中庭会議
4月17日月曜日昼休み。
いつもなら一人で弁当を広げる和泉だが、
今日は違っていた。
学校の中庭の芝生広場。
所々にベンチがあるにも関わず、
芝生にわざわざブルーシートを敷いて
その上であぐらをかく。
「和泉さん、もっとこっちに寄ったら?」
「いや、そっちに寄ったら
逢瀬が狭いだろう?
だから和泉、こっちに寄れ。」
昨日のテニス大会にて
たくさん歩き回って疲れた和泉は、
あまりの疲労故に
うっかり盛大に寝坊してしまったのだ。
弁当はいつも自分で作っているのだが、
寝坊した今朝にそんな時間はなかった。
遅刻をしてでも弁当を調達しようかと
迷いに迷った末に、
まだ新学年の始まりなだけあって
何があっても遅刻しない道を選んだ。
ただその選択も、
今となっては後悔するばかり。
昼休みになって食堂に行こうと席を立つと、
運悪くその姿を逢瀬に見られた。
「もしかして、お弁当忘れたの?」
どうしてか瞳をキラキラとさせて、
逢瀬は和泉に聞いてきた。
事情をありのままに話すと、
逢瀬は和泉の手を引いて
中庭へとやってきた。
「待ってて!」
和泉を置いて、逢瀬は走って行った。
言われるがままに
ポツンと中庭で待っていると、
これもまた運悪く十六夜が通った。
中庭に一人佇む和泉と、
どこかへ駆けて行く逢瀬の後ろ姿。
全てを察した十六夜は、
同じように快足を飛ばしてどこかへ。
今思えば、この時に全力で
逃げておくべきだった。
逃げておけば、地獄を見ずに済んだのだ…。
「いやいや、俺は全然平気だよ?
和泉さん、ほら、遠慮しなくていいから。」
「ダメなものはダメだ。
和泉、無駄な抵抗はやめて
早くこっちに座れ。」
これが従来のラブコメなら、
二人の美青年が女の子を取り合う展開は
それはもう最高なのだが、
その美青年が逢瀬と十六夜の時点で、
ただのラブコメとは程遠い。
確かに逢瀬も十六夜も
校内でトップクラスのルックスを持っているが、
二人の内面まで知る和泉にとって
この状況は地獄でしかない。
二人の笑顔の裏にある般若のような顔が、
和泉の脳裏にチラつくのだから。
それに、今のこの状況を
周囲の人間に見られまくっているという
マイナスの付加価値が、
和泉の食欲を更に低下させる。
「ねぇ、二人とも…。
なんでそんなに私に近づくの?」
まるで子育て中の母親のような表情で
和泉は二人に聞いてみた。
ただこの質問も、
結果的に墓穴を掘ることになる。
「そんなの決まってるよ。
昨日の調査を踏まえて今後どうするか、
和泉さんと一緒に話し合うためさ。」
昨日の調査、もといストーキングで、
月詠は普段からあの商店街に通っており、
色々な人と交流があることが分かった。
それに、子ども達とも
仲良くしているようだった。
恐らくは近所に住んでいるだけの
子ども達だと思われるが、
何か他の要素を見落としている気がしていた。
「俺は、情報交換をするためだ。
少し気になったこともあるしな。」
十六夜が新たに何かを思い出して
それがヒントになれば、
問題解決に近づくかもしれない。
「ただ、元はと言えば、
これは俺が和泉に頼んだことだ。
関係のない奴は引っ込んでろ。」
「そういう訳にもいかないよ。
和泉さんが困ってるみたいだったから、
微力ながら協力しているんだ。
君の方こそ、依頼している立場なら、
何か収穫があるまでは
黙っているのが筋じゃないかい?」
バチバチと二人の間で火花が散り、
お互いに一歩も引かない。
二人が言っていることに間違いはないし、
どちらも意思も尊重したいが、
当の本人達がこの有り様では
進むものも進まなくなってしまう。
「あー!もう!めんどくさいわね!
十六夜君は気になることっていうのを
さっさと完結に話して!
逢瀬君は昨日の振り返りをする!
