第1部:交流 / 第24話:頂点に立つ者
グリーンウィロウは、混沌の渦中にあった。
王都ティル・ナ・ローグから発令された緊急避難命令を受け、町はパニックに陥りかけていた。しかし、その混乱を、二人の男の声が力強く引き締めていた。
「落ち着け!子供と年寄りを先に荷馬車へ乗せろ!」
「武器を持てる者は、町の入り口にバリケードを築くんだ!急げ!」
ユーリとグレンだった。二人は、元軍人としての経験を活かし、見事な統率力で避難誘導を行っていた。カリーナ婆の不吉な警告を聞いたあの日から、グレンが密かに打ち直していた剣や槍が、男たちの手に握られている。教会の広場では、ソフィアとアンナが、町の外れでアンデッドに傷つけられた人々の応急処置に追われていた。
奇跡的に、まだ死者は出ていない。しかし、森の闇から染み出してくる死者の気配は、刻一刻と色濃くなっていた。
「よし、これで最後の子たちだ!」
グレンが、子供たちを乗せた最後の荷馬車を送り出そうとした、まさにその時だった。
ガッシャアァァン!
町の入り口に築かれた粗末なバリケードが、内側から爆ぜるように吹き飛んだ。土煙の中から現れたのは、ひときわ巨大な一体のアンデッド。十メートルはあろうかという巨体に、腐り果てた王冠を被り、その両目は不浄な魔力で赤黒く輝いている。アンデッドキングだ。
「ぐっ…!化け物が…!」
グレンとユーリが、覚悟を決めてその前に立ちはだかる。しかし、アンデッドキングがただ腕を薙ぎ払っただけで、二人の身体は木の葉のように吹き飛ばされ、家の壁に叩きつけられた。
「お父さん!」「グレンさん!」
アンナとソフィアの悲鳴が響く。アンデッドキングは、そんな彼女たちに狙いを定め、巨大な腕を振り上げた。
もう、ダメか。誰もが絶望に目を閉じた、その瞬間。
一陣の風が、戦場を駆け抜けた。
風が止んだ時、そこにはアンデッドキングの前に静かに立つ、黒髪の男――ザインの姿があった。
アンデッドキングの巨大な腕が、ザインめがけて振り下ろされる。しかし、ザインは紙一重でそれをかわすと、すれ違い様に神剣ネメシスを一閃。
次の瞬間、アンデッドキングの巨体は、何が起きたか分からぬまま、頭頂から股下まで綺麗に真っ二つになって崩れ落ちた。
ザインは、周囲にいたアンデッドの群れもまとめて薙ぎ払うと、町の生存者たちに向かって叫んだ。
「全員、王都へ避難しろ!」
瓦礫の中から立ち上がったグレンが叫ぶ。「馬鹿を言え!若造一人に任せられるか!俺たちも残る!」
「そうだ!」とユーリも続く。しかし、ザインは振り返らない。
「お前たちの仕事は町の皆を守ることだろう!まだやるべきことがあるはずだ!」
その言葉に、二人は唇を噛みしめる。そうだ、自分たちの戦場はここではない。この町の人々を、無事に王都まで送り届けることだ。
ユーリとグレンは、彼の覚悟を信じ、最後の町民を率いて、王都へ向けて脱出を開始した。その道中、アンナとフィオナは、見覚えのある勇者の後ろ姿に、祈るように叫んだ。「死なないで!」
その声に、ザインは一瞬だけ振り返ると、「任せとけ」とでも言うように、笑みを浮かべて見せた。
やがて町には、ザインただ一人が取り残された。
彼の眼前には、森から次々と湧き出てくる、何百、何千というアンデッドの軍勢が、地平線を埋め尽くそうとしていた。
ザインは、その絶望的な光景を前に、不敵な笑みを浮かべた。
「…実は言ってなかったが、俺はまだ本気を出してねぇんだよ…!」
彼が神剣ネメシスを構え直した瞬間、凄まじいまでの気迫が迸る。それは、たった一人の人間が放つ殺気とは思えないほどの熱量。まさしく、人間の頂点に立つ者の、魂の輝きそのものだった。死の恐怖など持たないはずのアンデッドの軍勢が、そのあまりのプレッシャーに本能的にたじろぎ、一瞬だけ、その歩みをピタリと止める。
訪れた静寂の中、ザインは雄叫びを上げた。
「Bring it on!(さあ、かかってきな!)」
彼は一人、アンデッドの大群へと突撃していく。
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