廃工場

この世のモノ為らざるモノ。

それらを総称して、

この世界では妖の神と書いて『妖神』と呼ぶ。

妖怪、もののけ、伝承、怪異譚…。

八百万の神がいるとされる日本では、

そういった非科学的なモノが

どこにでもいると考えられている。

ただ、それらは基本的に無害で、

人の生活や命を奪うことはない。

冒頭ではそれら全てを含めた上で

『妖神』と呼ぶと書いてしまったが、

その存在が持つ意味の上では少し違う。

それらの中で、必要以上に人に干渉したり、

世界の秩序を乱すような存在を

『妖神』と呼んでいるのだ。

例えば『時の鳥ホトトギス』の妖神。

ホトトギスは時間を歪ませて

世界に多大なる混乱を招く。

例えば『トカゲ』の妖神。

トカゲは自身の気持ちと体を切り離し、

取り憑いた人間の体をバラバラにする。

例えば『不死鳥』の妖神。

不死鳥は自らの死を感知すると雨を降らし、

その雨の中に体を溶かす。

そして、綺麗な水溜まりの中から

また新たな命として復活する。

ケガなども立ち所に癒える、

完全なる不死の存在だ。

妖神は数多く存在しており、

世界のどこにでもいる。

しかし、どんな人間にも

取り憑いたりする訳ではなく、

心に隙のある者を狙う。

隙のない人間には視認することもできず、

そこにいるのにいないような扱いになる。

観測理論とはよく言ったもので、

妖神は認識されてこそ

その力を発揮するのだ。


「──基本的な話は以上よ。

他に何か質問はある?」


夕暮れのオレンジの陽を横目に、

和泉の後ろを十六夜がついて歩いていた。

妖神についての簡単な説明を終え、

和泉は十六夜に問う。

十六夜は自身で調べたと言っても、

ネットで調べただけで

信憑性の薄い記事ばかりらしく、

和泉のことを教えた人物からは

詳しいことは和泉に聞けと、

あまり話してもらえなかったようだ。

しかも、実際にその人とは会っておらず、

電話で少し話をしただけだという。


「そうだな……じゃあ聞きたいんだが、

今回俺に降りかかった妖神も、

俺の心に隙があると判断したのか?」


ふむ。さすがと言うべきか、

他に何か言い方があるだろうか。

十六夜はいい着眼点を持っている。

スポーツで一つの道を進む者として、

自身の心に隙などないと思いたいのだろう。

ただ、妖神達にとっては

スポーツをしていようと政治をしていようと、

心の僅かな隙を見つけられれば

そこにつけ込むだけだ。


「そうね。心に隙のある者にしか、

あいつらは興味を示さない。

例えば……あなたはここ最近で

何か嫌なことがあったり、

悩んでいることはある?」


「悩み…か……。」


十六夜は考え始めると、

すぐに何か思い詰めたような顔になる。

しかし、首を横に振って

その考えを放棄してしまった。

十六夜も十六夜で、

人に言えない事情もあるだろう。

人間誰しも隠し事の一つや二つあるものだ。


「無理に話す必要はないわ。

ただ、心に隙を生む何かがあるのなら、

解決しておいた方がいい。」


仮に今日今の症状を治したとしても、

心に隙があるままでは、

また別の妖神に遭うかもしれないから。

と、和泉は付け足した。

すると、十六夜は苦しそうな表情を浮かべた。

しかしそれは仕方のない話だ。

すぐに解決できないから悩んでいるのに、

それをどうにかしろだなんて、

その悩みの部外者である和泉が

言えることではないのだから。


「到着したわ。」


学校から歩くこと約20分。

目指していた場所に到着した。

十六夜がそれを見上げると

思わず鳥肌がたってしまった。

不気味に歪んで見えるそれは、

小さな廃工場のようだった。

壁や天井には所々に穴があり、

錆びた鉄と油の混ざったような刺激臭が

鼻腔の奥で暴れ回っている。

その廃工場の周囲に民家や人影はなく、

まるで世界から切り離されているようだ。


「その内慣れるだろうから気にしないで。

それより、さっさとついて来て。」


怖気付く十六夜を尻目に、

和泉はスタスタと中に入っていく。

キィィィ……と悲鳴をあげる扉を開け、

十六夜を手招いた。

和泉の慣れた様子に

十六夜は自身の危険を感じたが、

ここまで来たならもう引けない。

半ば諦めたように、十六夜は扉を潜った。

工場の中はそれなりに広けていて、

テニスコート2面分くらいはありそうだ。

何を造る工場だったのか、

見たこともない機械が

いくつも放置されている。


「何なんだ…ここは……。」


十六夜は戸惑いながら、

和泉にくっ付くように歩く。

二人の足音が工場の奥まで響き渡り、

隅の方では虫やネズミが

右往左往と蠢いている。


「あー…それと、一応言っておくけど、

私の師匠は変態だから気をつけて。」


一枚の扉の前まで来ると、

和泉は立ち止まった。

疑問符を頭に浮かべる十六夜は、

よく理解できないままにただ一つ頷いた。

そして、和泉は扉を開ける。


「きゃー!男の子だぁぁぁ!」


「うおっ!?」


扉を開けた瞬間、

中から1人の男性が飛び出して来た。

勢いのままに十六夜に抱き着き、

頬をスリスリしたり全身を撫で回している。

十六夜は何が起きているのか分からず、

ただ目をグルグルと回す。

そして、一つため息を吐いた和泉が

その男性の首根っこを掴んで

十六夜から引き剥がすと、

ダンボールが積まれている部屋の奥に

男性を放り投げた。


「いぎゃっ!」


鈍い音と共に何かの悲鳴が聞こえて、

ダンボールからホコリが舞う。


「な、なんだっ!?」


一瞬の間に起こった出来事を、

十六夜はまだ把握できていないようだ。

和泉とダンボールの山を交互に見てから、

自分の体を確かめるように触る。


「ねぇ師匠、急に飛びかかるのをやめてって、

何度言ったら理解するの?」


モクモクとホコリが舞うダンボールの中から、

先程の男性が這い出てきた。

太陽の光すら吸収しそうな

真っ暗な黒の長髪で、目の下にクマがある。

白衣を身に纏ってはいるが、

不健康そうな肌や見た目と相まって、

その姿はまるでゾンビのようだった。


「ゲホゲホ……相変わらず容赦ないねぇ。

そんなんじゃモテないよぉ?」


「余計なお世話よ。」


白衣についたホコリを払い、

男性は立ち上がった。

決して十六夜も身長は低くないが、

それでも男性の顔を見るには

どうしても見上げなければならない程に

男性は背が高く、190cmはありそうだ。


「十六夜君、これが私の師匠で名前は千歳ちとせ千尋ちひろ

師匠はあなたのように妖神に遭った人を

助けることを生業としていて、

これでもれっきとしたプロよ。

変態な上に変人で頭もおかしいけど、

妖神関連のことなら信用していいわ。」


和泉が紹介すると、

千歳は手のひらをクルクルとさせて

十六夜にアピールした。

いきなり抱き着かれて驚いた十六夜だったが、

とりあえず頭を下げておいた。

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