これ以上時間を無駄にさせないで!」
和泉が声を荒らげると、
周囲にいた生徒達は
小さな悲鳴をあげながら
足早に中庭を離れていった。
逢瀬と十六夜も一瞬で静かになり、
バツが悪そうに正座をした。
キッ!と和泉が十六夜を睨むと、
十六夜は背筋をピンと伸ばした。
「べ、別に大した事はないと思うんだが、
この一週間で俺の体調も戻って
昨日は家でフットワークの練習をしてたんだ。
その時にふと思ったんだよ。
なんで月詠はバド部ではなく、
テニス部に入ったのかって。
俺に何か目的があるなら、
俺と同じバド部を選ぶはず。
俺を追いかけてこの高校に来るくらいだ。
烏城高校は偏差値も高い方だし、
簡単には受からない。
なのに、わざわざ同じ高校に来てまで
違う部活に入るなんておかしいだろ?」
確かに、十六夜の言う通りだ。
中学の頃から十六夜に付き纏い、
高校まで追いかけてきたのに
部活は違うものを選んだ。
部活にまで覗きに来る日もあると
十六夜は言っていたが、
同じ部活に入れば
わざわざ覗きに来る必要もない。
月詠の運動神経があれば、
たとえバドミントン部であろうと
十分活躍出来ただろう。
それなのに、月詠はテニス部に所属している。
「もしかすると、十六夜君以外に
何か目的があるのかもしれないわね。」
「俺以外の目的……?」
そもそもどうして月詠が
十六夜をつけ狙っているのか、
その理由が不明である故に
核心部分に触れることは言えない。
だが、月詠の目的が十六夜以外の
何かにもあることは確かだろう。
そうでなければ、説明がつかない。
「そうね、例えば───」
「例えば、十六夜君が持っている物、
あるいは、十六夜君と仲の良い人物。」
十六夜の疑問符に答えるため、
和泉が言おうとした瞬間に、
逢瀬が言葉を遮った。
「俺の持ってる物か、友達…?」
逢瀬の言った回答に
十六夜は更に疑問符を増やした。
十六夜本人にとっては、
他者に利益をもたらす物や人との
関係の自覚はないらしい。
「十六夜君、以前に何か、
私物や品物とかを巡って
誰かとトラブルになったことはあるかい?」
「いや…ないが。」
逢瀬の質問に、十六夜は答える。
どうやら和泉の先程の叱責が
二人の関係性を中和したようだった。
「じゃあ、誰かと同じ人を好きになって
トラブルになったことは?」
「それも……」
少しだけ、十六夜は考えた。
逢瀬と和泉の顔を交互に見て、
静かにしっかりと答える。
「ないな。」
「それもないか……。」
考え込む逢瀬の横顔は
さながら探偵のようで、
逢瀬の言う通りにすれば
何でも上手くいくような気さえした。
しかし、事態は何も変わっていない。
十六夜本人に目的がないのなら、
十六夜関係の物や人に
何かあるのかと思ったが、
逢瀬の質問は二つとも空振りに終わった。
和泉も逢瀬と同じことを考えていたため、
すぐには何も言えなかった。
「十六夜君には狙いがなく、
彼に関係する物でもない…?
烏城高校、バドミントン部、テニス部…。」
逢瀬はボソボソと口の中でボヤき、
和泉も頭の中で考える。
こういう時は、まず時系列順に整理しよう。
月詠がストーキング行為を始めたのは、
今から2年前の夏頃。
十六夜の部活終わりの帰り道や
学校へ行くまでの道を追いかけ、
十六夜が寄ったお店などにも
ついて行っていた。
だが、十六夜が中学を卒業してから1年の間は
ストーキングをすることなく、
わざわざ烏城高校に入学してから再開した。
中学にいる時は道をつけるだけだったのが、
入学してから早々に
十六夜のいる教室やバドミントン部まで
顔を出すようになり、
他の生徒まで月詠のことを
警戒するようになっている。
いつでも元気に満ち溢れていて、
常に笑顔を振り撒くその裏では、
何か人に言えないようなヤバいことを
やっているのではないか、と。
ここまでの疑問点をまとめると、
その1、そもそもどうして十六夜のことを
つけ狙うようになったのか。
その2、どうして1年の間は
大人しくしていたのか。
その3、どうして高校生になってからは
教室や部活にまで覗きに来るようになったのか。
その4、どうしてバドミントン部ではなく
テニス部に入部したのか。
ざっとこのくらいだろうか。
しかし、疑問だけが湧くばかりで、
情報や証拠がない以上、
今日はもう進展の余地はなさそうだ。
「制服、商店街、クーポン券、子ども達…。」
和泉は一旦、考えることを放棄した。
考えたところで収穫が得られないのなら、
これ以上は時間の無駄だ。
だが、逢瀬はまだ考え中のようだ。
「…ごめん和泉さん。
俺、今日は授業が終わったら帰るよ。
少し、確かめたいことがあるから。
もし何か委員会の仕事が入ったら、
やっといてくれない?
埋め合わせは必ずするからさ。」
「…?別にいいけど。」
「ありがとう。」
そして逢瀬は立ち上がり、
校舎の中へ入っていった。
どうやら、逢瀬は逢瀬なりに
手掛かりを掴む術を見つけたようだった。
あまりこちらが考えても仕方ない。
逢瀬が逢瀬のやり方でやるのなら、
和泉も和泉のやり方でやるだけだ。
「それじゃあ十六夜君。
私ももう少し考えるから、
シートの片付けよろしくね。」
「えっ?あ、あぁ……。」
和泉も立ち上がり、
校舎の中へと入っていく。
中途半端な返事だけをして
ポツンと残された十六夜は、
ブルーシートを綺麗に畳むと、
ベンチに座って一人で
お弁当箱の包みを広げた。
今頃、あの二人はお腹を
空かせていないのだろうか、
などと考えながら。
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