オールドメディアブラックホール
課長
第1話 メディア様は愚かな民衆の先導者
ニュースは今夜も真実をねじ曲げて流れた。
正義の顔をした選民思想強めアナウンサーが、抑揚のある声で新党「ハートランド」の街頭演説を過激と断じる。
「一部の過激派が支持を広げていることに懸念が広がっています」と、台本通りに口を動かし、愚かな大衆に浸透するようにペシミスティックに表現した。
放送局TIBUSは、もはや報道機関ではなかった。それは、某国の大使館から通達が届くたびに方針を変え、某巨大広告代理店の機嫌をうかがい、記者クラブで忖度し合う場所だった。自国を第一に考える政党など、国際協調を乱す危険思想(という名目だが、某国による侵略を阻害する為)として排除する対象にすぎない。
社員食堂では今日も、「あの党、マジで空気読まないよな」と鼻で笑う男たちがいた。テレビ局の幹部たちだ。海外大卒、外資経験者多数。ネクタイの色は濃紺かえんじと決まっていて、庶民感覚は常に特集で扱うものであって、けっして自らの肌に馴染ませるものではなかった。
「自国ファースト?ハハ、時代錯誤じゃん。グローバルで生きなきゃさ。グローバルで。全くナンセンスアルよ。」と、特番の打ち合わせ中にディレクターが笑う。その特番のタイトルは『排外主義に潜む危険なナショナリズム』だった。
彼らにとって国を守るという言葉は、今や最も危険なキーワードだった。
報道局第七班のチェ・ドミンゴ課長補佐代理代理は、毎朝、社屋前に掲げられた三つの旗、社旗と某国の国旗、そしてSDGsを象った虹色の謎旗に最敬礼してから出勤する。
「うちは公共の電波を正しく使ってるんだヨ。怠惰で愚鈍な民衆のためにネ。偏向報道?俺たちが正しさの尺度を決めるんだヨ?怠惰で愚鈍でどうしようもないゴミ国民のためにネ。让那些愚蠢的国民去吃猪食吧。我们有一个伟大的使命,就是让某个国家来侵略这个国家」
そう言いながら、彼は通りすがる新人に目もくれず、社内の報道貴族専用ラウンジへと吸い込まれていく。そこには、白いスーツを着てバナナしか食べない解説委員や、語尾に必ず「多様性が~、北欧では~、この国は遅れている」と三要素を必ずつける女性キャスター、脳にヴィーガン食しか通さない番組ディレクターらが、ノートパソコンとタブレットと己の正義で会話していた。
「またあの党が票を伸ばしてきたんだってさ」
「困るよな、ああいう自国ファーストは。アジアの調和を乱す」
「某国大使館、またうちにワイン贈ってきたらしいよ。PRの見返りかな?」
「うちらの使命は、愚鈍な国民が間違った選択をしないよう導くことだもんな」
そう、彼らにとって導くとは、意見を均すこと。誰かが異論を唱えようものなら、過激思想、陰謀論、時代錯誤とスクロール文字で刻印する。そして自国を守りたい、自国を豊かにしたいと掲げるあの政党は、彼らにとっては空気を読まぬ異物でしかなかった。
TIBUSテレビでは、その党の代表が国会で演説するたび、音声を絶妙に割れさせ、映像には妙なノイズを入れ、はたまたサブリミナル効果をねじ込み、字幕は故意に誤字だらけ。しかも「観覧者の皆様の安全を考慮し一部中継を控えます」などという体裁で黙殺した。裏で指揮を取るのは、もちろんチェ・ドミンゴ補佐代理代理である。
「彼らの危険性を、国民に気づかせるのが我々の責任だよ。選ばれた特権階級の我々のね。」と語る彼の目には、少しばかりの高揚感があった。
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