2-6

 翌日はあの「恋愛の近代文学と心理学」のテストの日だった。

 朝六時二十分、家を出る。まだ日も出たばかりで、じりじりというほどでもないが、既に太陽は昇り、暴力的な日照りを予感させた。

 バス停でいつものバスを待っていると、ギリギリの時間にあまねは現れた。直陽は軽く手を挙げるが、あまねは少し会釈しただけで、どこかよそよそしい。

――何時間、何日考えても、推測は推測でしかない。

 あまねは直陽の次、つまり隣に立ったが、何も言おうとしない。

「あまねさん?」

「⋯はい」

「今日のバス、あまねさんの隣に座ってもいいかな?」

「⋯うん、いいけど⋯」

 そう言ってあまねは目をそらす。

 バスに乗り、隣同士に座る。

 隣に座るあまねに顔を向けるが、あまねはうつむいたままで、視線を合わせようとしない。


 


 俺はいつから人の目を見るようになったのだろう。いつから、人の目が怖くなくなったのだろう。

 記憶をたどっていく。そんなに昔のことではない。ほんの一ヶ月程度の話だ。人の目は怖くない。それを教えてくれたのは、あまねだったのだ。――なのに。


 あまねはうつむいたまま、こちらに視線をよこそうとはしない。

 バスは信号で停まり、エンジン音が消える。車内に静寂が訪れる。

 いたたまれなくなり、直陽は前を向く。

「あのね⋯⋯私」

 消え入るような声であまねが言う。直陽はチラッと視線を向けるが、あまねは、

「⋯ううん。何でもない」

 と言うだけだった。

 直陽は、あまねが何を言おうとしたのか訊き返す勇気もなく、ただ黙っていた。

 駅に着くと、あまねは「先行くね」とだけ告げて、席を立った。


――――――――


**次回予告(2-7)**

汐里を訪ねた直陽は、あまねのことを訊いてみるが⋯。


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