裏切りの勇者討伐の為に、僕らはまた歩き出した
ギール
プロローグ
――この日、世界は救われ、同時に壊れた。
「魔王を討ち取った今! 勇者連合を解散し、掃討作戦を始動する!」
魔王の玉座の間。
白銀の髪をなびかせ、血塗れの剣を掲げた男――勇者連合総帥ローレンス二世が勝ち誇った声を上げた。
その声が、崩れかけた魔王城の奥深くまで響き渡る。
勇者連合。
五つの王国と、十三の騎士団から集められた千人規模の討伐軍。
俺――フィンジャックはその中の“第七補給中隊”に所属する、ただの荷物持ちだった。
血と煤で汚れた床の上、仲間たちが倒れ、呻き、息絶えている。
魔王軍も同じ。お互いに満身創痍で、もはや戦う力など残っていなかった。
「な、何を言ってるんだ、ローレンス……!」
俺が声を張り上げると、ローレンスはちらりと俺を見やった。
氷のように透き通った瞳。人を見下ろすことに慣れた貴族の目だ。
「おや、生きていたのか。《悪運のフィンジャック》」
「てめぇ、まさか……シルヴァンディア王からの報酬を独り占めする気か!」
「報酬? フフ、勘違いするな。魔王にも王にも、世界を乱した責任を取ってもらうだけだ。
この世界は美しくなければならない――醜い者は、すべて淘汰されるべきだ」
その瞬間、彼の背後に立つ女戦士たちが一斉に武器を構えた。
ローレンスが指を鳴らす。
剣の煌めきが、血煙の中を走った。
「おい、やめろ! 仲間だろうが!」
俺の隣で、物資担当の男が悲鳴を上げた。
だが、女剣士がその背中を突き刺す。
血飛沫が俺の頬を濡らした。
「……お前まで、裏切ったのか!」
「勘違いするな。ローレンス様は“美しき新世界”を築かれる方。女が導く時代よ。あなたたちはもう、不要なの」
女剣士が笑いながら言い放つ。
その瞬間、俺はボウガンを構えて引き金を引いた。
矢は彼女の頬をかすめ、背後の壁に突き刺さる。
だが、その隙に仲間の遺体から回復薬を奪い、彼女は走り去った。
辺りを見渡せば、同じような光景が至るところで起きていた。
女魔導士、女騎士、女盗賊――勇者連合の三分の二が、ローレンスの側に寝返っている。
どうやら、戦いの前日から計画していたらしい。
奴が 「長期戦になるから女性は後方支援に回す」と言っていたのは、最初から体力を温存させるためだったのだ。
クソ野郎……! 最初から俺たちを利用するつもりだったんだな!
「まだ動ける奴は、物資の死守に回れ!」
俺は叫んだが、応答はほとんどない。
生き残っているのは、ほんの一握りだ。
聖女リリアーナが、崩れ落ちた仲間の頭を抱えて泣いていた。
「リリアーナ、退け! あいつらはもう仲間じゃねぇ!」
「……いいえ。ローレンスの理想は、神の教えに背いています。私は、女神の誓約にかけて、裏切ることはできません」
涙を流しながらも、リリアーナの瞳には強い光が宿っていた。
女神に仕える者は、誓約を破れば魂を失う――それを知っていても、なお彼女は立ち上がった。
その姿を見て、俺は歯を食いしばる。
――そうだ、俺も立ち上がらなきゃならねぇ。
俺には、守らなきゃならない約束がある。
戦争で故郷を奪われ、孤児になった俺を拾い、王都の厨房で働かせてくれたシルヴァンディア王。
俺は恩を返すために荷物管理人になって勉強しした。今や、王族や貴族、Aクラス勇者の物資、物流管理や交渉を任される一級を取得して国王の為に尽くしてきた。
そんな恩人の王暗殺を計画したのは、ローレンスだ。
瓦礫が降り注ぎ、床が崩れる。
魔王城が音を立てて沈み始めていた。
「さようなら、勇者連合の諸君。君たちは――私の美しい王国の礎となるのだ」
ローレンスの声が、天井の裂け目から降ってくる。
見上げると、月光を背に浮かぶ白銀の影。
風に舞う髪が夜空を滑るように光を散らし、氷の花のような魔法陣が咲き誇る。
「ローレンス様……!」
「美しい……」
裏切った女たちの声が、祈りのように重なる。
クソが。なんであんな男が、全部持っていくんだよ。
俺は剣を拾い上げた。
血まみれの手で柄を握りしめ、呟く。
「……あの野郎を、絶対にぶっ殺す」
足元の血溜まりに、仲間の手鏡が落ちていた。
そこに映る自分の顔が、あまりにも情けなくて、思わず笑った。
裏方仕事の荷物持ち。けど、死ぬ前に一つぐらい、やり返してやるさ。
その瞬間、轟音が響き渡り、世界が崩れた。
光が砕け、音が消える。
それが、俺の“再出発”だった。
――後に歴史の書は、この日を「白銀王の勝利」と記す。
だが俺にとっては、すべてを失った日のことを、ただ「始まり」と呼ぶ。
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