は司の向かいに座った。


 御影がディーラーとして、中央に立つ。


「ルールは単純。10回勝負で、5回以上勝てば君の勝ちだ」


「俺の能力は"記憶強化"」司が言った。「出たカードは全て記憶している」


「……それ、チートじゃん」


「ルール内だ。文句があるなら、勝ってから言え」


 御影が、カードを配り始めた。


---


### **第一ゲーム**


```

僕の手札:8♠、7♥ = 15

司の手札:10♦、? = 10 + ?

```


 15。微妙なラインだ。


 司が言った。「ヒット」


 カードが配られる。5♣。


「スタンド」


 僕は考える。15でヒットすれば、バーストの危険がある。だが、スタンドすれば、司に負ける可能性が高い。


「ヒット」


 カードが配られる。


 9♦。


 15 + 9 = 24。


 バースト。


「俺の勝ちだ」司が言った。


 悔しさが込み上げる。だが、感情を押し殺す。


 まだ、始まったばかりだ。


---


### **第二〜五ゲーム**


 連敗が続いた。


```

現在スコア:ユウ 1勝 - 司 4勝

```


「うーん、ユウくん、ちょっと厳しいかも……」天音が心配そうに呟いた。


「所詮、無能力者ね」凛が冷たく言った。


 だが、僕は集中していた。


 司の動きを、注視している。


 何かが、おかしい。


 司の判断は完璧に見える。だが——。


 フラッシュバック。過去五回のゲームを思い出す。


```

第1回:司、15でヒット → 成功

第2回:司、14でヒット → 成功

第3回:司、16でスタンド → 成功

第4回:司、17でスタンド → 僕の勝利

第5回:司、15でヒット → 成功

```


 15の時、司は必ずヒットする。


 そして——。


 僕は、司の指の動きを見た。


 カードを見る前に、指が動いている。


 そうか。


 司は"記憶"してるんじゃない。"予測"してる。


 過去のカードの流れから、次のカードの"期待値"を計算し、それに基づいて判断している。


 だが、期待値は"傾向"であって"確定"じゃない。


 その隙間を突けば——勝てる。


---


### **第六ゲーム**


```

僕の手札:9♠、6♥ = 15

司の手札:10♣、? = 10 + ?

```


 司が言った。「ヒット」


 カードが配られる。4♦。


「スタンド」


 御影が僕を見た。「神楽くん、どうする?」


 僕は、深呼吸した。


 論理は、嘘をつかない。


「ヒット」


「え!?15でヒット!?」天音が驚きの声を上げた。


 カードが配られる。


 5♠。


 15 + 5 = 20。


「スタンド」


 御影が言った。「では、オープン」


```

司の手札:10♣、8♥ = 18

僕の手札:9♠、6♥、5♠ = 20


僕の勝利

```


 司が、目を見開いた。


「お前、"癖"があるんだよ」


「……何?」


「15の時、お前は必ずヒットする。それは確率的には正しい。だが、お前の指は"次のカードを予測して動いている"」


 司が、黙った。


「つまり、お前は記憶だけじゃなく、"期待値"で判断してる。その期待値は、過去のカードの流れから計算されてる」


 御影が、興味深そうに微笑んだ。


「だが、期待値は"傾向"であって"確定"じゃない。その隙間を突けば、勝てる」


 司は、しばらく黙っていたが——やがて、小さく笑った。


「……面白いな、お前」


---


### **第七〜十ゲーム**


 僕は、次々と勝利を重ねた。


```

最終スコア:ユウ 5勝 - 司 5勝(引き分け)

```


 司が言った。「……引き分けか」


「悪くない」


 司は、少し笑った。「……お前、ほんと面白いな」


---


 御影が言った。


「見事だった。無能力者でありながら、能力者を相手に引き分けた」


「……で?これで満足か?」


「いや。これが始まりだ」


「始まり?」


「神楽ユウ。君を、カジノ部に正式にスカウトする」


 僕は、即答した。


「……断る」


「なぜ?」


「能力者の集団に、俺が入る理由がない」


「理由なら、ある」


 御影が、僕に近づいた。


「君の"無"は、能力の外側に立つ力だ」


「……何?」


「能力者は、能力に頼る。だが君は、能力がないから"純粋な論理"で戦える」


 御影の目が、真剣さを帯びた。


「その論理こそが、能力者には見えない"盲点"を突く」


「……」


「君は、自分を"無価値"だと思っているだろう?」


 胸が、ざわついた。


 図星だ。


「だが、それは違う。君の"無"は、"ゼロ"じゃない。"無限の可能性"だ」


「……意味が分からないな。付き合ってられない」


「ならば、ここで証明してみせろ。君の論理が、どこまで通用するのか」


 御影の言葉が、胸に響く。


 無限の可能性。


 本当に、そうなのか?


 僕は、しばらく考えた。


 そして——。


「……条件がある」


「聞こう」


「俺は、能力に頼らない。論理だけで戦う」


「構わない」


「そして、もし俺が"論理では勝てない"と判断したら、いつでも辞める」


「……分かった」


 僕は、手を差し出した。


「じゃあ、入部する」


 御影が、その手を握った。


「ようこそ、カジノ部へ」


 天音が、ぱっと顔を輝かせた。「わーい!新しい仲間!」


 凛が、小さく笑った。「……まあ、面白くはあるわね」


 司が言った。「次は負けないからな」


 僕は、小さく笑った。


「……ああ」


---


 部室を出た後。


 一人で廊下を歩きながら、僕は考えていた。


 能力の外側に立つ力、か。


 本当に、そんなものがあるのか?


 スマホが震えた。


 画面を見る。


```

差出人:黒瀬

件名:なし

本文:「カジノ部に入ったんだってな」

```


 心臓が、跳ねた。


 続けてメッセージが届く。


```

「お前の論理なんて、所詮は気休めだ」

「俺が証明してやる」

```


 画面を睨む。


 黒瀬。


 お前は——。


---


 同じ頃。


 旧校舎の、さらに奥の部屋。


 薄暗い空間に、一人の青年がいた。


 黒瀬。


 彼は、スマホを置き、呟いた。


「ユウ……お前が論理で戦うなら」


 手のひらに、ルーレットの玉が浮かぶ。


 それは、不自然な軌道で回転している。


 確率を、操作している。


「俺は、確率で叩き潰す」


---


 その夜。


 カジノ部の部室。


 御影は、一人で窓の外を見ていた。


 壁には、歴代部員の写真が飾られている。


 その中の一枚。


 笑顔の黒瀬と御影が、並んで写っている。


 だが——。


 黒瀬の顔だけが、黒く塗りつぶされている。


「神楽ユウ……」御影が呟いた。「君は気づいているか?」


 彼は、写真に背を向けた。


「君の論理が、彼を救えるのか……それとも——」


---


 その夜。


 僕は、自室で机に向かっていた。


 ノートには、ブラックジャックの確率表が書かれている。


 ペンを置き、窓の外を見る。


 月が、雲に隠れようとしている。


「論理は、嘘をつかない」


 僕は、呟いた。


「……なら、俺は論理で勝つ」


 月が、完全に雲に隠れた。


 闇が、世界を包む。


---


第1話「無能力者、カジノ部へ」

【完】


次回、第2話

「ブラックジャックの罠」

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