第9話 虚しさ
虚しいだけの日々。
最近、死ぬことばかりを考えている。そして、誰かを殺すことばかりを考えている――。
「俺は狂ってない」
「狂ってなんかいない」
生きていない世界に生きている人間は、人の生きている世界では生きられない。
《広報によると、ガザでの戦闘で、約四万七千人が死亡し、一万四千人が行方不明だと明らかにしました。犠牲者の内、七割が女性と子どもで、二千九十二世帯は家族全員が殺されたとしています》
「狂っているのはあいつらの方だ」
世界は狂っている――。世界が狂っている。
《米の学校で午前十一時ごろ、銃の乱射事件が発生し、生徒が二人死亡。容疑者はこの学校の生徒で、すでに学校内で死亡が確認されている。事件が起きた学校は幼稚園から高校までの教育を行い、約四〇〇人の生徒が通っている。 データによると、幼稚園から高校までの教育を行う学校では今年三百二十二件の銃撃事件が発生している 》
――孤独は魂の虐殺――
貧困と孤独、しかし、世界は静まっていた。なんの動きもなく、完全に世界は静まっていた。
人と関わらず過ごすことに喜びを感じないのならば、
心の特質は理解できません
増支部経典 六ー六八
僕は死を恐れながら、死を望んでいる。
僕は病気じゃない。
精神科医に言わせればすべてが病気だ。失恋も孤独も不適応も不登校も引きこもりも、愛や喜びでさえも、すべてが病気だ。
まともってなんだ?
薬でコントロールされた心。それが健全なのか?
ミケランジェロには一人の友だちもいなかったが、友人を望みもしなかったし、誰とも話をしなかった。
ブッダ:
真理を知り、
十分に学んだ者にとっては
何もないということが安楽なのです
ウダーナ 一五
容姿、才能、コネ、家柄、境遇、出生地、国籍・・、生まれた瞬間、ほぼ決まっている人生。それに気づいた者からこの国では絶望していく。
希望なんて、どこにもない。最初から・・。
「すべての人間は平等だが、一部の人間は他の人間より平等だ」
ジョージ・オーウェル
《速報・ガザ地区の死者が五万人を超える。イスラエル軍の攻撃再開で》
「ねえ、知ってた?世界は平等じゃないんだよ」
あの子が言った。その子はちょっと、バカな子だった。
「・・・」
知ってたさ。とっくの昔に――。
今日もエリートたちがこの世界の上の方から笑っている。
いつか来る彼らの敗北の日を、僕は指折り数えて待っている。
ブッダ:
人は見た目ではわからない
わずかな観察だけで信頼してはならない
相応部 三ー一一
じわじわ、じわじわと人は弱っていく。じわじわ、じわじわと人は、老いていく。じわじわじわじわと人は死んでいく。じわじわ、じわじわと人は不幸になっていく。どんな人間も。今は調子よくて調子こいてる人間もみな確実に、そして、だがゆっくりと、それは進行していく。それは揺るぎない人の生――。
すべての人間はその若さも美しさも健康も才能もいずれすべて失う。それは絶対的な法則。
すべての人間の優位性はいずれみな失われる。
格差社会の最底辺で生きる僕。
それだけが救い。
「すべて生じたものはいずれ消え去る」
「すべて生じたものは虚ろである」
「すべてのものに不変の実体はない」と
智恵によって観たなら、
虚しきものを厭い離れる
小部 ダンマパダ 二七七ー二七九
世間の人々は死魔に苦しめられ
老いに取り囲まれ
渇愛の矢に刺され
欲求の煙でいぶされ続けている
長老偈 六・十三
最初から僕が幸せになる場所など、この世界にはなかったのだ。
ある日、僕は気づく。
でも、だから、どうしろっていうんだ。
結局、生きることも死ぬこともできず、今日も腹だけは減るのだ。
配達途中の路上で、今年生まれた子猫たちが無邪気に遊んでいる。
僕は猫になりたい。
《ガザで、両親もしくは、片親がいない子どもは三万八千四百九十五人に上るという》
心はいらない。金だけあればいい。そんな時代に僕は生きている。
表面的な美しさばかりの偽物ばかり。そいつらが毎日毎日嘘を言う。それがこの社会の日常。
人間としてこの地上に生をうけたことは
極めて得がたいことである。
しかも やがて死すべき者が
いま生命を持ち続けていることは
まことに尊く有り難いことである。
ダンマパダ
下らない奴ばかり金持ちになって行く。嫌な奴ほど出世する。
「まっさらな人間と話がしたいんだ・・」
僕の純真な思い。
この世界は汚れた人間ばかり。汚い人間ばかりが笑っている。
《「県政を前に進めていくということです」》
定例記者会見、今日も元彦は、質問に何も答えない
今年もやって来た。四十七歳の誕生日――。僕はもうすぐ五十だ。
死ぬなら早い方がいい。最近そう思う。
世の中で財産のある人々を見るに
かれらは財を得ても
迷妄のゆえに 与えることをしない。
かれらは貪欲であって
財産を蓄積して
ますます快楽を追求する。
(ラッタパーラ経) テーラガーター
《京アニ事件に続き、大阪の北新地のビルの四回にある精神科クリニックで放火により、二十七名が死亡、一人が負傷という・・》
最近の流行りはガソリンを使った放火だった。
この国は銃社会ではない。そのことが幸運なのか、不幸なのか・・、それは、僕には分からなかった。
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