15. 雪国の狼
「ちっ」
白狼は、イズミの無事な様子を見ると、舌打ちをした。その表情には、疲労の色が見える。
対するイズミと義経は、念話により作戦が決まると、白狼に向けて同時に戦闘態勢を取った。
今にも跳び出しそうな二人だったが、ここで意外なことが起こる。
(ん? どうしてあいつは構えないんだ?)
白狼が、こちらが構えても、なぜか構えようとしないのである。
イズミが不思議に思っていると、白狼はいきなり話しかけてきた。
「おい、てめーはいったい何者なんだ? 黒服を着てねーところを見ると、MISTのもんじゃねーだろ。創世会やRAINのもんでもなさそうだ。もっと小さな組織か? 俺がアニマの幹部だと知っててちょっかい出してんのか!?」
イズミが、白狼の“アニマ”という言葉に反応する。この半年間で、アニマに所属するという男たち二名とすでに戦っていたからである。
イズミは、義経と再度念話を始めた。
(またアニマか。よほど大きな組織なんだな。それなら幻宝の情報を持っていてもおかしくないんじゃないか、義経?)
(ああ、そうだね。じゃあ、少し鎌をかけてみてくれ)
(了解。そういうのは苦手なんだけどな……)
イズミの口調から、言葉どおり苦手意識が窺える。義経との念話を切ると、構えを解いて白狼と話し始めた。
「俺は、この辺じゃマイナーな小さい組織に所属している。お前らアニマが幻宝の情報を得たというから、それを知りたくてな。それで、偶然見かけたお前を追ったんだ」
「ああ!? 情報を得たのは創世会だろっ。だから今、俺たちがあのクソ教団を狩ってるんだろうがっ」
イズミの演技は、とても上手だとは言えないものだったが、白狼は問題なく騙されている。
「そうなのか? 俺が言ってるのはあの情報のことだぞ。確か……」
イズミは、何かを思い出そうとしている素振りを見せた。
「海外の霊能者が持ってきたって情報だろ? あれを得たのは創世会の奴らだっ。だから、情報が欲しいならあっちを狙え。俺も、手下の霊能者二人をあいつらにやられてムカムカしてんだっ」
(だそうだ、義経)
(了解)
義経の“してやったり”という表情がイズミに伝わる。これで充分だと理解したイズミは、ここで虚言を終えることにした。
「そうか。勘違いなら悪かったな。だが、お前も勘違いしているぞ。その二人をやったのは俺たちだ」
「なに!? しかしあいつらの話じゃ、襲ってきた奴は白い狩衣を着た守護霊を持っていて……だから創世会のやつらだろうって……」
『君には私の格好が見えないのかい?』
ここで義経が会話に割って入る。
白狼は、はっとした表情を見せた後、イズミたちを睨みつけた。
「お前らだったのかっ。くそっ、殺してやる!」
『来るぞ、イズミっ』
義経の一言で、再度イズミが戦闘態勢を取る。
その直後に白狼は地面を蹴った。
「死ねや、てめえらーっ!」
白狼の拳がまたもイズミを襲うが、攻撃パターンを覚えたイズミにとって、この攻撃はもはや脅威ではない。
イズミは一旦後ろに跳ね、宙に浮いた状態のまま叫ぶ。
「いけっ、宍戸!!」
すると魂力の光の塊が、地面を這って白狼に向かった。
「何だ!? 霊体への直接攻撃か!? こんなもんに当たるかよ!」
そう言って上方に跳躍する白狼。しかし、これは悪手であった。
――ギャチャンッッ!――
白狼の跳躍の途中で、鋭い鎖音とともに、狼の霊体の跳躍だけが止まる。
「なに!?」
白狼が下を見ると、狼の霊体の後ろ足に、青白く光る鎖分銅がからまっていた。その下方には
宍戸は、地面から上半身だけを出し、分銅に続く鎖を引っ張っていた。
「なぜもう一体守護霊がいるんだ!?」
白狼が混乱したように叫ぶ。
これにより、白狼だけが上空に跳び出すかたちとなり、白狼と霊体のあいだの魂帯がむき出しの状態となった。
『やっぱり、脚力に自身があると上に避けちゃうんだよね。今だ! イズミ!!』
