第17話 面倒事 ~無骨な伯爵と演劇監督~
商都スコイアブルクを立つ時、巡回劇団に変化があった。
一つは移動が容易な組み立て式小劇場で、これは交易商人ギルドが競って資金を投じて作られた。舞台のあちこちに各商人の名前が彫り込まれていた。さながらスポンサー広告といった有り様に思わず苦笑してしまった。ついでに利益を帳簿につけるべくギルドの代理人が二人。
もう一つはエランドの息子アラン。なんでも「こいつは騎士になりたいと言っては、勘定を覚えるよりも木製の刀を振り回してばかり」だとか。セレナ王女付き騎士見習いということにした。エランドの頼みとあっては無碍にもできない。
「ここから十日ほど南南西に行くと、ギャラント伯爵領があります。そこに向かわれると良いでしょう」
エランド曰く、王弟バートラムとは若い頃に諍いがあって以来疎遠なのだという。魔法協会までの道からほんの僅か外れているだけで、大きく旅程に影響はないのも助かる。
「それでは、再び会う日までしばしのお別れです」
王女の声に、出立を見送る商人たちは手を振り、新たな利益を生む可能性に目を輝かせていた。
乾いた風が少しだけ肌を刺す、そんな朝だった。
◇◆◇
ギャラント伯爵領への道中、アランはクレアに稽古をつけてもらうことにした。兵士から借りた二振りの剣。気ばかりで腕が伴わないアランへ、クレアは丁寧に剣技の基礎を手解きする。
夕餉時ともなれば、その日一日の稽古の成果として、兵士たちにその剣技を披露することが日課となり、クレアに翻弄されるアランを囲んでは次は頑張れだお前は筋が良いだ、やんやの賑やかさで、兵士たちの良い気分転換になっているようだった。
「アランさん、頑張りましょう」
王女もその輪に交じって声援を送っていた。毎夜のアランの成果発表会は、王女にとっても良い刺激になっているようで、気が紛れているのがわかる。
「クレアさんは、本当になんでもお上手なんですね」
この日も一通りアランの稽古を済ませて夕餉を運んできたクレアを、セレナ王女が微笑んで迎える。あれこれ交易商たちが食料を分けてくれたおかげで、枝豆のスープと干し肉、それにワイン。野営の夕餉としては贅沢。
俺も剣の腕を磨くべきだろうかと思いもする。今まで経てきた危地を考えれば自分の身を十二分に守れるだけの技量が欲しい。
「ご主人様、アラン様が羨ましいですか?」
俺の考えを見透かしたようにクレアは小首を傾げる。
「いや、羨ましいとかではないな。俺にも剣の技を、教えてくれないか」
夕餉を受け取りつつ、彼女に尋ねる。領主と執事兼メイドの間で、領主の俺から頼み込むのも変な話ではあるのだが、命令する話でもない。
「そのようなものが必要のないよう、私が控えておりますので」
やんわりと断られた。その控えているクレアに頼り切りなのがどうにも心苦しいのではあるが、また機会を見て頼んでみることに決めて、この話は終わらせる。
「ギャラント伯爵領ではどのような舞台を?」
王女が話を切り替えた。いよいよ舞台が手に入ったとあって、そこに立つ姿をイメージしているようだった。
簡易な組み立て式とはいえ、照明を吊るすこともできれば背景も布であれば掛け替えることで変更できるほどには本格的な舞台。
「そうだな、アランにも舞台に立ってもらうか……」
ちょっとした役柄を振り分けるだけの頭数は揃った。演技が王女頼みであることは否めなかったが、短い劇に少ないセリフであればなんとかなる。アランにはまだ話もしていないが、王女に近い配役をすれば喜んでやってくれるに違いない。
「テーマは、そうだな……。あれに手を加えて考えてみるか」
俺はある戯曲を思い浮かべる。内戦を強かに生き抜いて王座に登る男の舞台『リチャード三世』。あの奸計に長けた部分は王弟バートラムをイメージしたキャラにアレンジし、言葉の力で立ち向かう部分を王女に残す。
「明日の夜までに、脚本を用意する」
長考していた俺の顔を、二人が興味深そうに覗き込んでいた。俺の手にあるスープはすっかり冷えていた。
王女は自分の言葉で、またその場で必要な立ち回りを演じることで、着実に味方を増やすという芸当をやってのけている。とはいえ、ここのところ彼女の食が細い。何かその心を軽くする明るい話題でもあれば良いのだが。
◇◆◇
ギャラント伯爵の館はさながら堅固な城砦で、切り立った丘の上にそびえていた。そこから見下ろした場所、ふもとの丘の下に城下町が広がっていた。舞台演劇に必要な人間を除いて大半を街からは距離を取ったところに野営させる。
「さっそく舞台を組み立てるとするか」
