第4話 カーガプルトンの影
「朝食の前に、治療と犯行現場確保をしますね」
俺とイザベルは病室に連行され、一時間ほど俺達の治療を受けて風呂に入った。
この時間は地獄だった。仲間達とノームの女性医師からの冷たい視線も辛かった。
「はい、全部脱いで下さいね」
特にキツかったのは、医師の目の前で全裸になって怪我の状態を診てもらった事だった。
ようやく解放され司令室へ向かうと、冷たくなった朝食と仲間達の冷ややかな目が、俺とイザベルを出迎えた。
「ま、待ってくれ! 誤解だ、ちゃんと説明させてくれ!」
「お前は王を殺し、悲しむ姫を殴って押さえつけ、無理矢理二倍の媚薬を吸わせて弄んだ――他に何をやったんですか?」
リリアーナが吐き捨てるように言い、最大級の侮蔑の目で俺を睨んだ。字面にすると、悪質じゃねぇか。
「待て。半分合ってるけど、違うから!」
「はぁ、ここまで証拠を並べても罪を認めないのですか」
リリアーナが呆れた顔で壁に貼り付けられた証拠品を指差す。
鼻血で黒ずんで胸元が裂けた喪服ドレスや下着だ。
「いや、これは……」
「この他に、割れたサキュバスの媚薬の瓶を二つありますが、どう弁明するつもり?」
「リリアーナ嬢。これは、事故だ」
「へー、これでも事故だって言えますか?」
「う……!」
リリアーナは、イザベルの右の頬にできた痣や傷だらけの裸のスケッチ、二人分の医療カルテを俺に突きつけた。
もはや言い逃れできない証拠で、額に冷や汗が溜まった。
「違うの! 私が瓶を落としたせいで!」
「いいのよ、無理に彼を庇わなくても。貴方は、父親を失って気が動転しているの」
「違うの、リリアーナさん」
「そうだ。記憶を改竄して“そう思い込まされてる”んだ。……可哀想に」
「本当に違う! 本当に私が!」
イザベルが昨日の出来事を説明して必死に弁明するも、タングとリリアーナは同情の目で彼女の頭を撫でる。
その間、フルトが俺に剣を向け、アダムスは二つの銃をジャグリングして俺を監視していた。
「タング、アダムス。昨夜言ってた建国計画、本当にやるつもりか? こいつをさっさと牢屋へぶち込んで他の王候補探せば良いんじゃないか?」
「駄目です。そんな暇はないです。こんな奴でも、逮捕したら悪運でこちらに甚大な被害が出てしまう」
フルト、いきなり何を言っているんだ? 建国計画?
「すまない、イザベル。これも、王と我々で話し合って決めた事だから」
タングは悲痛な表現で、イザベルに頭を下げる。
「「タングさん、それってどういう事?!」」
「例の島国、カーガプルトンの使者が我々の大陸に上陸したんだ」
タングの一言で、俺とイザベルは顔を見合わせた。
「目的がどうあれ、奴らは傍観者じゃない。必ずこの戦に手を伸ばしてくる」
「て事は、噂の”最強のキメラ”と”黒魔術師”を派遣している可能性も?」
「あぁ、フィンジャック。最悪の場合、彼らの主力部隊が攻め込んで、我々もローレンス王国も共倒れになるな」
タングの一言で、場の空気が凍った。特に、黒魔術の失敗で異形のキメラになった王を見た俺とイザベルに取っては、恐怖の対象だ。
特にイザベルは、肩を震わせて怯えていた。
「そ、そんな……あんな悲劇が、また起こるのの?」
「お、落ち着けよ。まだ、決まった訳じゃない」
今にも泣きそうなイザベルを、俺が慰めようと震えた手を伸ばす。だが、リリアーナに手を叩かれ、代わりに彼女がイザベルを抱きしめて落ち着かせようとする。
あぁ、この誤解は解けるのか?
「我々は、早いうちにローレンスを打倒し、その先の未来を見据えないといけなくくなったって事ですよ」
「アダムス、どういうことだ?」
「具体的に言えば、例の島国の使者がこちらへ来るまでに、貴方がステン国王を名乗りおふたりで建国。子を成して国として機能させることです」
彼の発言に、自分の耳を疑った。
「こ、子を!? いきなり何を!」
イザベルの顔が真っ赤になり、手で胸元を押さえながら後ずさった。一方、俺は血の気が引いた。
「その為に、王が用意した報酬が媚薬とは。……お前ら嵌めやがったな」
「イゾルデ姫をハメたのは貴方だ。男らしく責任を取りなさい」
アダムスは銃をしまい、真っ黒な手袋をはめたまま俺を指さした。
『緊急事態! ローレンス軍とドワーフの軍団が、我々を包囲!』
突然、不穏な通信音声と共に、指令室内に警戒の鐘が鳴り響く。みんなの顔に緊張していく中、タングは淡々と通信兵に声をかける。
「敵の数は?」
『か、数は推定……こちらの十倍!」
「三千か」
司令室内の空気が凍った。通信兵の声は震えていて、弱々しくなっているのが更に絶望感を際立てている。
……建国どころじゃねぇな。生き残れるか?