義経の掛け声とともに、イズミと義経が白狼の魂帯に向けて跳び出す。
「はあぁぁぁっ!!!!」
そのままイズミは、雄叫びを上げながら、右腕を横一閃に振った。
――シュバンッッッ!――
同時に、義経の愛刀“白夜”が魂帯を切り裂く。
「ぎゃあぁぁぁっっ!!!!」
『キャイィィィィィン!!!!』
それによって、白狼の叫び声と霊体の甲高い鳴き声が、夜空に響き渡った。
『ここだ! 奪え!!』
着地するとすぐに、義経がイズミに指示を出す。
イズミは「分かってる!!」と言うと、右手を狼の霊体に向けた。
「来いっ!」
イズミが、手に意識を集中させながら呼ぶ。
――フオンッ――
すると、狼の霊体が一瞬でイズミの中に吸い込まれた。
イズミの体を包む魂力の光が、それに呼応するかのように数秒強まる。そして、光が元に戻り始めると、イズミの頭の中にビジョンが流れ始めた。
ビジョンとは、霊体を取り込んだ後、必ず頭の中に流れ込んでくる光景である。ここ数回の敵との戦いで、これが吸収した霊体の記憶であることをイズミは認識した。
(ここはどこかの雪国か? 目の前を歩いているのは狼……だな。こいつの親……なのか?)
吹雪の中、母親だと思われる狼が目の前を歩いている。
白い雪と白い狼、視界に入るもの全てが白く、まさに白色の光景である。
(子供のために獲物を探しているのか? しかし……これでは何も見えないだろう)
そんなことを考えていると、突然この白色の光景に赤色が交じる。
狩人がやったのであろうか、狼は首を銃のようなもので撃たれ、その場に倒れ込んだ。血がじわじわと雪に染みわたっていく。
近くに寄ると、狼はこちらを見つめた。断続する白い吐息は、死にゆく苦しさを痛々しく伝えている。
(……ひどいことをする)
そして、この吐息が見えなくなるとともに、狼は事切れた。
(こいつは、こうやって親を殺され、日本に連れてこられたのか……)
ここでビジョンが消えていく。
イズミは、肩で息をしながらそこに立ち尽くし、少しすると深呼吸をした。
「……終わったぞ、義経」
イズミが伝えると、すぐ横に立っていた義経が静かに頷く。
『大丈夫か、イズミ?』
義経は、イズミの肩に片手を当てて、優しく訊いた。
「ああ」
『そうか。今回も、無事に終わってよかった。しっかり魂力の総量が上がったことを感じるよ』
義経が安堵の表情を見せると、イズミが微笑む。
「それで、こいつはどうするんだ?」
少しすると、イズミは落下して意識を失った白狼を指差して、義経に訊いた。
『いつものとおり、安全な所に移動させたら、あとはほっておこう』
「分かった。どこか暖かい所にでも置いておいてやるか。それにしても、こいつ強敵だったな」
『ん~、まあまあかな』
「お前にとってそうでなくても、俺にとっては強敵だったん……ん? どうした?」
義経が、妙に神妙な表情で突然黙り込む。
『私にとっては、それよりも……』
「ん? 何だ?」
『君の演技のほうが衝撃的だったっ』
「なっ!!」
「あれはひどかったなぁ~っ。ははははははっ」
義経は、打って変わって笑い始めた。
「うるさいっ」
よほど恥ずかしかったのか、イズミがすぐに顔を赤らめる。
義経は、そのままイズミの演技の真似をしだした。
『おい白狼、あの情報のことだぞ……確か……』
イズミの口真似だけでなく、顔真似までしている。
「お前って奴は……!!」
イズミは赤面しながら、拳を握りしめた。
――ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――
そんなところに、突然男が近づいてくる。
「あなた……今……霊体を吸い込みましたよねっ!?」
近づいてきたのは、戦いの一部始終を見届けた巫月であった。
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