第三幕 舞台の上で希望は巡る ~冷徹な王弟と友愛の王女~

第24話 原点 ~帰るべき場所~

 ブラックランド領の奪還。それはクレアが戻る場所を守るため。そしてファニエス辺境伯との一戦で退いた味方を立て直すため。いまはその途上で馬に揺られていた。


「ブラックランド公、クレアさんは本当に……戻ってくるでしょうか?」


 セレナ王女はしきりにそればかりを俺に尋ねてきた。これに答えられる者がいるとすれば、俺しかいない。


「彼女は言いました――しばしの別れだと。王女の願いが生み出したのが彼女の存在なら、ただ祈りましょう。彼女に届くように」


 クレアの衝撃的告白。彼女が王女の願いによって顕現した存在で、俺をこの世界に呼び寄せた存在でもあるというそれは、俺たちの歩みにあらたな意味を付け加えた。


 もはや王都へ向かうことは、王女の希望だけでもなく、彼女のための物語を生み出すという俺の願望だけでもなく、クレアの存在意義そのものですらあった。


「私は、……あの時酷いことを言いました。ブラックランド公のなさってくれたことを否定するような……」


 辺境伯との戦場で王女の口から出た言葉。王女は俺にとってどういう存在なのか。おそらく出会った当初であれば、いや、クレアの告白を聞く前であれば、別の答えを返したかもしれない。しかし俺はいまはっきりとこう答えることができる。


「王女殿下は私にとって、仰ぐべき主君であり、共に歩むべき仲間です。それで十分ではありませんか」


 見ず知らずの世界で、王女という原石を見出し、それを世に出すことに喜びを見出していたのは俺だ。その俺は、王女の願いを叶えたいというクレアの想いからこの世界に招き入れられた。その様子を彼女はどんな気持ちで見ていたのだろうか。


「……そう……、そうですね……」


 軽く顔を伏せる。どうにも歯切れの悪い王女の言葉。あの答えでは不十分だったのだろうか……。


「お二人とも、ちょっとよろしいか。もうすぐブラックランド公爵領に足を踏み入れる。王弟の手勢がいると考えるべきだろう。策を立てねばならん」


 わざとらしい咳払いで俺たちの気を引くギャラント伯。その顔はどこか子どもの成長を見守る親のような表情。その声に王女もまたわざとらしく居住まいを正して「そうですね」と応じる。


 ギャラント伯以下、同道する貴族たちの手勢は半分にまで減っている。そしてファニエス辺境伯との一戦から、俺たちに幻影魔法の使い手が加わっていることは王弟に知られていると考えるべきだろう。


 俺たちは、それを見越して裏の裏を衝く。


     ◇◆◇


 ブラックランド公爵領と王都との距離はわずかに馬車で二日。馬が全力で駆ければさらに短い。それでも退路と補給の道を絶つ動きを見せれば心理的に追い込める。


 ファニエス辺境伯との決戦で後手に回ったのは、フィリスの幻影魔法を陽動に使って敵を二分する策が裏目に出たからだ。


「ゆえに、俺たちは退路を全力を以て絶つ。正面が囮だ」


 ギャラント伯も頷く。全力で退路を断つためには、囮が本軍であると錯覚してもらう必要がある。


「王女殿下とフィリス殿、それにオーウェン。三人にお任せしたい」


 フィリスはすぐに大軍の幻を生み出すべく、魔力結晶の残りを確認する。


「クレアさんが戻る場所を、取り戻しましょう」


 王女は気丈に振る舞い、戻る場所という言葉を強調する。


 二人三人であれば森や林に逃げ込むこともできるとオーウェンも賛成した。


「それでは、ご武運を! お互い最善を尽くしましょう」


 俺とギャラント伯に率いられた大部分の兵たちは、こうして王都との間を塞ぐべく街道を塞ぎに進む。


     ◇◆◇


 俺たちはこうして無事ブラックランド領と王都との間の街道を押さえることに成功した。城館を占拠していた王弟の手勢は正面に現れた王女率いる幻影の集団を前に、一歩も動くことができず立て籠もった。抵抗の矢玉が飛んできても不思議ではなかったが、城館は不気味に静まり返っていた。


「降伏すれば決して粗略には扱わないことを王女殿下の名において約束する。逃げるなら好きにすれば良い。追いはしない。どちらかを選べ」


 ギャラント伯の言葉に、城館に立て籠っていた兵士たちは、剣も槍も捨てて身軽になり、口々に俺たちを罵りながら、ただ一つわざと残しておいた逃げ道から去っていく。


 呆気ない勝利。ただ一人、指揮官を務めていた男だけは残り、首を垂れて俺たちの前に白旗を上げて名乗り出る。


「私の名はラグナ準男爵。兵士たちはただ私に従っただけゆえ、見逃して頂きたい」


 短い金髪と印象的な赤眼の男。厳しい表情で手下の兵士たちの助命願い。


「その旗は降ろされよ。逃げる者を追うことはしない。王女殿下もそれを望んでおられないからな」


 俺の言葉に、緊張の解けたラグナ準男爵はようやく安堵の色を浮かべ、両手を上げて降参の意思表示。


「それにしても、前後から包囲するとは……。思ったよりも公の手勢は多くございますな」


 準男爵は俺とギャラント伯を、次いで振り返って王女とオーウェンたちを見回し、溜息を吐いた。


「貴公の考えている半分もいない。あちらはほぼ幻だ」


 そう言って王女たちを指さした俺に、準男爵は呆気に取られて振り返る。すでにフィリスの幻影魔法は解かれ、たった三人だけの囮はその正体を露わにしていた。


「これはまた……」


 ラグナ準男爵はおおげさに頭を抱えて見せる。


「このまま王都に戻っても、兵たちはまだしも私は無罪とはいきますまい。堅固な城壁を盾に同数の軍勢に敗れたとあれば、王弟殿下の怒りは生贄を探すはず」


 これは演技だ。命乞いの仕方を弁えた、この男なりの処世。


「というわけで、ここは宗旨替えしてセレナ王女殿下に帰参する所存」


 処遇をどうすべきかと俺の顔を見るギャラント伯に、俺は首を横に振って応える。こうも呆気なく兵たちが逃げ散ったということは、もともと戦意は低かったのだろう。この指揮官にしてあの部下というわけだ。


