​第1章:新神楽-序章(オーバーチュア) 第4話:新神楽-効率と安寧の境界線

​1. 零と重藤:強制的な共闘

 現場は特務課(The Firewall)によって完全に包囲されていた。サイレンの音が、残響区の薄汚れた空気の層を突き破る。

「エクスチェンジャーとして提案する。一時的な共闘で、お互いの収益と安寧を最大化する。どうだ、マス・コレクター。」

零の提案に、重藤は鼻を鳴らした。

(非効率極まりない。だが、この場で警察に捕まるのは、安寧に対する最大のノイズだ。この男の軽さを利用する。)

「…割に合わないが、受諾する。ただし、ノイズは最小限に抑えろ。」

鳴瀬トウゴは、冷静に特務課の隊員に命令を下す。

「動くな、特異点(アノマリー)。確保を最優先。容赦するな。」

​2. 初の能力連携:逃走戦

 零は即座に行動に移る。周囲の空気に残るわずかな感情残滓を指先のスマホを通して吸い上げ、特務課の隊員たちに注ぎ込んだ。

隊員たちの心に潜むわずかな焦燥が、零の能力で増幅される。隊員の思考が数秒間、鈍る。

(焦るな、俺は法と秩序のファイアウォールだ……しかし、手が、少し滑る……?)

その数秒間が、重藤にとっての全てだった。

重藤は自分の存在質量をさらに圧縮し、視認できないほどの不可視に近い状態になる。彼は零の腕を掴むと、静かに、そして異常な速度で警備の薄いコンテナの隙間へ一気に移動した。

感情換金による情報操作と、質量徴収による物理操作。彼らの利己的な能力は、皮肉にも意図せず完璧に連動し、警察の網を掻い潜った。

​3. 灰月勢力の介入(ロジック・ソルバーの登場)

 二人が逃げ込んだ路地の出口。そこに、轟音と共に二台のオートバイが滑り込んできた。全員がフルフェイスのヘルメットで顔を隠し、黒いライダースーツに身を包んでいる。ロジック・ソルバーだ。

彼らのヘルメットに内蔵された通信機に、黒崎 零那の声が響く。

『ニノ、ナナツ。特異点の逃走ルートを確保。The Algorithmの演算通り、障害を最高効率で排除しなさい。』

先頭の隊員、ニノが低く答える。

「ロジャー。凱様の演算結果に、一(ニノ)のミスはありません。」

ニノとナナツは、追ってきた特務課の隊員に迷わず突っ込む。彼らはオートバイから飛び降りると、携帯伸縮警棒を一瞬で展開し、格闘戦に持ち込んだ。

「な、なんだこの速さっ……!くそっ、見えない……うぐぁっ!」

ナナツは一言も発さず、警棒で隊員の関節を的確に打ち抜き、無力化させる。

「処理完了。七(ナナツ)、次のロジックへ移行します。」

彼らは零や重藤には一切触れず、ただ逃走ルート上の障害を排除するシステムの実行部隊に徹した。

「無駄なノイズではない……効率を求める存在か?俺たちの行動に、誰かが干渉している。」

「誰かの演算が働いている。俺たちの収益を最大化させようとしている……。面倒なブローカーが、裏にいるようだな。」

​4. 追跡の断念と鳴瀬トウゴの疑念

 現場に残された特務課の隊員たちは、重傷ではないが、完璧な連携で無力化されていた。鳴瀬トウゴは、現場の混乱を冷静に分析する。

(能力者の逃走にしては、効率が良すぎる。そして、あの覆面集団……。特異点の事案ではない。これは、背後にシステムの力が働いている。The Firewallが守るべき秩序は、内側から脅かされている。)

トウゴは無線を手にし、追跡の断念を命じた。

​5. 共闘の結末:情報の分配

 逃走に成功した零と重藤は、残響区の薄暗い倉庫の中で立ち止まった。データディスクと換金した収益のデータが、床に置かれている。

重藤はディスクに軽部少年関連の情報が含まれていることを確認し、安寧への一歩として満足感を覚える。

「この一件での最終収益率は、目標額の102.1%。俺のYieldと、お前の安寧は、一時的に等価証明(エクイバレンス)された。だが、長期的な収益には結びつかない。」

「次からは、ノイズを生まない効率的な手段を取る。二度と非効率な協力はしない。……だが、情報は得た。」

​6. 灰月の支配と新たな指令

 高層ビルのデータセンター。灰月 凱は黒崎 零那からの報告に満足げに頷く。

「ロジック・ソルバーの介入は完璧。二人のAnti-Anomalyは、予定通り協調の道を選んだ。黒崎、次の指令だ。今こそレゾナンス・マーケットの中核へ、ノイズの種を蒔け。」

「承知いたしました。凱様の演算結果が、この街の非合理性を破壊します。」

零と重藤の強制的な共闘は、街の相場だけでなく、システムの支配構造そのものを揺るがし始めていた。

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