いや、リリアーナもフルトもいて、古代兵器がわんさかあるじゃないか。いや、無理か?
『ろ、ローレンス王からの通信です。向こうは交渉しに来た方です』
「通信を繋げ。私とステンが交渉している間に戦闘準備を通達しろ」
『了解、タング隊長!』
俺たちは、指令室の窓にある望遠鏡で確認すると、顔が真っ青になった。数が多すぎる。
見た限り、ローレンス軍の他に、ドワーフの村の戦士が混じっていて全員整列して睨みを利かせている。
「ねぇ、奴の兵士おかしくない?」
隣にいるイザベルが呟く。
よくみると、ローレンス軍のひとりひとりの兵士の武装がバラバラでボロボロだった。
中には怪我を負って布や包帯を腕や脚に巻いていたり、まともに食べているのかと思えるくらいに痩せていたりしていた。
加えて、兵士たちが勝手に喋ってて列が揃ってないなどの規律の乱れが目立っている。一方で、ドワーフの兵士達の装備は古いが規律が整っていて、奴の軍の士気の低さを物語っている。
「武器の手入れすら忘れたのか」
「フルトさん、油断しないでください数だけでも我々の不利です」
アダムスの指摘通りだ。油断ならねぇ。
『ステン国王、ならびに、ステンの国民の諸君。私はローレンス国王のローレンスだ。我々は同盟を結びに来た』
奴の音声が、鹵獲したトータに装備されている通信機器から鳴り響いた。相変わらず、白々しい野郎だ。こんな大軍で包囲して同盟? どうせ、攻め込むためのブラフだ。
奴の通信に対して、タングは変声機を使って声を変える。
「私が責任者のステンだ。同盟だと? 私の大切な人材と物資を盗んだお前が何を企んでいる」
『ステン陛下。申し訳ないが、事態は一刻を争うのです。……例の島国の使者の馬車を数台ほど上陸した事はご存知で?』
「こちらでも確認している」
『でしたら、話が早い。黒魔術を手に入れる為に同盟を組みませんか?』
ローレンスの提案に、イザベルは眉間に皺を作って拳を握った。不味い、静かに怒っているな、これ。
「我々に何のメリットがあるのだ?」
『シルヴァンデア国王とイゾルデ姫がいるのでしょう?』
「知らんな」
『ふふ、とぼけても無駄ですよ。王妃の死は、本当に申し訳ない。ですが、国王とイゾルデ姫にお伝え下さい』
イザベルが声を出そうとするのを、俺が小声で「落ち着け」と耳打ちする。だが、彼女は司令室の壁に爪を立てて怒りを抑えたままだ。
『悪魔の国を制圧した暁には、王妃を蘇らせてみせる!』
「……母上を、蘇らせる?」
イザベルの声は低く、まるで氷の刃のようだった。誰とも軽々しく口を挟めないほどの冷たい殺気が漂う。
『トルデ王直属の宮廷魔法使いは、死人を蘇らせる黒魔術を使ったと聞いた!』
「は?」
「イザベル、落ち着け」
『母君を……あの麗しき王妃を蘇らせましょう。 母と娘が再び抱き合う姿を、私は見たいのです!』
「ふざけるな!」
通信機械を壊しそうな勢いでブチ切れているイザベルを周りが止めようとするが、ジュードーでフルトやアダムスを投げ飛ばして暴れる。
「暴れるな。奴に”姫の存在”を知られたら、不味いだろ」
「うぅ……」
俺が何とか羽交い締めにして、口を塞ぐと落ち着いた。
「フィンジャック、彼女を黙らせろ」
『そ、その声はイゾルデ姫か? いるのか?』
『さらに別の回線から通信が入っています! タング隊長に繋げとの事です』
「繋げ。すぐに代わる」
タングがクソ野郎との通信から別の回線に切り替わるのを待っている。俺はその間イザベルを廊下へ引きずり、落ち着かせようと声をかける。
「すまん、大丈夫か? これ、飴だ」
飴を渡しても彼女はしばらく震えていて、口に含んだらやっと一息ついた、
「ありがとう。フィンジャック。少し落ち着いた。……あの糞野郎をぶっ殺してやるから手伝って」
「あぁ」
俺が頷くと、イザベルは笑みを零した。
『……タング。久しいな』
その声に、司令室が静まり返る。
『覚えているだろう。お前を追放した父だ』
「今更何の用だ」
『あの時はすまなかった。お詫びに、お前を新しい村長に迎えよう。村長会議で皆納得したが、条件がある』
「条件だと?」
『ステンの古代兵器を我々に優先的に渡すのだ! 頼む! これが失敗したら、私の立場がなくなってしまう!』
次の瞬間、通信機械が悲鳴を上げるように破裂音を吐き出した。
金属が弾ける甲高い音と同時に、怒号が途切れる。
これが、世界が動き出す開戦の合図だった。
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