3-18

 朝食の時間。

 文芸部のほうが先に来ていた。食堂に入っていく時に文芸部の人たちと目が合う。直陽に向かって、あまねと汐里、そして今日は、佐伯君も手を振ってくれている。すぐ近くに久我先輩もいたが、彼は直陽の存在に気付きながら、チラッと見ただけで何も挨拶はしてこなかった。

 直陽の隣に座っていた瞬が、

「あ!もしかして。あの中に先輩の想い人が?」

「あんまり大きな声を出さないでくれ」

「すいません、つい」瞬は首をすくめる。

 しかしすぐに気になり、

「ちなみにどの人ですか?」

 と小声で続けた。

「メガネかけてないほう

「なるほど。キレイな人ですね」

「そういうこと簡単に言えるお前がうらやましいよ」直陽は溜め息交じりにつぶやく。

「いえ、俺も女子に直接言ったりはしませんよ」

「そうなんだ」直陽は目の前の鮭をほじくりながら空返事そらへんじをした。

「そういえば」ふと思い出して直陽は質問を返す。「青柳さんとはどうなった?昨日の男子部屋にも来てたよね?」

「頑張ってみました。先輩に教えてもらったことを試してみたんですよ」

 直陽は急に緊張してきて、飲み込んだ唾がゴクリと音を立てた。成り行きとはいえ、アドバイスしてしまった手前、責任がある。

「効果はあったと思うんですよね。俺が質問をすると――今授業でどんなことやってるの?とか最近テレビで何見た?とか――最初は一問一答みたいに途切れ途切れだったんですけど、少しずつ答えが伸びてきて、になった気がします」

 瞬の言葉が少しずつ熱を帯びる。

「それに、会話の時々、俺の顔を見てくれたんです。そんなことさえ今までなかったのに」

「すごいじゃないか。俺はまともに会話さえ続かないのに」直陽はやや自嘲気味に言って頬をかいた。

「はい!先輩のおかげです」



 朝食が終わり、食堂の出口から廊下に差し掛かった時、直陽を呼び止める男の声がした。

「月城君」

 振り返るとそこには久我先輩がいた。

「入れ知恵をしたのは君かい?」

 何のことか分からずぽかんとしていると、

「他のサークルを見学すべきだと言ったのは君か?」

 佐伯君のことか。

「確かにそのような話になりましたが」

「困るんだよ、余計なことを言われては。我が部には我が部のやり方がある」

「はあ」と生返事なまへんじをする。

 二人の横を通る学生の数が多くなってきた。中には昨日、和楽器部で見かけた顔もある。

「文芸部は文芸部の中で完結する。それが我が部の伝統だ」

 ふと、昨日あまねが、「テーマを勝手に決められて、書いてみて、って言われても」と困っていた表情を思い出す。

「余計なお世話を承知で言いますけど」つい口が動いてしまった。出してしまったからには止められない。「そのやり方で困ってる部員もいるんじゃないですか?新しいことを取り入れるのも悪いことじゃないと思います」

「なっ⋯!」

 予想していなかったのか、久我先輩が驚きと怒りで強張る。

「あ、いや」自分の言ってしまったことの大きさに直陽は後悔の念が沸き起こる。「言い過ぎました。でも、そう思ったので。失礼します」

 ペコリと頭を下げ、その場を逃げるようにして離れた。



 研修所への渡り廊下に差し掛かる。

 突然背中に衝撃が走り、直陽は、慌てて振り返った。

「よ!月城君!」

 そこで背中を叩かれたのだと気付く。

 そこには満面の笑みの汐里、あまね、そしてちょっと申し訳なさそうな佐伯君がいた。

「いやー、さっきのスカッとしたよ!」

 汐里が叫ぶ。

「え?久我先輩との?聞いてたの?」

「ごめん、後ろから、隠れて聞いてた」

 あまねが頬をぽりぽり掻きながら答える。

「ごめん。俺のせいで。『写真部みたいに他の部を見たり交流したりしてみたらどうですか』って言っちゃったんだ」

 佐伯君は完全に萎縮している。

「いやいや、久我先輩に提案してみたら?って俺は確かに言ったし」

 直陽がなだめる。

「『そのやり方で困ってる部員もいるんじゃないですか?』――くー!しびれたね!よくやったよ、君は」

 汐里がまた直陽の背中をバンバンと叩く。

「これを『セカンド・ガコン』と名付けよう!」

「そんな、まるでセカンドインパク――」直陽は言いかけて慌てて咳払いをする。

「ま、とにかくありがとう。これで何かが変わるわけじゃないと思うけど、スッキリしたって話さ。ありがとね!」

 汐里がそう言うと、あまねも佐伯君もお礼の言葉を述べ、三人とも歩き出した。

 直陽が、その後ろ姿をぼーっと見ていると、不意にあまねは振り返り、直陽に手を振った。今度は直陽も後ろを振り返ることなく、手を振り返した。


――――――――――


**次回予告(3-19)**

和楽器部の演奏会。始まる「大合奏」。「これが和楽器ね」振り返るとあまねが立っていた。

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