「ギャラント伯、決して手荒な真似はしないようにお願いします」


 王女の冷静な声。囮を務めた三人が俺たちに合流した。王弟の下に戻れないのなら打算であれ味方は増やすに越したことはない。


「ラグナ準男爵。私はあなたを歓迎します。その忠誠に必ず手厚く報いましょう」


「必ずや主命を果たして見せましょう」


 その言葉に、大仰に深く一礼した準男爵は、それから何事もなかったかのように俺たちの仲間に加わった。あまりの変わり身の早さに、ギャラント伯もオーウェンもいささか呆れた顔を見せていた。


「利害が一致している間は問題ないさ」


 俺は二人にそう告げた。これまでと同じ。エランドやレイヴンもそうなのだから。


     ◇◆◇


 久しぶりの俺の寝室。クレアと初めて出会った場所。いまは俺と王女は二人だけがそこにいた。


「ここでブラックランド公……、いえ、ウィリアム様が目覚めたのですね」


 感慨深げに王女は天蓋付きのベッドを見つめる。国王を置き去りにして王都を脱出して以来、ずっと俺のことをブラックランド公と呼び続けた王女は、ようやくウィリアム呼びになった。これまでのわだかまりも水に流せる程度には、改めて心を開いてくれたのだろう。


「王女殿下は、私がブラックランド公ウィリアムであってそうではない……、そんな私をこれからも信じて頂けますか?」


 互いに信頼し、背中を預けるだけの覚悟が必要だった。ファニエス辺境伯との戦場で露呈した溝を埋めなければならない。


「ここには二人しかいません。……二人だけの時くらい……、私のことはセレナとお呼びください。ウィリアム様」


 この言葉で十分だった。胸に熱いものがこみ上げる。そして初めて俺自身が王女に対してどこか一線を引いていたことに気づく。王女殿下という呼称を崩さなかったのは、俺の方だった。そして王女の向ける視線に思わず目を反らす。


「ああ、その……セレナ様……、なんと言ったら良いものか……」


 言葉と演出で鳴らしてきた俺らしからぬ言葉に躓く様子が、セレナには可笑しかったらしい。王都を出て以来の、そして王弟の代王就任の急報を受けて一層悲壮さを増していた表情があの時の顔に戻った。いや、それ以上かもしれない。


「……私は……」


 セレナが何かを言い出そうとして口を閉ざす。伸ばしかけた腕は元に戻り、俺から視線を外して窓の外を見つめる。頬は僅かに染まり、可憐な姿を窓から射す陽光に委ねていた。王女ともなれば、男と二人きりという状況自体があり得ないか。


 そんなことを考えていた俺の耳に、待望の言葉が室外から飛んでくる。


「ご無礼。クレア殿が……、クレア殿が戻られましたぞ!」


 閉ざされた扉越しに響くオーウェンの声に、セレナはたちまち王女としての顔に戻る。俺たちは目を合わせると一秒でも一瞬でも早く出迎えるべく駆け出していた。


    ◇◆◇


 土埃に塗れ、メイド服はあちこちが破れ、返り血がすでに乾いて赤黒い染みを全身に残しながらも、クレアは城館の正門に辿り着いた。


「ご主人様、王女殿下、ただいま戻りました」


 その表情は明るい。あれだけの軍勢を相手に一人立ち向かったメイド兼執事。彼女は約束通り俺たちの下へ戻ってきた。


「クレアさん! 本当に心配したんですよ!」


 俺よりも先に王女が駆け寄り、彼女の体に抱き着いた。その抱擁は再会の喜びに満ち、決して離すまいとする姿。そんな王女の背に、クレアもまた両の手を回す。


「それにしてもクレアさん。あなたのご主人様は……人の感情は分かるのに、自分のこととなるとまるで駄目ですね!」


 藪から棒に俺をちらりと振り返ってわざわざ聞こえるようにそんなことを言い出す。そんなセレナに、クレアは満面の笑みで応えた。


「ご主人様はそういう方です」


 セレナとクレアは互いに同じ答えを見つけたとばかりに俺を見る。


「そういうとは、どういうことだ?」


 思わず傍にいたギャラント伯を見るが、伯は伯で大袈裟な咳払いをした後、やれやれといった顔でこう言った。


「公のそういうところですな」


 クレア帰還の報に城門に集まってきていた兵士たちは、オーウェンを含めて笑い出し、それは波となって城館を満たしていった。



 ==セレナの日記==

 クレアさんは無事戻られました。約束を、果たしてくださいました。

 そのことが何よりも私は嬉しいのです。

 それにしてもウィリアム様は……、変わりません。



 ――次幕、進化。

 王都に向けて、俺たちの舞台は勢いを増す。



―――――――――――

 【ウィリアムの幕間メモ】


 クレアの帰還。尋ねることは山ほどあれど、それは明日へ譲ろう。

 王女との間にも、真の信頼が築けた……と思う。

 戻ってきた彼女を、ぜひ熱い声援(=コメント)で迎えてほしい。


 毎夜20:05、舞台の幕は上がる。

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