第九話:罪悪感と保健室
昼休みが終わり、午後の授業が始まっても三浦は教室に戻ってこなかった。隣の空席を見ながら、俺の胸に抱く罪悪感は、ビッグカレーパンの温かさとは全く違う、重く冷たいものだった。
女子たちが「寧々、どうしたんだろう?」と噂しているのを聞きながら、俺は午後の授業を全く頭に入れることができなかった。きっと、俺との衝突で、人前であんなに密着してしまったことが彼女の精神的なショックになっているのだろう。担任が確認に行ったところ、保健室で休んでいるとのことだった。
放課後、俺は覚悟を決めた。三浦の机から彼女の鞄を持ち、保健室へと向かった。逃げるわけにはいかない。
保健室は静まり返っていた。保健の先生に声をかけ、奥のカーテンで仕切られたスペースに向かう。
奥のベッドに横たわっている三浦は、顔色の悪さをごまかすように目を閉じていた。俺は静かにカーテンを開け、鞄を足元に置いた。
「三浦…あの、鞄…持ってきた」
俺がそっと声をかけると、三浦はゆっくりと目を開けた。その瞳は少し潤んでおり、やはりまだ泣いていたのだろうと俺は察した。
「上部君…」
俺はベッドの横に立ち、深く頭を下げる。
「昼休みは本当にごめん。俺が不注意だった。カレーパンに夢中になって、前を見てなかったから…」
俺が謝罪すると、三浦は小さく首を振った。
「ううん、違うの。上部君のせいじゃ、ないの。私が悪いんだよ…」
彼女はそう言うと、カーディガンの胸元をぎゅっと握りしめた。そして、消え入りそうな声で、自身のコンプレックスを口にし始めた。
「私…ぽっちゃりしてるから。体も大きくて、胸も…だから、昨日もボタンが弾けちゃったり、今日もあんな風にぶつかっちゃったり…男の子は、きっと笑ってるんだよね。私を『デブ』って…」
三浦の目に、再び涙が溜まり始める。彼女の癒し系の笑顔の下に、こんなにも深く傷ついた心が隠されていたことに、俺は衝撃を受けた。彼女の体型を揶揄う男子は、残念ながらクラスにゼロではない。そして、俺はよりにもよって、彼女の最も気にしている部分に、偶然とはいえ衝突してしまったのだ。
「…俺は、一昨日のことも今日のことも、誰にも話してない」
俺は静かにそう告げた。そして、真っ直ぐに三浦の目を見て、心からの言葉を口にする。
「それに、俺は三浦のこと、馬鹿になんてしない」
俺は、ゴスロリBBAの突風や、桧山先生の鉄壁、そして千弘ちゃんのパンツという、この3日間で得た全てのカオスな経験を通して、一つの結論に達していた。それは、女性の身体に関する出来事が、どれだけ個人の尊厳に関わるかということだ。
俺の言葉を聞いた三浦は目を見開き、驚いた顔で俺を見つめた。彼女の表情には、これまでの自己否定と、予想外の言葉に対する戸惑いが混ざり合っていた。
「俺、三浦のカーディガン姿、可愛いと思ってるよ」
俺は付け加えた。俺の口から、こんなストレートな褒め言葉が出たのは、おそらく人生で初めてのことだろう。ラッキースケベ発生装置は、モテない男代表の俺に、女子の心の機微を学ぶという、最大の教訓を与えたのかもしれない。
この瞬間、俺のリュックの中で、カチッという音が鳴ったような気がした。
『ラッキースケベ発生装置』の3日間の効果が、今、完全に終了した。
俺の高校生活の地獄と青春が詰まった3日間は、ぽっちゃり癒し系の女子との、真剣な会話という形で幕を閉じた。モテない男・上部浩輔の明日は、どんな一日になるのだろうか。
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