小なりとはいえ一つの劇場を据えるとなれば街の外しかない。準備を指示してから、俺たちはギャラント伯に挨拶に向かう。
「伯爵はすっかり王都にも顔を出しておりません。快く受け入れてくれると良いのですが」
王女はしきりにそう口にしていた。俺と王女が出会った宮中舞踏会にも参列しなかったという話だった。その顔は緊張を帯び、気を引き締めているのが見てとれた。
◇◆◇
ギャラント伯爵の城館はいかにも質実剛健。ホーウッド男爵の館とはまるで異なる無骨で機能性に割り切った設計。内側に行くほど高くなる三重の城壁に、矢窓のスリットが各所に設けられた実用一点張り。
「セレナ王女殿下がお立ち寄りである。城門を開けられよ」
突然の王女来訪に門番が慌ただしく伝令を走らせる。同時にセレナ王女が本物であるのかというひと悶着が始まった。
王都からそれなりに離れた地に、王女と名乗る者がいきなり現れた。本物であれば領主に伝える必要があり、偽物であれば偽りで騙る者として処罰する必要がある。
埒の開かない押し問答が続けられたが、やがてそれはギャラント伯自身が城門まで様子を見に来たことで解決を見た。
「よくぞ我の地へ参られた、セレナ王女殿下。ささ、中へ入られよ」
見た目は四十と五十の間くらいだろうか。よく鍛えられた、いかにも偉丈夫といった風体。鋼の甲冑に身を包み、大剣を腰に帯びた背の高い男。
俺たちは顔を見合わせ、頷きあって開かれた城門の中へと入っていった。
◇◆◇
迎賓用と思しき広間に通されると、ギャラント伯爵は俺たちに向き直り、際限ない質問が始まった。
王女自身が答えられたのは自分が本物かどうか。これについては王女の手に嵌められた指輪がその証明になった。王家の者しか持つことが許されない玉石が嵌め込まれていた。
「ふむ、それを見せられては我も信用するしかないな」
伯爵は顎をさする。本物であるとわかったことで、伯爵自身は王弟に逆らう者を招き入れたことになったことを悟ったようだ。しかしそれ以外の質問に、王女は押し黙ってしまった。どう答えたものか判断がつかなかったのだろう。
そこで俺が代わりに答えることにした。ここで嘘を言っても仕方ない。現状を包み隠さず伝える。誰がどう聞いても王弟バートラムに対抗するには心許ない話に、片時も剣から手を離さない伯爵の顔は一段と険しいものになる。厄介な客を迎えたとでも言いたげだった。
「明日、城下町の外で劇をご覧に入れましょう。それを見れば、感じるものもありましょう」
伯爵の迷いを打開すべく、俺は提案する。伯爵は気になる素振りだけは見せた。王女が何をやろうとしているのか、俺たちに与する価値があるのか、知りたいのはそこだろう。
「その演劇とやらは、教会の許可をお取りですかな? ブラックランド公、あやつらには我もほとほと手を焼いておってな」
まともに許可を取りつけに行っても認めてもらうまいと、強硬開催を考えていた俺は回答に詰まる。
「まだであれば、いささか面倒なことになりますぞ?」
指で飾り気のない剣の柄をトントンと叩きながら、試すように俺を見る。それを聞き、俺たちは急いで劇場を準備している者たちのもとへと駆け戻る。
既に面倒なことになっていることは遠目にもわかった。劇場の周りに人だかりができ、祭祀服に身を包んだ何人もの人間がその先頭で声を上げていた。
(これはたしかにひと悶着ありそうだ……)
人の波を搔き分けて組み立て途中の劇場の前までなんとか進み出た俺たちを、組み立て中の兵士たちは喜んで迎え、祭祀服の男が非難がましい声で迎えた。
「教会の許可なく劇を行うなど、罷りならん。これは王弟殿下の布告でもある。さっさと立ち去られよ」
(王弟は王女の寸劇が民を惹きつけていることを警戒している。その一点だけでもこれを続ける価値がある)
それにしても、厄介事はどうしてこうも手を繋いでやってくるのか……。
==セレナの日記==
ウィリアム様は一体どこであのような舞台を思いつくのでしょうか?
私の知るどんな昔話にも、脚本として出てきた話はありません。
想像が豊かであったとしても、それ以上の何かがある気が、私はします。
――次幕、教会。
演劇。それは政治のためか、娯楽のためか、あるいはどのどちらもか。
―――――――――――
【ウィリアムの幕間メモ】
敵ではないからといって味方になるとは限らない。腹の内が読めない伯爵。
その前に、厄介な客を相手に一芝居打つ必要があった。教会という客に、だ。
この劇は君のための劇。ぜひ声援(=コメント)を送ってほしい。
毎夜20:05、舞台の幕は上がる。
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